動画のビジネス活用が当たり前になった時代
動画広告やYouTubeが熱い視線を浴びています。動画で稼ぐYouTuberの存在も、一気に認知が広がりました。NTTドコモの「3秒クッキング 爆速エビフライ」編と「3秒クッキング 爆速餃子」編は合計2000万回以上の視聴回数に達し、カンヌ国際広告祭の3部門で受賞。大企業が予算をかけ、動画の制作に注力しているのが分かります。
そうした中、動画制作をしたくても予算をかけられない中小企業もあります。あるいは、ウェブデザイナーなのに動画制作を依頼されてしまい、途方に暮れる方もいらっしゃるとか。動画の時代が来たと言われても、制作や利用方法はまだまだ多くの企業で戸惑いがあるのは事実でしょう。
翔泳社では7月13日(月)、そうした方々のために『仕事に使える動画術 成功例に学ぶYouTube活用とオリジナル動画作成法』を刊行しました。誰もが自前で動画を制作し、公開できることを動画制作のプロのお二人が丁寧に解説しています。
今回、著者のお二人――家子史穂さんと千崎達也さんに、本書についてうかがいました。長年の経験と、新しい時代の到来を察知する感性が、どのように動画を制作し、利用すればいいのかを教えてくださいます。
プロに頼まなくても、自前で動画を制作できる
――本日はよろしくお願いします。お二人は動画制作のプロですが、普段はどういった仕事をされているのでしょうか。
家子:私はいま動画ディレクターとして活動しています。企業の依頼で動画を作成したり、ニュースサイトの動画記事を企画・編集したりしていますね。もともとは広告ディレクターをしていまして、その後に動画専門で独立しました。
千崎:私は80年代から動画畑でずっとディレクターとして仕事をしてきました。2000年くらいからコンピューターを使って動画を取り扱う手法が出てきましたので、その研究をしているうちに解説書を書くような仕事も始めました。
――本書は自前で手軽に動画制作できることをテーマにしていますが、具体的にどういう方に読んでもらいたい本なのでしょうか。
家子:私が担当したパート1は事例分析が主ですが、その事例は大企業の宣伝部ではなく、中小企業やベンチャー、NPO、地方の自治体を取り上げました。予算はそれほど取れないけれど、お客さんと動画でコミュニケーションを取りたい、販促や広報に活かしたいという方々です。なので、同じような境遇の方に読んでいただけると、コストをかけずに自分で動画を制作できることを知ってもらえるのではと思います。
千崎:もともと本書の制作のきっかけは、ある会社の年末の納会でウェブデザイナーに「動画も任されるんだけど、どうしたらいいのか分からない」と相談されたことにあります。ですから、動画制作が専門ではないデザイナーの方にも読んでもらいたいですね。
家子:個人事業主やブロガーといった、個人でソーシャルメディアを使って発信している方も対象です。本書では企業の研修や商品開発での活用、自治体の広報など、さまざまなシチュエーションを取り上げていますので、明日から使える事例盛りだくさんです。
千崎:企業によってはセミナーを動画にしてコンテンツ化したいと考えているんですが、制作会社からの見積もりを見ると、思っていた以上に費用が必要だと分かって「ちょっと考えてみます」と躊躇してしまいます。でも、動画でコンテンツにすれば効果が出るのが明白であるなら、自分たちで動画を作ればいいんですよ。
家子:いま、動画広告や動画系SNSを始め、動画の時代が来たとは言われています。その流れで、例えば上司に動画を作ってほしいと頼まれても、実際にどう作って、どう活用すればいいのかはまだ分からない方がほとんどです。体系立てて説明している解説本もあまりないので、本書はその点で非常に役に立つと思います。
「まいあめ工房」はYahoo! JAPANに取り上げられることを狙った
――パート1ではさまざまな企業に取材を行ない、実際の現場で動画がどのように活用されているかを分析されています。特に印象的だったのはどういう活用方法でしたか?
家子:本書を執筆するにあたって、実際に取材に行かないと分からないことがたくさんありました。巷の動画講座は大企業が予算をかけてYouTubeでプロモーションするには、といったような内容が多かったんです。では、中小企業やベンチャーではどう活用されているのか、ということを調べ始めると、とても面白い事例が出てきました。
名古屋の飴問屋、オリジナルキャンディーを制作できる「まいあめ工房」では、自分たちで作った動画を顧客とのコミュニケーションに使うのはもちろん、これがYahoo! JAPANのニュースで取り上げられるにはどうすればいいか、ということを戦略的に練っていたんです。そして実際、2年連続で取り上げられ、サイトにはサーバーがパンクするほどのユーザーが訪れたそうです。
また、動画があるときとないときでどれくらい購入数に差があるのかも計測してみたら、やっぱり動画があるほうが購入数が上がるし、Googleの検索順位も上がることが分かったそうです。SEO対策に動画は必須だということです。こういう事実は、まだそれほど明らかになっていないことではないでしょうか。
関根(担当編集):まいあめ工房はいきなり動画の力で顧客の購買意欲を高められるとは考えていなかったそうで、メディアが取材するときに撮影しやすいように、あらかじめ撮りたいポイントを動画で見せておこうという意図があったそうです。取材をするメディアの担当者が上司に企画を通すときも、そうした動画を見せることで企画が通りやすくなるだろうということも考えていたんだとか。つまり、自分たちのことを伝えてくれる人に伝える動画もあるんですよね。
それと、飴の流通販路はコンビニ、スーパー、キヨスクで9割でしょうから、そこに並ばないとそもそも買われません。ですから、まいあめ工房としてはそれ以外の販路を生み出す必要性に迫られていました。そこで、いち早く動画を使い始めそうです。
家子:その結果、MicrosoftやYouTubeなど錚々たる大企業からオリジナルキャンディーの制作依頼が舞い込んできたりしたそうです。
「プロトリーフ」は店舗スタッフがひたすら花の説明をする動画を公開
――事例で挙げられている企業の動画は、必ずしも視聴回数が驚くほど多いわけではありません。そうした動画はどういう意図で制作されているのでしょうか。
家子:花屋の「プロトリーフ」の事例では、植物に詳しい店舗スタッフがひたすら花の特徴を説明した動画を200本くらいアップロードしています。最初は凝った編集をしていたんですが、あるとき店舗スタッフが話すだけのノーカット動画をそのままアップロードしたら、凝った編集をしたものと効果がそれほど変わらなかったそうなんです。だったらたくさん上げたほうがいい、ということになりました。
数を上げるようになると、トマトのような人気のあるものだけでなく、一般には人気のない、マニアックな花も説明せざるをえなくなります。ですが、そういう花を育てたい人も確実にいるんです。ネット上にはほとんど情報がないので、育てたい人はその動画を観るしかない、そしてそれが認知や購入などに繋がっていくようになります。
視聴回数を稼いだりバズらせたりしようとする以外にも価値があるということが、取材に行ってやっと分かったんですよね。
千崎:「朝顔の育て方」を検索すると、プロトリーフの動画が上位に出てきますが、動画数が多いので関連動画もプロトリーフが独占しちゃうんです。するとどんどん存在感が増していくわけです。
千崎:ある商品の説明をしている動画が1本あれば、それをメールやSNSと合わせて使うことで顧客とのコミュニケーションは間違いなくよくなるはずです。そういう動画は視聴回数を稼がなくてもよく、必要な人に届きさえすればいいんです。
動画が持つ視聴回数以外の価値
――動画といえば短期的に効果を求めたくなりますが、観たいときに観てください、という感覚でアーカイブしていくのも大事なんですね。
千崎:従来だと動画は打ち上げ花火的なもので、注目を集めようとするものだったんですが、いまはもうiPhoneで撮った映像をYouTubeに上げてもそれほど変なものにはなりません。いたるところに動画を撮影する機材がある状況ですから、デジカメでイベントの様子をスナップする感覚で動画を使うのが当たり前になる時代だと思います。
家子:動画は感情に訴えるメディアですので、必要な人が出会って何か行動に繋がればいいんです。むりやり特定の期間に人を集めるというよりは、長期的にこつこつと伝えることに適していると思います。バズらせる以外にも効果的な動画活用方法があることを知ってもらいたいですね。
千崎:そうですね。ネット上の動画は、ファイル自体は500MBだとしても、URLになると数バイトに変換されてしまいます。文字列にさえなればどこにでも簡単に伝えられますよね。こうした手軽さによって、やっと動画が「インターネットコンテンツ」らしくなった気がします。そう考えることで、活用方法が見出だせるのではと思います。
観る人はクオリティよりも「情報があるかどうか」を気にする
――一般に、クオリティの低い動画を公開することには戸惑う人が少なくない気がします。特に多くの企業では、プロのクオリティでないなら公開しないほうがいいと考えているのではないでしょうか。
千崎:例えば自動車メーカーでは新車を発売するとき、動画制作のプロに発注してインプレッション動画を作ります。一方で、地方のディーラーは納車されたその新車に乗って、iPhoneで車載動画を撮って利用することがあります。素朴な動画があった場合、どちらのほうが見た人にとって情報価値が高いかは映像のクオリティとは関係ありません。
クオリティと情報価値を分けて考えないと、いつまで経っても動画を作れなくなってしまいます。いまのカメラはピンぼけさせようと思ってもできないようになっていますから、ほとんど失敗しようがないんですよね。
家子:クオリティを気にする必要はあまりありません。もちろん大きなブランドがなんとなく作った動画を公開することにはリスクが伴いますが、本書で紹介するような企業では制作・公開することによるデメリットはないと考えています。プロのクオリティでなくても、公開するだけで何かしらのメリットが得られるんですよ。
千崎:観る人もプロのクオリティを期待しているわけではなく、必要な情報がそこにあるかどうかを重要視しています。動画を作って公開する敷居はとても低くなっているので、使わないのはもったいないですよね。
カメラとツールが、素人でも動画制作を気軽にできるようにした
――そうはいっても、具体的にどうやって撮影すればいいのか、編集すればいいのかということは素人には難しく感じられます。本書ではどういったアドバイスがされているのでしょうか。
千崎:本書のメイキング編で解説していますが、動画制作で最も注意すべきことは凝らないことです。プロの技を伝授するタイプの解説本は「まずカメラのフルオート設定はやめましょう。マニュアルで設定を――」と書いています。これは時間がかかるうえ操作もたいへんで、本業で忙しい人がそんなところに凝ってどうするのかと。任せられるところはカメラに任せて、自分は何を言うか、何を撮るかに集中したほうがいいです。
カメラをまっすぐにする、動かないようにするといったことを気をつけておくだけで、そこそこの動画を撮影することができます。ですので、どんどん動画を作ってほしいですね。基本的には好きに撮って好きに編集しましょう。自分の家のネコを撮るカメラを仕事に向けるだけでいいんですよ。
家子:動画を編集するにしても、iPhoneには便利な機能やアプリがたくさんあります。iMovieは直感的に操作できますし、編集をまったくやったことのない人でもすぐにできるようになって驚かれるほどです。
動画編集のコツはコース料理に例えられる
家子:もちろん、どうせ作るならメッセージがしっかり伝わる動画のほうがいいですよね。そのための定石、構成があります。映画や小説のシナリオは起承転結が基本ですが、動画では異なっていて、すばやく興味を引く必要があります。
本書では動画のシナリオをコース料理に例えていて、メニュー、前菜、メイン、デザートで考えることができます。まずメニューを見て、メインの写真でおいしそうだと思わせます。次に前菜でメインの説明をし、それからメインのおいしい情報を伝えます。最後にデザートとして、動画を観たあとどういう行動をしてほしいかを入れるんです。問い合わせをしてほしいのか、より詳しい説明ページに行ってほしいのか、といったことですね。
あるいは、プロトリーフのように編集はしないと決めて、事前に構成をまとめて撮り始める方法もあります。これはフォーマットがあるからできることでもありますが、最初に花の魅力、次に花の特徴、最後に育て方のコツを1分で話すんです。こういったができると、編集せずにそのまま動画をアップロードできるようになりますね。
動画の再生時間は長くてもいい?
――プロトリーフの動画は短いですが、動画の再生時間についてはどのようにお考えですか? 動画は短いほうが観られやすいというイメージがあります。
千崎:たしかに動画は2分くらいでないとダメという風潮がありましたが、いまはそうでもなくなってきていると感じています。興味があれば1時間でも2時間でも観ますからね。
家子:とあるデータでは、世代が若くなるほど動画に対する耐久時間が伸びているそうです(データは例えば「ネット動画の視聴傾向レポート」)。個人的な経験をお話しすると、以前、私が行なっている授業で、生徒に自分で動画を作る機会を与えたんです。ある生徒は「プラ板の作り方」を動画にしたんですが、最初に8分の動画を作ってきたので、「長すぎるから1分にまとめて」とお願いしました。
それで彼女は1分版も作ったんですが、もったいないからと両方YouTubeにアップロードしたんですよ。私の感覚では1分版のほうが観られるだろうなと思っていました。
ところが2週間後、視聴回数を見たら8分版が1分版の6倍以上も観られていたんです。彼女の動画はプラ板を作りたい人が観るわけですから、そういう人は作り方の工程をしっかり観たいんだなと。自分の感覚とは逆に、長さが価値になることもあると気づかされました。
関根:最近はYouTubeでもシークバーを動かして観たいところだけ観ることができるので、視聴者も「観ること」がうまくなっているんじゃないでしょうか。制作側が編集しすぎてしまうと「こう観なさい」と言われているような感じがして、視聴者側には案外息苦しいのかもしれません。それなら視聴者側がどうやって視聴するかを選べるような作りにするのがいいのかなと思いますね。
個人や中小企業でこそ動画が武器になる
――ここまで、動画制作のプロのお二人の目線で、予算をかけた動画広告やテレビCM以外の動画活用について教えていただきました。最後に一言、お願いできますでしょうか。
千崎:メイキング編では、動画制作に関する基本的なことをきちんと書いています。文章でいえば「てにをは」だったり文法だったりするものです。そこを解説している本はあまりありませんので、本書を読めば動画を作ったことのない方でも基本を押さえることができます。
家子:個人とベンチャー、中小企業でこそ動画が武器になることを肌で感じています。動画を作り始めたからこそ分かることがありますし、とにかく始めてみた方はさまざまな効果を実感しています。せっかく動画を手軽に作れる時代が来たので、本書が動画を作り始めるための一歩になればいいなと思います。
――ありがとうございました。視聴回数が必ずしも絶対的な指標ではないというお話には感銘を受けました。表向きは効果が見えにくい利用方法もあるかもしれませんが、動画も長期的な視点で運用していけば、次第に結果が現れてくるに違いありません。
本書、『仕事に使える動画術』では、「YouTubeで儲ける」や「バズらせて視聴回数を稼ぐ」というような従来の動画利用・イメージとは一線を画す、新しい活用事例が盛り込まれています。企業、また個人でどのように動画を利用すればいいのか、ぜひ本書を読んで考えてみてください。
また、同様のコンセプトで刊行された『仕事に使える写真術 「売れる」写真を普通のデジカメで撮る方法』は、写真を仕事で活用したい方におすすめです。