インストールマニアックスがきっかけでAzureにいち早く触れた
吉羽 話は前後しますが、2008年、第1回のインストールマニアックスがありましたね。浅見さんにとっては転機とも言えると思いますが、これはなぜ出場したんですか?
インストールマニアックス
WindowsサーバにOSSをどれだけインストールできるかを競うコンテスト。インストールされたOSSの数のみならず、ドキュメントも評価の対象となる。2008年よりスタートし、全6回が開催された。2010年の第4回大会からは、プラットフォームがWindows Azure(現 Microsoft Azure)となり、クラウド上でのOSSのインストールが競われた。
- インストールマニアックス 過去のレポート
- 浅見さんによるインストールマニアックス振り返り(SlideShare)
- 浅見さんのインストールマニアックスの戦歴(Windows Maniax)
浅見 サーバをくれるって言うからですよ。
吉羽 あれ僕も2回参加したけど、NECのサーバをタダでくれるって言ってて。で、ブログ書けばいいっていう。
浅見 そうです。たまたま広告で見て、サーバが当たったらラッキーぐらいの気持ちで参加したら、入賞したんですよ。それで入賞したのが、ぶっちゃっけ今この仕事をやっているきっかけです。
吉羽 第1回のときは、優勝ではなかったんですね。
浅見 優勝はしてないですね。優勝した人は前一緒に仕事してた人なんです。私はドキュメントが評価されたようで、ドキュメント賞を受賞しました。自分はサーバをもらいたいだけだったので、当時はLinuxを入れてやれと思ってたんだけど。
吉羽 じゃあその時は別に、マイクロソフトとすごく付き合いがあったわけじゃなかったってことですよね。
浅見 ゼロですね。
吉羽 ですよね。キャリア的にも、OracleにPostgreSQLにPHPっていったら、どこにもマイクロソフトが存在しない感じですよね。で、翌年以降から運営に参加してましたね。
浅見 というのも、インストールマニアックスの受賞者を集めたオフ会があったんですよ。その縁で、次の回から決勝戦の司会をやって下さいってオファーが来て、引き受けたのが、深く付き合い始めたきっかけですね。
吉羽 ちなみに、インストールマニアックスの第3回まではハコがもらえて、その次の2010年の第4回の開催はAzureがプラットフォームになったんですよね。Azure祭りってサブタイトルがついていて。浅見さんがAzure触ったのはそこが初めて?
浅見 いえ、リリース前にインストールマニアックスが縁で知り合ったマイクロソフトの方と飲んでいて、Azureのことを教えてもらって、2009年の春にはもう触ってはいました。
吉羽 なるほど。その時って、Windowsしか動かなかった感じですよね?
浅見 Windowsしか動かなかったし、基本的には今で言うクラウドサービスという機能しかなかったんですよね。SQL Databaseさえなかった時代です。ストレージはあったので、KVSの機能はありましたが。SQL Serverをベースとしたデータベースはあっても、普通にSQLが叩けないっていう。すごく大変でした。これ、正直使わないなと思ったんですよ(笑)。
吉羽 使えないなって思ったの?
浅見 でも当時からPHPは動いたんですよね。
吉羽 ああ、Windows Azureの頃(編注:Windows Azureは、2014年3月に現在のMicrosoft Azureへと名称変更されました)。
浅見 しかもリリース前のWindows Azureの頃、対応言語として.NETとPHPってあったんです。自分は、PHPで書いて、ストレージテーブルを使ってちょっとしたアプリを書きました。
吉羽 それで2010年のインストールマニアックス(Azure祭り)とはどう絡んだんでしょう?
浅見 それまではAzureと距離を置いていたんですが、Azure祭りでは、当然のように決勝戦で司会を頼まれるわけなんですよ。インストールマニアックスの運営のThink IT編集部の方と、その準備をしようということになって、JAZUG(Azureのユーザグループ)の人たちとも初めて顔を合わせたんです。そこからが深くAzureをやるきっかけかな。もっと前からちょいちょいはやってたけど、そこからAzureばっかりになりました。
Azureのノウハウを知り尽くしているからこそビジネスの差別化になる
吉羽 それから浅見さんがAzure専門のコンサルタントの会社作ったのはいつになりますか?
浅見 2011年の12月ですね。最初は1人で始めて、次第にAzureでがっつり仕事したいって人が少しずつ集まってくれて。いい仕事をするために、今でも少数精鋭でやらせてもらってます。
吉羽 じゃあ、会社作った理由はなんですか?
浅見 これね、ちゃんとビジネスモデルを作ってから会社にしようという思いはあったんだけど、当時の取引先から「ちょっと個人の方とは契約しにくいので、会社にしないか」と言われたのが直接的な理由でして。
吉羽 仕事上、取引をするのにフリーランスでは無理って言われて、ってことですね。
浅見 そう、必要だったから。カッコ悪いでしょ。
吉羽 いやいや。それありがちですよね。相手が固い会社だと、フリーの人と契約しにくいというのもあるし。フリーランスをやっていく上で、仕事をする上で必要だったからそうしたっていう話。
それで、そのあと人が増えて、2013年にAzure専業MSP(マネージドサービスプロバイダー)の会社、Cloudliveを創業されましたよね。これはどういう意図で作られたのでしょうか?
浅見 初めにつくったpnopという会社は、Azure上に、どんなシステムをどうやって構築したらいいかをお手伝いするのが基本なんですね。もちろんリリース後の運用設計のお手伝いもするのだけど、実際にpnopが運用をするわけではなく、お客さんにやってもらうスタンスだったんです。でも、なかなかできないですよね。
あとは、案件が終わったらお客さんとの関係が切れてしまうというのもあり。そこで、継続して運用を代行するビジネスとしてCloudliveを立ち上げました。
吉羽 でも一方で、MSPだと夜間対応などで、仕事の時間の面で影響を受けますよね。その辺りの心配はなかったんでしょうか?
浅見 ありましたが、共同出資という形で、複数社で協力しながらやっています。
ただ、Cloudliveでは、24時間365日、大勢のスタッフが監視センターに籠って管理するというやり方ではないんですね。どちらかというと、初動対応をするというよりは、MSPとしてその後の、Azure特有の問題への対応を含めた短時間でのトラブル対応が得意です。トラブル発生時は結構早い段階から、障害対応ノウハウが豊富でAzureにも詳しいメンバーが対応しています。そもそも、だいたいの場合は私たちが設計構築に関わらせていただいているので、プラットフォームの障害によるトラブルはほとんど発生していないんです。
吉羽 それがビジネスの差別化のポイントになってる箇所ですね。Azureを知り尽くして、作る上でのノウハウや設計のポイントがあるからこそできることですよね。単純な運用じゃなくて。
浅見 そうです。単純な運用監視の部分も、もちろんちゃんとやってはいるんだけど、極端に他よりコスト掛けない方法を採っているんですね。詳細は内緒です(笑)。その削減したコストを高度な対応をするところに回しています。
吉羽 浅見さんの会社は、価格競争もしないし営業もしないっていうプロ集団ですね。
クラウドが広がってきた上での課題だけど、案件が多いからと言ってクラウドエンジニアを増やせ増やせといった状態になって、そうすると、今まで大してクラウドを触ってこなかった人がクラウドエンジニアになっている状況がありますよね。
浅見 そういう意味だとクラウドのエンジニアって本当に全然足りてないです。特にAzureは、AWSと比べても足りなくて、それはもう、お客さんもSIerも困ってます。
