2015/07/10 14:00
「金融サービスの開発期間はたったの1か月」ビットコインプログラマーに聞く、政府も後押しする新通貨の今
2014年2月のマウントゴックスの経営破綻から1年余を経た今、ビットコインが大きな注目を集めています。なぜビットコインへの関心が高まっているのか、そしてビットコインの展望について、ビットコイン事業を営むレジュプレス株式会社の代表取締役社長であり、プログラマーでもある和田晃一良さんにお話を聞きました。
累計100万部「ビリギャル」を産んだSTORYS.JP、ならびにビットコイン取引所coincheckの全開発を担当。小学生時代からプログラムを学び、大学3年の時にクックパッド主催ハッカソンで優勝。また、同時期に開発した就活対策AndroidアプリSPITrainigは10 万ダウンロードされる。2012年8月にレジュプレス株式会社を創業。2014年2月に代表取締役に就任。
Androidアプリ開発の成功体験からプログラミングの魅力に目覚める
――社長である今も自ら開発に携わっているとのことですが、プログラミングは大学で勉強したのですか?
東京工業大学工学部の経営システム工学科出身ですが、大学の授業では数学、統計、会計、人間工学、プログラミングなどを幅広く勉強していました。プログラミングを本格的に始めたのは、大学3年生のときにAndroidアプリ開発のアルバイトをしたことがきっかけです。
――どのようなアプリを作ったのですか?
最初に作ったのは、ちょうど就職活動中だったこともあり、SPI試験対策アプリでした。当時、有料アプリしかなかったので、無料アプリを作って広告を載せれば結構いけるんじゃないかと思って始めたら、10万件以上のダウンロードがあって。自分の力でこんなすごいことができるんだと実感して、アプリやサービスの開発をやりたいと思うようになったんです。
――その経験が学生での起業につながったんですね。
最初、起業はまったく考えていなくて、就職しようと思っていました。アプリやサービスを開発できる、新規事業を手掛けているという観点で就職活動をして、サイバーエージェントから内定をいただいていたんです。
ですが、大学4年生の8月、友人から「会社を作ろうと思い、開発者を探している。一緒にやらないか」と誘われたんですよ。それなら就職しなくても自分のやりたいことができると思い、その誘いに乗りました。
――そのときに立ち上げたのがSTORYS.JPですね。
そうです。2012年8月の会社設立後、約4カ月でリリースしました。その後、設立時の代表であった友人が辞めたので、現在は自分が代表を務めています。
破綻したのは取引所であって、ビットコインの優れたしくみがダメになったわけではない
――なぜ、ビットコインで事業を始めようと思ったのですか?
STORYS.JPが波に乗ってくると、次第に開発のリソースを他に回したいと思うようになりました。そこで、社内でゼロから開発できる新規事業を考えたときに、ビットコインに注目しました。
――マウントゴックスの破綻のニュースで、ビットコインには悪いイメージがありましたが。
一般にはネガティブな印象があったのは事実ですが、調べてみると、ビットコインは海外でかなり使われていること、しくみが優れているのに日本ではまったく知られていないことがわかりました。マウントゴックスはビットコインの取引所です。その取引所の1つが破綻しただけで、ビットコインのしくみが破綻したわけではないんですよ。
マウントゴックスは世界最大規模の取引所で、渋谷にありました。そこがなくなってしまい、市場に大きな隙間ができた。特に日本市場では、円とビットコインを交換できるところがなくなってしまった。そこにニーズがあり、ビジネスチャンスがあると思いました。
――マウントゴックスの破綻から1年が経ちましたが、ビットコインを取り巻く状況はどう変わりましたか?
破綻前は1ビットコイン(以下、BTC)の価格が約10万円でしたが、破綻後は約3万円に下がってしまった。ビットコインを持っていた人は資産が1/3以下になったわけです。そのため、落ち込んだムードはあったのですが、この半年くらいで回復してきており、ビットコイン関連のスタートアップが増えてきています。
日本では一般への認知が進んできています。マウントゴックスの破綻前はまったく知られていませんでしたが、破綻のニュースで逆に興味を持って使い始めた人もいます。良い意味でも悪い意味でも、認知が広がるきっかけになったようです。
――御社はビットコインでどのような事業をやっているのですか?
基本は、取引所、決済サービス、ウォレットアプリです。
ビットコイン取引所の「coincheck」は、日本円でビットコインを買うことができます。「coincheck payment」は、お店で使えるビットコイン決済サービスです。支払い金額を入力するとビットコインに換算され、QRコードが出力されます。それをお客様がウォレットアプリで読み込むと、お客様からお店へ送金され、支払いが完了します。
iOS/Android用のウォレットアプリも提供しています。ウォレットは銀行口座のようなもので、ビットコインを保有し、送金するために使います。
――ビットコインで支払いができるお店が増えていますね。Hackers Barなど、ギークが好みそうなお店が多いようです。
調査したんですが、ビットコインを持っている方は主に20~30代の男性で、インターネットに強い人が多い。そこでそのような男性が行きそうなお店のオーナーさんとお話をして、導入してもらっています。
今は外国人向けのお店も多いです。外国の方は現金を持ちませんから。ビットコイン決済であれば、決済手数料がクレジットカードの1/3~1/5になるので、お店にとっても大きなメリットがあります。
――御社はどのようにビットコインサービスの開発を行ったのですか。
bitcoindというスタンダードなビットコインクライアントがあるんですが、それをバックエンドにして、フロント部分をRuby on Railsで開発しました。bitcoindは、送金やアドレスの生成などを行うAPIを数多く提供しており、それをフロントから呼び出して利用する形です。
2014年7月にビットコインでビジネスをやろうと決め、8月にサービスインしました。
――開発期間がものすごく短いですね。参考にした文献やシステムはありますか?
海外の似たようなサービスのインターフェイスを多少参考にはしましたが、基本的にはビットコインのしくみを調べて、試行錯誤しながらどうしたらよいかを決めました。サービスイン後に修正が発生しましたが、最初のサービスインまでのスピードを考えると大した問題ではなかったと思います。
――セキュリティも重要ですね。
もしSTORYS.JPのサーバーがハッキングされても会社が倒産するまではいきませんが、ビットコインのほうは最悪預かっていたお客様の資産が失われ、倒産では済まないほどの損害になります。そのため、普通のWebサイトとは異なるセキュリティが必要です。
ビットコインでは安全に送金を実行するためのしくみに公開鍵暗号を使っており、ユーザーの秘密鍵の文字列が漏えいしないようにすることが重要です。マウントゴックスでは秘密鍵をオンラインで管理していたようですが、オンラインではセキュリティ対策をしていてもシステムの脆弱性を突いて攻撃されることがあります。そのため、ネットワークに接続していないサーバーに保管したり、USBメモリに保管して銀行の貸金庫に預けたりなど、オフラインで管理するコールドウォレットという手法がよく使われます。
弊社でも秘密鍵は必要最低限のもの以外オフラインで管理しています。利用するときには必ず人の手を介すようにアナログで運用することで、セキュリティを担保しています。
ビットコインで金融業界に革新の波が訪れるか
――日本でビットコインが法規制されるような動きはありますか?
意外に思われるかもしれませんが、日本政府はビットコインをかなり後押ししてくれています。
まず、2020年の東京オリンピックまでに、決済をスマート化させたいという理由があります。クレジットコインやビットコイン、Edyなどいろいろな決済方法を考えているようです。
また、開発者のサトシ・ナカモトがどうやら日本人らしい、マウントゴックスが渋谷にあったということで、日本発祥のようなものだから応援しようという理由もあるみたいです。
ベンチャー支援という意味もあります。自民党でベンチャー支援を行っている議員の方によくお会いするのですが、日本は欧米と比べると遅れているので、新しいものに取り組むベンチャーがどんどん出てくるようにしたいとおっしゃっていました。当面法律で厳しく規制せずに、業者の自主規制のもと扱えるようにするという政府見解も出ています。
――ビットコインが普及したらどのような変化があると思いますか?
ビットコインの普及については、一般消費者がビットコインを使う形になるのか、裏側でビットコインが動いていて表側では日本円で表示される形になるのか、といった議論があります。自分たちは、ビットコインを表側に出していきたいと考えています。
音楽業界では、インターネット上でデータを共有できるしくみができたことでCDが売れにくくなり、音楽の販売形態が大きく変わりました。同じような変化の波が金融業界にも訪れると思います。たとえば、ビットコインで引き落としができるデビットカードが出てきました。今後は、ビットコイン建ての保険商品や株取引なども出てくるでしょう。
――御社の今後の展望を教えてください。
ビットコインベンチャーとして、日本で一番の取引所や決済サービスで一番となり、一般消費者の方がビットコイン決済サービスを利用するような世界にしたいと考えています。
一番注目しているのがビットコイン決済です。クレジットカード決済では手数料が高いという不満があります。そこをビットコインという新しいテクノロジーでリプレースすることで、ユーザーにもお店にも利便性を提供したい。そのためには、「外国人がよく利用するお店」のように、ビットコインを有効に活用できる場面を発掘することにも注力したいと考えています。
またビットコインの普及のために、ビットコイン業界団体でセキュリティのガイドラインを公開し、それに従っていることで安全や安心をアピールしたり、政府が後押ししてくれていることや、ユーザーの利用事例をレポートしたりする活動も進めていきたいです。
――開発に関してはどうですか?
金融系のように、硬い企業風土は避けたい。1つの機能を作るために、上司に申請して、さらに上司に申請して……みたいになると、開発にスピード感がなくなり、ユーザーが離れていってしまいます。
柔軟な開発体制で、1人のデベロッパーが機能を提案し、自分で作ってテストして公開してといったことが簡単にできる風土を作り、スピーディに開発を行っていきたいです。
プログラミング×[未来]=?
――プログラミングでお金を扱うことについてどう思いますか。
最初はお金って扱いにくいなと思っていたんですけど、実際にビジネスをやってみるとそうでもないことに気づきました。日本でも今後は、お金を扱うようなフィンテック(FINance+TECHnology=金融+ITの分野のベンチャー)が増えてくると思います。
早ければ2017年に銀行法が改正され、銀行が子会社として金融系以外の会社を持てるようになります。米国では銀行がITベンチャーを買収し、フィンテックのような新しいサービスを提供するケースが増えています。日本でも2年後にはその流れがくるでしょう。この先、プログラミング×[お金]はどんどん広がっていくと思います。財務や会計など数字を扱うのではなく、個人間送金サービスのようにお金=価値の移動を扱うベンチャーが増えてくればおもしろいですね。
――今後、お金に関わりたいと思っているプログラマーに向けてアドバイスをお願いします。
当然セキュリティには気をつけなければいけませんが、あまりビビらないで跳び込んでほしい。何か問題があっても規模が小さいうちは何とか対応できるでしょう。小さく始めて徐々にスケールしていけばよいと思います。
――プログラミングは未来に何をもたらすでしょうか。
私は大学生のときにプログラミングに出会ったことで、可能性が拓けました。個人や少人数でも、プログラミングで数十万、数百万人に大きなインパクトを与えることができます。また、作ったアプリやサービスはプラットフォーム上で簡単にスケール可能です。
プログラミングに触れることで未来が拓けます。若い人がプログラミングを行い、新しい発想でベンチャーを興していけば、とてもおもしろいと思います。
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大手取引所の破綻という衝撃的なニュースが良くも悪くもビットコインの名前を世に知らしめました。しかし今、ギリシャの経済危機による価格上昇など、ビットコインのポジティブなニュースを耳にする機会が増えています。日本ではビットコインがどのように普及していくのでしょうか。プログラミング×[お金]でもたらされる新しい未来を想像すると、ワクワクします。
後編では、ビットコインを特徴づける「送金」と「採掘」のしくみについて、さらにオープンソースであるビットコインの開発について伺います。
著:坂井直美
写真:小倉亜沙子