2015/04/08 14:00
「はやぶさ2」は人間と協力するロボット ――タッチダウンは日本が世界に誇れる技術
小惑星探査機「はやぶさ2」の運用メンバーとして、日々コードを書いているJAXAの佐伯孝尚さん。前編では、はやぶさ2に関わるプログラミングの意外にも柔軟な側面について聞きました。後編では、はやぶさ2が小惑星に近づき、ミッションを成し遂げるためのシステムに迫ります。
ただ降りるだけが、非常に難しい
―はやぶさ2を運用していて、緊張する瞬間はどんな時でしょうか。
打ち上げや、イオンエンジンが初めて動作するなど、はやぶさ2に搭載されている機器がオンボード(探査機にあらかじめ組み込んであるプログラム)で初めて立ち上がるときは緊張します。また、2015年末にスイングバイがありますし、小惑星に到着すると毎日が非常に忙しく、やることがいっぱいあります。タッチダウン(小惑星に着地すること)がその極み。私が担当しているインパクターの作動ももちろんそうです。今から考えると、胃に穴があきそうなくらい……緊張の極みです。
―タッチダウンってそんなに難しいんですか? 素人の考えだと、降りるだけなら簡単にできそうな気がしてしまうのですが。
いやいやいや。あれはほんとに難しいんです。ただまっすぐに降りるっていうのが、ほんとに難しい。日本は初代はやぶさでタッチダウンを経験しているので、日本が世界に誇れる技術だと思いますね。
スラスター(機体の姿勢を制御するための推進エンジン)を吹きながら、あっちに行ったり、こっちに行ったりを繰り返しながら降下しています。ほんとに垂直に降りるなんてありえない。
―確かに、小惑星の重力は小さすぎるので制御は大変難しそうですね。自動車の制御プログラムに近いイメージですか?
そうですね。自動車のステアリングに使われているようなフィードバック制御は、はやぶさ2にも随所に入っています。たとえば、探査機は姿勢を保つのがとても大事なのですが、太陽光から受ける力など、いろんな外乱で機体が回ってしまうことがあって。それを防ぐために探査機の中にコマ(ジャイロ)を入れておいて、その回転速度を変えることで、一定の姿勢を保ち続けています。
はやぶさ2はロボットだ
―降りる操作は、探査機にプログラムされているのでしょうか。
そうですね。はやぶさ(初代)や、はやぶさ2が普通の探査機と大きく違うのは、「ロボット」であるということなんです。自分で判断して動いているところがたくさんある。すべてを自分で判断しているわけじゃないんですけど、地球の管制室(探査機を地上から管理・運営する施設)からの指示や判断を待っていたら間に合わないときは、自分で判断して動くように、あらかじめプログラムしてあります。はやぶさ2からのデータを地球で受信し、管制室から指示を出して、はやぶさ2で受け取るのに往復40分くらいかかってしまいますからね。
―たとえば、どんなことを自分で判断できるのですか?
代表的なケースが、タッチダウンの際の、小惑星に降りる最終の場面です。それまでは、はやぶさ2に小惑星の画像を送ってもらいながら、ここは岩だらけだからやめようとか、ここは平らだからよさそうだなと、管制室から判断するんです。そして、小惑星がどのように自転しているか、というのも観測し、何時何分にそこに向かえば目標にたどり付ける、ということを決めるんです。
けれど、本当に最後、あと数十メートルのところから降りるときは、地上にデータを送っていたら間に合わない。なので、オンボードで処理します。小惑星が着陸したい地点に、ターゲットマーカーという目標を落として、自動で追尾するしくみになっています。
―人間が判断するところと、コンピュータに委ねるところ、両方の組合せで着陸するんですね。
縦方向制御は自律的にできますが、横方向はかなり難しい。万全を期して、自律と人間の判断との複合で操作します。アポロ11号が月面着陸に成功したのは、着陸の操作の大部分を人間に委ねたからだと思っています。
小惑星の表面の画像を処理して、はやぶさ2自身が「僕はこっちを向いてるよ」と判断することも理論的には可能だけど、それだけで無事着陸できるほど、簡単じゃないんです。ある程度、人間が判断してあげて、最後の着陸は人間の指示では間に合わないから自動化する。宇宙だからものすごくハイテクというわけではありません。でも、ここまでやってもこっちとしてはもうお祈りするしかないですね。少しでも成功確率を高くするために人間と機械がやるべきところをバランスよく配分することが、ミソなんだと思います。
―インパクターも、同様に自律的に動作するのでしょうか
はやぶさ(初代)にはなかった新規機器の一つ。はやぶさ2が小惑星に到着後、通常のタッチダウンを行い小惑星表面のサンプルを採取後に作動させる。小惑星に弾丸のような衝突体をぶつけることで、小惑星表面に人工のクレーターをつくる。クレーターができることにより、小惑星の内部構造の観測や、内部の新鮮な(宇宙風化を受けていない)物質を採取することができる。
また、インパクターには爆薬が搭載されており、衝突体発射後にはインパクター自身の破片(デブリ)が飛び散ってしまう。はやぶさ2は、これらのデブリを小惑星の反対側に回り込むことで回避する必要がある。
インパクターを分離するタイミングはオンボードが判断しています。たとえばインパクタを離すのってどこでもいいわけじゃなく、高度何メートル付近でこの速度じゃないとだめっていう範囲があるので、地上で人間が判断するのでは遅いんです。
そして、インパクターが小惑星に衝突してからは、あらかじめ決めてある順序にそって逃げる、その間に例えば、衝突して生まれたクレーターの内部構造を観測する、などといったことを決める。タッチダウンの時と同じように、ある程度は人間が誘導し、間に合わないところは自律的に回避するようプログラムしています。そこからはもう何もできない。祈るしかないですね。
―はやぶさ2が小惑星につくまで、24時間見守っているのでしょうか。
いえいえ、そんなことはありません。はやぶさ2は24時間動いていますが、はやぶさ2からのデータを日本のアンテナで受信できるのは、1日に約7~8時間くらいなんです。なので、現在は週に5~6日、夕方から深夜にかけての時間を運用にあてています。 はやぶさ2が小惑星に到着して、タッチダウン(小惑星に着陸すること)など重要な局面になると、海外のアンテナも借りながら24時間体制になります。
―運用は具体的にどのような手順で行っているのでしょうか。
メンバーは、その日の運用を監督するスーパーバイザーが1人と、それをサポートする人が数名います。さらに、探査機のことをよく知っているメーカーの方と、はやぶさ2へ指令を送るコマンダーがいますね。
毎日「今日はこういう運用をします」とあらかじめ決めた、はやぶさ2に送るコマンドの列が書いてある“手順書”を作っているのですが、それをもとにスーパーバイザーがタイミングを見ながら指示をし、コマンダーさんがコマンドを打っていきます。コマンドの送り方はコマンダーさんが一番詳しくて、他のスタッフはよく「これでいいんでしたっけ?」とコマンダーさんによく聞いています。
探査機がどこを向いているかをチェックする姿勢系は、はやぶさ2の生死に関わるところなので、専用の運用室を設けて、そこでテレメトリ(はやぶさ2から受信するデータ)を見ています。
―佐伯さんはどのような立場になることが多いのですか?
私がよくやっているのはスーパーバイザーですね。スーパーバイザーのサポートをやるときもあります。これから色んな人にスーパーバイザーを経験してもらって、人数を増やしていかないとあとあとキツイです。
誰も行ったことがない、未知の天体へ行きたい
―はやぶさ2がロボットのようだということは、人工知能が使われていたりするのでしょうか?
探査機への人工知能の搭載はまだ研究段階で、はやぶさ2には使われていません。宇宙の探査には多額なお金と時間がかかっているので、「失敗しました、じゃあ次またがんばろう」では済まされないんですよね。やり直しがきかないんです。
―なるほど。確かに、何百億円のプロジェクトですものね。
最先端なイメージがあるかもしれませんが、そういう意味では、古典的なところが多いんですよ。確実なことをやるという前提があるので、どうしても保守的になってしまって。最先端技術を実験的に取り入れられる仕組みが必要なのかなと思いますけどね。地上の技術の方が、いろいろ新しいことができて、うらやましいです。
―佐伯さんが今の仕事で、世の中に新しい価値を生み出していると感じられるときは、どんなときですか?
私は探査がやりたいんです。探査の本質は、人が行ったことのない“未知の天体”へ行くこと。今は「はやぶさ2」が小惑星1999 JU3に到着して、ミッションを達成するためのお手伝いをしているので、それが達成したときには、新しい価値を生み出したと感じられるんじゃないでしょうか。
小さいところかもしれませんが、日々の運用の積み重ねでミッションが達成されるので、コツコツやりながら、大きな価値を生み出していきたいと思っています。
プログラミング×[未来]の答え
―最後に、未来のプログラミングは、技術者や一般の人にとってどういう存在になっているでしょうか?
プログラミングとはコンピュータに自分のやりたいことを伝えてあげるものだと思います。なので今後は、コンピュータに人間が頼ることも多くなるため、言語が何かは別として、より身近なものになるのではないでしょうか。宇宙開発の分野でも、探査機により自律的に作業をさせるという方向に進んでいくのではないかと思っています。
―アポロ時代には人間の判断に委ねていたものが、現代は、人と探査機が協力して行うようになり、未来には、探査機が自律的に動くようになる。プログラミングによって、惑星探査の可能性がどんどん広がっているんですね。今回はありがとうございました。
参考:はやぶさ2特設サイト
著:野本纏花
写真:小倉亜沙子