2015/06/08 14:00
企画を形にする作業だけがプログラミングではない――プリクラ開発の現場はクリエイティブだ
スマホ時代に今なお、女子中高生に絶大な人気を誇るプリクラ。前編では、フリューの八田育子さんに、このプリクラの魅力は、プログラマーの高速化への取り組みが支えているというお話を聞きました。後編では、女の子の「Kawaii」を作る開発体制や、海外展開への挑戦について伺います。前編に引き続き、サイボウズ・ラボの竹迫良範さんが聞き手として登場です。
女性の主観「かわいい」を、どうソフトに落としこむか?
編集部)プリントシール機では、女の子の「かわいい」という主観的な要素を、ソフトウェアに落とし込んでいますよね。この「かわいさ」や「美しさ」の基準をどうやって決めているのですか?
まず、今の女子中高生が、どんな顔を「かわいい」とか「好ましい」と思っているのかを知るために、女子中高生を集めて毎週のようにグループインタビューをしています。さまざまなプリントシール機で撮影したプリを見せて、「目・肌・髪・顔の大きさ」といったパーツごとに、得点をつけてランキングにしてもらったり、いろんなパーツのパターンを見せて、「かわいい」とか「きれい」などのカテゴライズをしてもらったりするんです。そこで集まったデータを元に、企画を考えるチームが分析し、新機種のコンセプトを決めていきます。
編集部)ユーザーの顔は、目の大きさや顔の大きさなど、それぞれ違うと思うのですが、多くの女の子が満足できるような画像加工をどのように決めているのでしょうか。
ズバリこれ! といった数値化は不可能に近いのですが、ライティングや加工具合の検討を主に行っている画像調整者が、多くのプリを見ながら一番良さそうなところに落とし込む作業を繰り返しています。そうでないと、この人はきれいになったけど、この人はへんてこな顔になってしまった、ということが起きてしまうので。
竹迫)今はスマートフォンからプリの画像を見ることも多いそうですが、プリを見るデバイスによって「撮影したときと色と違う」ということはありませんか?
あります、あります。撮影するときに見ているモニターと、落書きの画面、モバイルの画面、印刷したシールでは、何も処理をしなければ全然違う色になってしまうんですよね。そこの色味を合わせるのは非常に困難な作業です。私たちが作ったソフトを使って、画像調整者が日々闘っているところです。
竹迫)そうですよね。私は学生時代にプリンターを売る仕事をしていたのですが、日本のメーカーは「肌色がきれいに出る」ことを売りにしているんですね。一方、欧米のプリンターは肌色には気を遣わないんです。肌色という概念を持っているのは、日本人特有なのかなと思いました。
そうかもしれないですね。肌の色にはすごくこだわっていて、同じ色でも機種ごとに表現を変えていたりもします。
―プリントシール機は昔とずいぶん変わりましたが、どんな変遷をたどっていますか?
プリントシール機は1995年に誕生し、今年で20周年を迎えましたが、2005年を境に、プリントシール機が「遊び」の機械から「写り」を重視するようになりました。昔は、例えば木にぶら下がった写真が撮れるような、フレームや背景を合成して遊んでいた時代から、スタジオで撮ったような、きれいで自然な画像が求められるようになってきたんです。
弊社の製品でいうと、2007年に発売した「美人 -プレミアム-」は「目ヂカラ」というコピーを元に、目の強調を大々的に打ち出し始めました。プリントシール機において目を大きくするブームはここから始まったと言えます。それから3~4年経ち、目が大きくなりすぎるという意見が出てきたことを反映して、2011年の「LADY BY TOKYO」という機種では、ナチュラルな加工をするようになりました。そこから今に至るまで、ナチュラルな写りを重視する機種が好まれています。
―プリと言えばギャルが撮るイメージでしたが、今はどうですか?
プリントシール機は発売当初より、いわゆる“ギャル”を含む女子中高生を中心に多くの方に撮影いただいております。近年では高校生以上の方々に撮影していただく機会も増えてきておりますが、依然として“ギャル”の方々にもご愛好いただいております。
とはいえ、現代のギャルは多様化してきたと感じています。ギャルといえば、90年代後半のガングロやルーズソックスのイメージが強いですが、今は、見た目は清楚だけど中身がギャルという女の子も多いです。
また、ひとくちに「きれい」と言っても多様性がありますね。くっきりが好き、ふんわりが好き、自撮り風が好き……。そのバラエティを機種で表現しています。あとは、自分好みの写り方を選ぶもトレンドになってきていますね。
基本はウォーターフォール、楽しさを生み出す部分はリーンに開発
編集部)プリントシール機のソフトウェアは、どんな手法で開発されていますか?
プリントシール機はハードの仕様で縛られる部分が半分以上なので、そこは要求定義からかっちり決めて、ウォーターフォールに近い形で開発をしています。ゲームフローやGUIといった見た目の部分は、試作筐体にソフトを載せた状態で、グループインタビューをどんどんしていきます。トライ&エラーを重ねながら調整をかけていくので、短いスパンで変わっていきます。
編集部)ユーザーを楽しませる部分については、開発途中でもリーンに変えていくのですね。グループインタビューは、いまおじゃましているフリューさんの渋谷本社で実施しているのでしょうか。
はい。渋谷以外にも京都で行っています。ユーザーの意見を聞く手段としては、他にも、ピクトリンク(プリ画像の取得サイト)でアンケートをとったり、全国の主要都市でのロケテスト(出荷前に一部店舗で試験的に稼動させること)にて、アンケートなどを実施したりしています。
竹迫)なぜ京都で?
関東と関西で、ちょっとノリが違ったりするんです。京都の女の子の方が、派手好きで、色味の明るいものを好む傾向にあります。関東の女の子は、とにかく写り重視。関東と関西、両方でグループインタビューを実施することで、全国でファンを獲得できるようにしています。
ロケテストをやってみても、新機種にすぐ飛びつくのは関西の女の子が多いですね。関東では、まずは自分が撮り慣れていたり、人からおすすめされた機種を使ったりしがちという傾向があります。
竹迫)面白いですね。サイボウズも、ユーザビリティテストとして、実際にソフトを使っている様子をカメラで撮影して、どこでつまずいているかを分析して、UIの改善ポイントを探ったりしています。
そこは同じですね。グループインタビューで実際にユーザーが使っている姿を見て、改良したりしていますよ。また、店舗でプリントシール機から出てきたユーザーに声をかける、出口調査をすることもあります。
編集部)グループインタビューに参加するのは企画の方だけですか?
いえ、エンジニアが参加することもよくあります。企画と開発が密に連携しているので、エンジニア側から「ここにこういうボタンがあったほうが使いやすいんじゃない?」と提案することもありますし。私たちエンジニアも自分でテストしながら、しょっちゅうゲームを体験しているので、使っている人ならではのアイデアとして、採用されることもあります。
編集部)やはりプリントシール機の開発は女性の方が向いているのでしょうか?
「かわいい」の感性は、女性の方が分かる部分が多いかもしれません。なかなか言語化できないこともあるので、企画者が自分の良い塩梅で調整できるようなツールを作って渡したりして、齟齬が起きないような工夫をしています。
日本の「Kawaii」は通用しない? 世界展開の苦労とは
竹迫)プリントシール機を海外にも展開していこうとされているそうですが、日本の「Kawaii」文化を輸出するにあたって、苦労されていることはありますか?
- 参考:プリクラ20年、米へ進出 「KAWAII」根付くか(朝日新聞デジタル)
2~3年前に、国内で出している機種をそのまま海外の展示会に出したのですが、加工が不自然と拒絶されてしまったんです。その後、いろいろグループインタビューを重ねてみたところ、非常にシンプルな写りで、加工も少ないものが好評でした。
また、日本の女子中高生は、かなり高度な落書き機能を使いこなしていますが、海外で使っている様子を見ると、ほとんどの人がタブの切り替えができないし、ペンで書くこともなくて。せいぜいスタンプを押すだけでした。
竹迫)海外の方は、プリントシール機に初めて触るので、どうやっていいか戸惑ってしまうんですね。
そうなんです。そこで、2014年12月に、非常にシンプルな機能に留めた「PURIBOOTH」を発表しました。今は、アメリカのハリウッドでテストマーケティングをしているところです。
プリントシール機の魅力を海外に伝えていくことを目的に開発された、海外向けプリントシール機「PURIBOOTH」。プリントシール機に慣れていない方でも扱えるシンプルな操作と、さまざまな人種の方が美しく仕上がる画像処理が特徴。
編集部)海外でもプリントシール機の設置場所はゲームセンターなのですか?
そうですね。ゲームセンターもありますし、ショッピングモールのフードコートの横に、ちょっとした遊園地くらいのゲームコーナーがあるので、そういうところに置かせてもらっています。
編集部)海外にはセルフィーの文化もありますし、自分の写真を撮ることへの抵抗は少なそうですが。
うーん、どうでしょう。ただ、繰り返し同じ機種で撮るという文化は、まったくないですね。
竹迫)日本とはニーズが全然違うのかもしれませんね。
アメリカだといろんな人種の方がいるので、「美白」「美黒」という表現は適切ではないんです。言葉にも気を遣いますね。
プログラミング×[未来]=?
編集部)最後に、エンターテイメントや「Kawaii」に関わられている立場から、プログラミングは今後どうなっていくと思われますか?
プログラミングは、人によっては企画を形にする単純な「作業」のように思われているかもしれません。しかし私は、プログラミングはプロセス自体にアイデアがたくさん詰まっている、非常にクリエイティブなものだと思っています。
また、プログラマーは、やろうと思えばひとりで商品化まで完結することができる。それはそれですごいことだなと思うものの、私は、プリントシール機を開発する過程で、自分にない感性やアイデアとコラボレーションする醍醐味を知りました。プログラマーは、自分にない企画とコラボしたときこそ、新しいものが生まれると思っています。
編集部)プログラマーと企画者が手を取り、さらには女子中高生の意見もじっくり聞きながら、プリントシール機をさらにクリエイティブにしていくんですね。こうして作られた「Kawaii」が、世界にも広がろうとしています。今回はお話ありがとうございました。
著:野本纏花
写真:小倉亜沙子