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現場で実践を続けるエンジニアが語った「AIのビジネス活用」を加速するための処方箋

行き過ぎたAI・機械学習への期待に対する警鐘と、正しい向き合い方
2017/12/15 14:00

 近年、機械学習やディープラーニングといったAI(人工知能)関連のテクノロジーが注目を集めており、多くの企業が、これらの技術を実際の製品やサービスへ適用する方法を模索している。今回、Yahoo! JAPANとリクルートグループという国内有数の「ビッグデータ」を抱える企業において、データサイエンスのビジネス活用に取り組んできた2人のエンジニア、Yahoo! JAPANの石川貴大氏とリクルートテクノロジーズの石川信行氏に、AIを企業へ根付かせていくプロセスについて語ってもらった。データ解析の有用性を現場に理解してもらい、AIを広く展開していくために有効なやり方はどのようなものかを考えるにあたり、彼らエキスパートの経験に基づくノウハウは大いに参考になるのではないだろうか。

機械学習、ディープラーニングのビジネス適用に取り組むようになった背景

Yahoo! JAPAN石川貴大/以下、石川(貴):今回のテーマとしては、ビッグデータからさまざまな知見を導くための手法として近年注目を集めている「機械学習」「ディープラーニング」といったテクノロジーを、どのように自社の製品、サービスに取り入れていくかという観点でお話ができればと思っています。

リクルートテクノロジーズ石川信行/以下、石川(信):分かりました。最初に、自己紹介を兼ねて、簡単に私の経歴をお話ししておきます。大学は農学部卒で、特に情報系を専門で学んでいたわけではありません。リクルート(当時。現在の所属はリクルートテクノロジーズ。以下RTC)には、2009年に新卒で入社しました。当時は、企業の大規模データ解析に対する関心が高まりつつあった時期で、Hadoopもようやく広く使われ始めるようになっていました。私は入社2年目に、主にHadoopの検証を行っていたチームにアサインされ、そこからデータ解析に本格的に取り組むことになります。

 最初の頃はHadoopで大量のデータを収集する基盤作りをやっていたのですが、それを事業部門に展開していくにあたっては、データを集めて何をするのか、ビジネス上のどんな課題を解決できるのかといった、より上位のレイヤにデータ解析者として積極的に関わっていくことが必要になってきました。データ解析の社内展開を実現していく中で、私自身の役割も変化する必要があったわけです。

 そうして展開を進めるうちに、画像やテキストといった非構造化データも本格的に扱える状況が整ってきました。その分析手法として、数年前から「ディープラーニング」が注目を集めるようになりましたので、必然的にそうしたものも取り入れながら、いわゆる「AI」「人工知能」と呼ばれているような技術分野にも取り組んでいます。

 現在、機械学習やディープラーニングを用いて画像分析やテキスト分析を行うAPI群を「A3RT(アート)」というブランドで整備しており、これらにカスタマイズを加えてグループ内のさまざまな企業で活用を進めています。「A3RT」については、機能の一部を一般にも公開しており、開発者の方に広く使っていただいています。

石川(貴):実は私も、大学では情報系ではなく理論物理を学んでいまして、2011年に修士卒としてYahoo! JAPANに入社しました。入社当初は、コンシューマーに広く使ってもらえるスマホ向けアプリ開発などをやりたいと希望していたのですが、実際に配属されたのは、BtoBを扱う広告本部でした。

 入社してしばらくしてから、現在「Yahoo!ディスプレイアドネットワーク(YDN)」と呼ばれている広告商品の刷新プロジェクトがありました。広告配信システム向けに、ユーザーからのリクエストに対して、最適な広告を機械学習を用いて検索する技術の開発に取り組みました。

石川(信):その検索技術の開発にあたって、AI的なアプローチをとられたのですか。

石川(貴):はい。その当時から、機械学習の手法自体はもちろんあったのですが、まだ今ほどにメジャーではありませんでした。ただ、当社の一部のエンジニアは、広告商品を磨き、売上げを高めるためににAIを活用していくことが、これからさらに重要になってくると確信して、その方法を模索していました。

 広告配信システム向けの検索技術というのは、スピードと品質の両方が求められる技術です。サービスのユーザーが離脱しないよう、できる限り早く結果を表示するための技術的なチャレンジに加えて、サービスのユーザーが自分に合っていると感じられるような、関連性の高い広告を提示できる品質も必要です。検索技術は、スピードを実現するテクノロジーと、品質を高めるためのサイエンスがせめぎ合う、潮目のような技術なんです。

 この開発に関わる中で身につけることができたスキルは、自分にとっての財産になっています。実は、配属当初は不本意だったのですが(笑)、今では広告本部で検索技術に関わることができて良かったと思っています。

 現在も、Yahoo! JAPANの技術やサービスの中で、テクノロジーとサイエンスをどのようにつないでいくかということをテーマに仕事をしています。Yahoo! JAPANには、特定の領域に関するエキスパートと認められたエンジニアに対して「黒帯」という称号を与える制度があるのですが、今期より、検索エンジンの黒帯も担当させていただいています。

石川貴大(いしかわ・たかひろ)氏

 ヤフー株式会社 データ&サイエンスソリューション統括本部 サイエンス本部 部長。検索エンジン 黒帯。

現場の課題をAIで解決するために必要な考え方と組織体制

石川(貴):先ほど、RTCでは、大規模データ分析基盤の構築からスタートして、それをビジネスに適用していく段階で、徐々にエンジニアの役割や組織を変えていく必要があったというお話しをされていましたね。そこには、どのような課題意識があったのでしょうか。

石川(信):「A3RT」を始めたきっかけにも関わることなのですが、リクルートグループ全体で考えた場合の効率化の観点が大きかったですね。機械学習やディープラーニングが流行の兆しを見せていたなかで、それに各事業部が個別に取り組み、蓄積されたナレッジが分散してしまうことは、全体として見た時にデメリットが大きいだろうと考えていました。

 機械学習、ディープラーニングというのは、どちらかというと汎用的な技術で、学習させるデータによって個性が出てきます。当時、「モデル」という考え方が一般的になってきていましたが、モデルを各部署で分散して持っていてもあまり意味はなく、基盤やモデルは集約して提供し、そこに各部署が持っているデータを入れて、活用の道を探るといった仕組みの方がコストの節約になりますし、得られたノウハウをより素早く横展開できる。そのほうが全体で得られる恩恵が大きいはずだと思ったんです。

 美容系マッチングサイトの「ホットペッパービューティー」や、中古車情報サイトの「カーセンサー」といったところから、研究開発も兼ねた形でAI導入をスタートし、そこから得られた知見をA3RTに反映しながら、ニーズがある他の部署にも展開していくといった取り組みを1年以上かけてやってきました。結果として、効率の高さは実証されたと思っています。

 また、現場が解決したいと思っている課題の抽出や、その解決のためにどのようなデータを利用できるかを考える環境づくりも進めてきました。トップダウンではなく、ボトムアップで進めていくことで、AI活用に対する現場の理解が得やすくなるというのも実感しています。

石川(貴):グループ内に広めていく過程で、AIに対するエンジニアとしての理解と、現場での意識との間に隔たりのようなものはありませんでしたか。

石川(信):これは、リクルートの企業文化かもしれませんが、何についてもボトムアップのほうがスムーズにいくという傾向はありますね。つまり、どこかの現場で1つでも成功例が出れば、拡散も早いんです。例えば、Hadoopによるデータ分析基盤の導入は、最初、カーセンサーの事業部と一緒に取り組んだのですが、そこである程度、良い結果が出て、グループ内でもデータ活用に対するニーズが高まっている状況がありました。A3RTを始めたときには、そうした下地がある程度できあがっていましたので、AIに対しても、現場が有用性を期待してくれる状況になっていました。

石川(貴):われわれの場合も、似たような感じでしたね。私が今所属しているのは「データ&サイエンスソリューション統括本部」という部署なのですが、ここはAIに対する各組織の取り組みを統括し、ナレッジをシェアするために設けられました。従来、各部門で個別にやっていたサイエンスに関する取り組み、知見を統合することで、より効率的に成果を高めていくことを目指しているという意味では、RTCのデータテクノロジーラボ部、アドバンスドテクノロジーラボと同様のミッションを担っていると思います。

石川(信):先ほど、エンジニアのAIに対する理解と現場での意識の隔たりについて聞かれましたが、Yahoo! JAPANさんでは、そのあたりに課題を感じておられるのでしょうか。

石川(貴):これまで、各事業部、サービスのニーズから、自然発生的に生まれてきたデータサイエンスへの取り組みを統合すると、ナレッジの共有は比較的やりやすくなる一方で、実際に現場へ展開するスピードの面で不利になったり、サービスとの結びつきが弱くなったりしがちといったリスクがあります。われわれの部署では、そうした部分についてもうまく連携を取りながら進めていくことを意識しています。

 Yahoo! JAPANでは、データ&サイエンスソリューション統括本部を設置して以降、データサイエンス分野の進化のスピードに対応できるインフラ作りを目指して、大規模な投資を行ってきました。各サービス部門でも、それを実際に活用し、データ分析から意味のある結果を導き出せるような状況になってきています。

 ただ、その先にも課題があります。データから得られた分析結果を、ユーザーにとって価値があるものにするためには、各サービスに、できる限り良い方法で、それを反映しなければなりません。例えば、私の場合は検索技術についてそれをやっていくというのが仕事になります。

石川(信):事業本部で統括したナレッジは、どのような形で横展開されるのですか。

石川(貴):まず、規模が大きなサービスについては、そのサービスに特化した形で、ディープラーニングのような技術をスピーディーに投入していきます。規模が大きいサービスは、ほんの数%の効率化や売上アップでも、全体へのインパクトがとても大きくなるためです。そして、大規模サービスに導入した成果は、ある程度安定した段階で、より汎用的な形に落とし込み、規模の小さなサービスや部門からでもシンプルに、工数を掛けずに使えるような形で整備するといったサイクルを作っていきたいと思っています。

石川信行(いしかわ・のぶゆき)氏

 株式会社リクルートテクノロジーズ ITソリューション統括部 データテクノロジーラボ部兼アドバンスドテクノロジーラボ シニアマネジャー。

社内での研究成果を社外にも公開することで得られるメリットとは?

石川(貴):「A3RT」は、2017年3月から一般の開発者も利用できる形でAPIを公開されていますよね。実はYahoo! JAPANでも、自社開発の機械学習技術である「AnnexML(Approximate Nearest Neighbor Search for Extreme Multi-Label Classification)」や、高次元ベクトルデータ検索技術の「NGT(Neighborhood Graph and Tree)」などをOSSとして公開するという取り組みを行っています。お伺いしたいのですが、「A3RT」をグループ外でも使ってもらうという試みを始めたきっかけは何だったのでしょうか。

石川(信):発端は「Google翻訳」の精度が、機械学習によって急激に良くなったのを見たことでした。これまで、ユーザーがサービスを使うことで蓄積されてきたデータによって、サービスの質が高まり、それによって、さらに多くのユーザーに使われるようになるというサイクルが、AIの発展にとって非常に健全なことのように感じたのです。

 われわれも、A3RTをグループ内で利用できる汎用の機械学習APIとして整備してきたわけですが、グループ内だけで利用している状況は、進化を加速するという観点からも、学習の多様性の観点からも、ベストではないのではないか。外部に公開した方が、より多くのノウハウ、ナレッジを蓄えられるのではないかと考えたのがきっかけでした。

石川(貴):一般公開からはまだ1年経っていませんが、現時点での成果はどう評価されていますか。

石川(信):A3RTの一般利用は登録制で、無料で使っていただいていますが、現在で3000弱の会員登録があります。そこから集まってきたデータも有用で、すでにそれをもとにしたモデルチューニングも何度か実施しています。利用方法に関するナレッジも蓄積されてきており、かなりの価値が生み出せているという手応えがあります。

石川(貴):それはすごいですね。

石川(信):A3RTの一般公開には、もう一つ別の目的がありました。公開に先がけて、社会の中でAIや機械学習というものへの期待が過熱しすぎているような印象がありました。これから多くの人がそれに取り組む中で、使い方が間違っているせいで「機械学習は使えない」「データ分析は実用的でない」と思う人が増えてほしくないといった思いがあったのです。われわれは、実際に機械学習やディープラーニングを自分たちのビジネスに生かすことを実践してきて、そうした技術が、使い方さえ間違えなければ極めて有用なことを実証してきたという自負があります。A3RTを広く使ってもらうことで、AI関連技術に対する評価が、業界の中で悪いものになっていかないよう願っているという部分もあります。

石川(貴):われわれも「AnnexML」や「NGT」を公開した意義としては、RTCさんと同じようなところを目指しています。これらの技術についての論文を学会に出したりすることも積極的に行っています。Yahoo! JAPANには「情報技術で人々や社会の課題を解決する」と言うミッションがあり、社内の研究などで得られた成果も、どんどん世の中に還元していこうという機運があるのが良いところだと思っています。

 「AnnexML」「NGT」は、外部の方に広く使ってもらうことで、その技術の有用性を理解してもらいたいという思いで公開しており、社内のエンジニアとしても、そうした形で世の中に貢献できることが、やりがいにつながっています。また、それをきっかけにして、良い人材にYahoo! JAPANに集まってもらいたいという思いもあります。今後も、外に出せる成果については、すべて出し切るくらいのつもりで、こうした取り組みを活発に行っていきたいですね。

海外のスタートアップに感じる「スピード感」と「熱量」

石川(貴):いわゆるエッジと呼ばれるような最新テクノロジーをビジネスに取り入れるにあたっては、海外での情報収集や、パートナー探しなども重要と感じています。そのあたりについて、日本の状況との比較でもいいのですが、何かお考えになっていることはありますか。

石川(信):RTCとしては、広義の研究開発については、すべてを内製でまかなう必要はないと考えており、良い技術があれば、海外に限らず、国内の企業とも幅広く連携していきたいと考えています。海外については、インキュベーション施設のようなところと契約して、多くのスタートアップと情報交換しながら、共同開発やライセンシングなどの道はないか模索するということを数多くやっていますね。

 テクノロジースタートアップの活気という意味では、米国も当然のことながら、個人的には今、イスラエルの企業がアツいと感じています。

石川(貴):イスラエルですか。どこにアツさを感じられているのでしょう。

石川(信):イスラエルというと、社会的な背景から戦争が多く、政情的に不安定な地域というイメージが強いと思います。ただ、そうした背景があるからこそ、テクノロジーの進化が促進されているという側面はあるだろうと感じています。

 現地に行くと、毎回20から30のテクノロジースタートアップの方と話をするのですが、彼らに共通するのは非常にアグレッシブだということですね。常に、思いついたことを「今すぐにやる」という感覚で生きているというか、自分たちの技術を前のめりで紹介して「一緒にやろう」と言ってくれる。「失敗こそ正義」ではないですけれど、まずは自分たちの持っているもので挑戦してみて、だめだったら調整して再チャレンジすることをためらわない。たしかな技術力に加えて、アグレッシブなマインドを持って生きているという意味では、日本にはないアツさを感じます。彼らに感化されてほしいという思いも込めて、社内の人間も時々、一緒に連れて行っているのですよ。

石川(貴):実際に、イスラエルのスタートアップとパートナーシップも組んでおられるのですか。

石川(信):はい。きちんと予算を組んで、ビジネスとして一緒にやることを決めているところもありますし、共同で技術開発に取り組んだり、ライセンスを受けたりといったケースもあります。例えば、イスラエル工科大学の学生2人でやっているようなスタートアップは、技術的にはとても先鋭的なものを作っているのですが、ビジネスにするためには、より汎用的な形で作り込みが必要なんです。その開発を、われわれと彼らで一緒にやっていますね。

石川(貴):私の場合は主に米国なのですが、技術カンファレンスなどで、あちらのスタートアップの人たちと話していると、やはりスピードと熱量のすさまじさに圧倒されることが多いですね。

 いろんなスタートアップに話を聞いてみると、われわれから見て、それほど技術的には目新しくない技術でも、まずは作ってしまう。それによって、誰かの課題が解決できれば、それを最優先するという感覚ですね。もし、失敗したとしても、それはそれとして、すぐに次のことを始める。このスピード感はすごいと思います。

 あと、そのスピードを加速させている要因として、スタートアップの資金調達スタイルが「コードオリエンテッド」になってきているというのも感じます。

石川(信):コードオリエンテッドな資金調達というのは、どういう意味ですか。

石川(貴):米国だと、もともと自分もスタートアップのエンジニアだった人が、ある程度成功を収めて投資家になるようなケースが増えてきています。なので、出資を求めるスタートアップが、投資家に事業内容を説明するときに、Githubを見せたりするんだそうです。

石川(信):なるほど。投資家もエンジニアだったから、コードを見れば、そのスタートアップがやりたいことや将来性が分かってしまう。

石川(貴):そうなんです。資料を作らない分、コミュニケーションも早くなるし、投資家側もより深く中身を理解できる、それで出資を受けられたりするケースが実際にあるんですね。今の米国のスタートアップ業界は、こう言ったスピード感なんです。

 Yahoo! JAPANもある程度規模が大きな会社になりましたが、こうした海外のスタートアップが持つ感覚やスピード感にどうキャッチアップしていくかというのは今後の課題になるかもしれないですね。社内のエンジニアにも、世界で起こっていることを実際に見て、刺激を受けてほしいという思いで、海外のカンファレンスなどへの参加を推奨しています。

エキスパートが取り組むAIのビジネス活用に向けた課題とは

石川(貴):ここまで、社内にあるビジネス上の課題を、われわれが取り組んでいるAI関連のテクノロジーでどう解決していけるかといった観点でいくつかお話しを伺いましたが、現在、石川さんが率いていらっしゃるチーム自身の課題と感じていることが何かあればお聞かせください。

石川(信):先ほど、A3RTを一般公開した理由の一つとして「社会の中で、AIや機械学習というものに対する期待が盛り上がりすぎている」というお話しをしたのですが、リクルートグループの中でも、似たような状況はあります。そこでのわれわれの課題としては「AIに関する正しい知識をグループ内に広めていく」ことがあると思っています。

 これだけAIがブームになってしまうと、何にでもAIをくっつけておけばいいといった、良くない雰囲気が出てきてしまうこともあります。その中で、われわれとしては「解決すべき業務上の課題は何なのか明確にする」「導入の効果を図るKPIを設定する」といったことを、AI活用のスタートに置くべきであると、しっかりと言い続けていかなければならないと思っています。

石川(貴):具体的な取り組みも進んでいるのでしょうか。

石川(信):今、特に力を入れているのが、これまで人がやっていた業務をAIによって肩代わりする作業代替の領域ですね。例えば、チャットボットのフレームワークを活用して、カスタマーサポートやコールセンター業務の中でも、特にFAQに相当する部分はAIに返答をさせてしまおうといったものです。

 導入にあたっては、まず基本的、定型的な問い合わせに関する返答はチャットボットで回答し、回答にスキルを要する問い合わせは人間のオペレーターにエスカレーションするといったような仕組みを作り込みます。

 私としては、日本の企業が海外に対して電車の運行システムを一式で導入するときのような枠組みを、AIの普及にも応用できるだろうと思っています。車両や機械だけではなく、運用のためのシステムやノウハウをひとまとめにして提供する。それと同じように、AIも個別のツールやモデルだけでなく、導入や運用のノウハウも含めた一式の仕組みとして作り込んでおくことで、より活用しやすくなるのではないか。そのパッケージ作りを進めたいと思っています。

石川(貴):そうした形で導入を拡大していくにあたっては、事業部門にもAI活用に関するエキスパートの存在が不可欠ですね。

石川(信):エキスパートにも、われわれの部署にいるようなアルゴリズムを作り込むエキスパートもいれば、各事業部門において、業務知識が豊富で、事業で取り扱っているデータにも明るいエキスパートもいると思うんですよ。そうした、さまざまなエキスパートが協力しながら、各業務のニーズに合った形で、システムを作り込んでいくということが必要になるでしょうね。

石川(貴):私の場合は、専門としてやっている検索技術に、どのようにディープラーニングの成果を反映させていくかというところに、まだまだ技術的な課題があると感じています。

 ちょっと専門的な話になってしまいますが、ディープラーニングというのは密ベクトルであるのに対し、検索技術というのは本来、疎ベクトルを扱う技術なんですね。例えば、500次元のデータを扱う場合、その次元のすべてにデータが入っているものが「密ベクトル」、少ししか入っていないものが「疎ベクトル」なのですが、検索技術は疎ベクトルを扱う前提で、結果出力の高速化などが図られてきました。

石川(信):そこに密ベクトルであるディープラーニングの成果を適用するという段階で、これまでの前提が崩れてしまうということですね。

石川(貴):そうです。規模の大きなサービス、例えばYahoo!ショッピングで扱っている商品の件数は数億件にもなるのですが、ここにディープラーニングによる分析結果を反映させようとすると、パフォーマンス的に非常に難しいチャレンジになります。

 「NGT」でも使っている現状のアプローチとしては、ベクトルの次元数をうまく間引いてやることで、パフォーマンスを落とさずに、実用上では問題のないレベルでの誤差を含んだ結果を出すという方法なのですが、これをさらに洗練していったり、計算スピードを速めたりすることで、さらに良い結果を出せるのではないかという研究に取り組んでいます。

石川(信):現状、どの程度までYahoo! JAPANのサービスにはディープラーニングの成果が取り入れられているのですか。

石川(貴):すでに、ニュースのレコメンドエンジンなどには、ディープラーニングによる分析結果が反映されており、良い結果が出てきています。あと、社内での活用例としては、Yahoo!ニュースにおける、トピック記事のタイトル作成支援などにもディープラーニングが使われ始めています。トピックの見出し文字数というのは、ルールとして13.5文字と決まっているのですが、それらはすべて、編集者が配信元のニュースを元に作っています。字数制限のある中で、意味が通るタイトルをつけるというのは、かなり負荷が高い作業なのですが、ディープラーニングで作った候補を用意しておくことで、編集者の作業効率を高めるといったことをやっています。

データを入れて結果を見比べることを繰り返すのが習得への近道

石川(貴):最後に、これから機械学習やディープラーニングなど、AIにまつわる技術を学びたいと思っているエンジニアに対し、どのように勉強を進めればいいか、アドバイスがあればお願いします。

石川(信):うーん…、まずは何かのフレームワークでも、ライブラリでも、APIでもいいので、手持ちのデータを突っ込んで動かしてみればいいんじゃないでしょうか(笑)。

 というのも、自分が実際にこれまでディープラーニング、機械学習に取り組んできた印象として「思っているほど難しくない」というのが実感としてあるんですよ。そもそも、私自身、コンピュータサイエンスや数学について詳しかったわけではなく、大学レベルの物理と三角関数、線形代数をベースにキャリアをスタートしています。

 ディープラーニングに取り組むというと、難しい専門書を読んで、十分に理解しないと先に進めないような印象を持つ人もいるかもしれませんが、今はすぐに使えるOSSのフレームワークやライブラリ、A3RTのように企業が提供しているAPIなど、技術を試すための環境はいろいろあるわけです。これは、私自身もやってきたことなのですが、そこにさまざまな形でデータを突っ込んで、出てくる結果をいくつも見比べていると、何となく感覚のようなものがつかめてくるんですね。このデータとこのデータの結果の違いはどこから出てくるんだろうと考えながら勉強をしていると、後追いで理解できる部分が結構多いんです。

 あと、専門の書籍などを読むと、非常に専門的な理論に基づいたパラメータチューニングの方法などが説明されていることがありますよね。機械学習の面白いところなのですが、実は学習できるデータが大量になればなるほど、細かいチューニングをするよりも、データ量の多さで精度を上げられる可能性が飛躍的に高まるんです。なので、あまり細かいところまで最初から理解しようとせずに、まずはデータを突っ込んで結果を見るというプロセスを繰り返すことを意識すると、そこから経験値もたまり、理解も深まっていくだろうと思います。

石川(貴):データを入れて結果を見ることを繰り返しながら勉強を進めていくというのは、僕もいい方法だと思います。さらに、これから勉強しようというのであれば、出てきた結果があまり良いものでなかったときに「どうすればいい結果が出るか」をイメージできるようなスキルを身に付けることを目指すのがいいのではないでしょうか。

 最近は機械学習のライブラリも非常に簡単に扱えるようになってきていて、データを入れて結果を出すだけであれば、かなり敷居が低くなっています。これから、仕事としてAIに関わっていくのであれば、それがうまく行かなかった場合に、その理由や解決策をイメージでき、一歩踏み込んだ提案ができる人に価値が出てくるように思います。背景にあるロジックを詳しく知っているというのも、そのための一つの要素になるかもしれませんね。

 さらに付け加えるなら、機械学習やディープラーニングによって得られた結果を、どのように使っていくかといったところまで考えられる人が増えてほしいと思っています。今、データサイエンスが流行しているとのは事実だと思いますが、現状では学習のロジックにフォーカスが当たっている状況です。ただ、企業の中でデータサイエンスを扱う場合には、それを、実際のサービスやビジネスにどう適用できるかが重視されます。「Applied Science」などという言葉もあるのですが、私の場合はそれを検索技術に対してやっているわけです。こうした領域は、まだ職種としてもきちんと認識されていないと思うのですが、サイエンスを業務にどう適用するかを考えて、実現することに関心を持ってくれる人が増えると、個人的には嬉しいですね。

 石川さん、本日はお忙しい中、貴重なお話しを聴かせていただき、ありがとうございました。

石川(信):同じ名字の石川さんが、Yahoo! JAPANで自分と同じような領域に取り組んでおられることを知り、運命めいたものを感じました(笑)。こちらこそ、どうもありがとうございました。


著:高橋美津
写真:小倉亜沙子

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【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社