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「技術系同人誌は出版社が手を出さないニッチなテーマを埋める」対談:TechBooster代表×CodeZine編集長

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2016/05/11 08:00

 翔泳社では、4月から取り組んでいるデジタルファーストの第一弾として、技術系同人誌を制作しているTechBoosterの同人誌を出版しました。今回、プロジェクト始動を記念して代表の日高正博さんとCodeZine編集長の斉木による対談を実施。TechBoosterでの制作手法や、出版社側の意図が明らかになります。

 翔泳社では「デジタルファースト」というプロジェクトを4月から始めました。これは流行やいまのニーズに合わせた書籍、ニッチなテーマだけれど広く知られる価値のある書籍、あるいは既存書籍のワイド版などをより多くの方に手に取っていただくために、まず電子書籍やPOD(Print On Demand、注文ごとに印刷する形式)で出版していこうという取り組みです。

 CodeZineでは、技術系同人誌を制作されているサークル・TechBoosterから既刊の『Android実践プログラミング 現場で生まれた設計パターン』『Android改善プログラミング 開発速度を上げるための実装と検証』『The Web Explorer』の3点を、翔泳社デジタルファーストとして出版しました。

 今回はTechBoosterの代表である日高正博さんに、CodeZine編集長の斉木崇との対談をお願いし、同人誌サークルが出版社と組むことや、TechBoosterならではの制作手法などについてうかがいました。

ニッチでも価値のある書籍をより多くの人に知ってもらう

斉木:そもそものきっかけからお話すると、CodeZineでは以前からコミケの開催タイミングなどで技術系同人誌を紹介する記事を掲載していました(「コミックマーケットに行って、ニッチな技術系同人誌を探そう!」)。それをやり始めたのは、ニッチだけど面白い同人誌をCodeZineの読者に知ってもらえればと思っていたからです。

 今回、翔泳社デジタルファーストという新しいプロジェクトを始めることになり、できればニッチなテーマの本を世の中に出版していきたいという気持ちがあったんです。TechBoosterは知名度や人気が界隈ではトップクラスなので、ぜひ一緒にやれればと思ってお声がけしました。

日高:TechBoosterでは5年前から技術系同人誌を制作していますが、もともと読者のパイは大きくなく、活動も細々としていました。ですが、最近は少し認知が広がり始めたので、そのタイミングで出版させていただけるのはとてもありがたい機会だったと思っています。特に技術を普及させたいという想いがありますので、ご提案をお受けしました。

 ただ、実質的に同人誌をAmazonで販売することになるので、それがどう受け止められるかは心配でもありました。同人誌だと値付けは自由ですが、出版するとなると少し割高になりますからね。みんなでAmazonのレビューはチェックしています(笑)。いまのところは、自分の周り含めてポジティブな反応が返ってきているのでよかったですね。デジタルファーストの取り組みはいままでの活動とは異なるので、共同執筆者ともども面白いなと思っています。

斉木:CodeZineがデジタルファーストで扱う書籍は、取り上げるテーマを狭くする分、たくさんラインナップが揃っている必要があります。そのほうがロングテールで売れていきますからね。ただ、いままでの翔泳社のやり方だとなかなか書籍点数を出せないので、TechBoosterのように皆さんが作ったものを流通させるお手伝いができればいいかなと思っています。技術系同人誌があること自体を知らない方も多いですから。

 今回はある意味テストケースで、日高さんには制作すべてをお願いしました。もともと執筆や編集だけでなく、表紙のデザインや組版までされているとのことでしたので、刊行までの期間が短い中、尽力いただいて感謝しています。

日高:ただ、本職の編集者にはさすがに及びません。僕もそれぞれの著者が書いた内容を通して読みはするんですが、すべて直すほどのパワーはないので、意味が通りやすいようにしたり、間違った説明が伝わらないようにしたり、最低限で手を加えているだけになっています。

 また、普段はコミケに出展していますが、情報発信していくのにも限界を感じつつありました。やはり場が同じだと伝わる人も同じになってしまうので、パイが広がる感じがあまりなかったんです。その中で、別の場を探すのは自然な流れでした。

日高正博さん
日高正博さん(mhidaka):TechBooster

ソフトウェア開発の方法で本を制作する

斉木:これまでサークルではどんなふうに同人誌を制作されてきたんですか?

日高:最初は素人が集まって、Wordで同人誌を作っていました。仲間同士で楽しんで、販売数にもこだわらずにやっていたんですが、3年前にAndroidエンジニアが集まって『Effective Android』を作ったのが大きな変化の契機になりました。

 これはインプレスから出版させていただくことになって、反響もありました。ですがそのとき、みんなでWordを使って書くのは辛い、と意見が一致し、さらにもっと本を作るのを頑張ってみてもいいのではという雰囲気になりました。

 それまではブログで情報発信するのがメインでしたが、Webと本の違いも考えるようになりましたね。Webだとそれぞれの記事が読みきりで、記事同士の繋がりが薄いんです。でも、本にすると情報をまとめて提示できるのがいいんですよね。締切があるのも分かりやすくてよかったです(笑)。

 あと、Webでいったん記事を出しても、直したりバージョンアップさせたりするモチベーションがあまりありません。本だと締切に向けて勢いよく練り上げていけますし、誰かが書いたものをレビューしてブラッシュアップする中で知識を獲得できるので、本作りは楽しんでやれていると思います。

斉木:サークル内でのコミュニケーションはどうされているんでしょうか。人数もかなり多いですよね。

日高:既刊の執筆者は90人ほどいて、各イベントでアクティブになるのが40人くらいです。コミュニケーションはすべてGitHubでやっています。イシューでレビューをしていくんですが、人それぞれやり方があるとややこしいので、統一ルールは決めてあります。著者とレビュアーで意見の相違があったら、必ず著者を優先する、というものです。それ以外は自由ですね。アウトプットすることに積極的な人たちが多く、書き終えるまでに2回はレビューをやっていて、「もっと詳しく」「ここが分かりづらい」と率直に意見交換しています。

斉木:アクティブで40人もいるとハンドリングがたいへんそうです。だからこそソフトウェア開発のプロセスを本の制作にも応用されているんですね。

日高:そうですね。マイルストーンで区切るなど、GitHubの機能を使って制作しています。ただ、通常のソフトウェア開発だと一つのファイルを複数人がごちゃごちゃと触ると思いますが、本作りでは著者とレビュアーだけが触るようにしていますね。ただ、レビューの仕方自体はソフトウェア開発の方法そのものです。

 編集内容や修正箇所は誰でも見られるので、「他人の原稿でここが直されているから、自分の原稿でも直そう」と積極的に直せるようになるので、制作速度が上がります。

対談
左:斉木 右:日高さん

斉木:それは面白いですね。そんな方法で制作している出版社はなかなかないと思います。企画や活動においても商業出版との違いは意識されていますか?

日高:商業出版だと市場のニーズに合わせて企画し、発行部数も決まっていて、どうやって採算を取るか考えますよね。同人誌ではそこには囚われず、自分が知りたいことを中心に企画します。そうしたほうが嘘がないんですね。企画会議でも、興味があるけれど自分では書けなさそうだったら「いまこれが熱いんだけど、誰か知らない?」と書ける人を募ります。読者のニーズに合わせるのではなく、自分の興味を優先し、それを読者が読みやすいように編集していきます

 また、最終的な形をきっちり決めて作り始めるということがあまりありません。最初は初心者向けだったけれど、あとから中級者向けの内容が多くなり、結局初心者向けの章は外す、ということもあります。いつも制作中に内容が変化する前提で作り始めますね。途中でツールのアップデートが入ることもありますし、そうした最新情報は極力入れるようにしていますから、技術書としてはこの方法がいいのかなと考えています。

斉木:同人誌を作るうえで、書き手が参加する意義やメリットはどう考えていらっしゃいますか?

日高:一番のメリットは、イベントで手売りをするので、喜んで買ってくれる読者の顔が見えることですね。書店だと顔が見えないので、そこまで「売れた!」という実感が生まれにくいんです。もちろんその分、広く売れるのでその点はありがたいですし、楽しいですね。

 また、著者はエンジニアばかりなので、自分の知識を高めたいと思っています。本の形でアウトプットすることで自分がどれくらいその分野を理解しているかが分かりますし、新しい領域を知るために執筆する人もいます。書けば詳しい人がレビューしてくれるので、自分では見えていない部分も補えます。TechBoosterで書いている人は自分の成長のため、あるいは自分が知っている情報がもっと広まれば世の中のためになる、といった意義を感じて参加してくれています。

出版社ではできなかったものを作っていく

斉木:今回デジタルファーストで出版するにあたり、この3点を選んでいただいたのはどういう理由からだったんですか?

TechBooster書籍

日高:『Android実践プログラミング』と『Android改善プログラミング』はシリーズもので、非常に長く売れていたからですね。僕らは300部ほど印刷してコミケで売り、そのあと電書で売っているんです。電書は告知力がものを言うのであまりロングテールで売れないんですが、この2点だけはやけに伸びがよかったんですよ。

Android実践プログラミング

Android実践プログラミング 現場で生まれた設計パターン
Kindle  POD  その他


Android改善プログラミング

Android改善プログラミング 開発速度を上げるための実装と検証
Kindle  POD  その他

 特に『Android実践プログラミング』はまだ売れ伸びていますね。Gradleなど開発環境に関わる章がありますし、いわゆる逆引きとしても使えるので、手に取ってもらえているのだと思います。Androidプログラミングをやるうえでやってはいけないこと、アンチパターンも取り上げているのが珍しいのかもしれません。

斉木:Androidの本は商業出版でも多いと思いますが、この2点はその隙間を埋めるものなんですね。

日高:初心者向けや逆引きリファレンスなどがほとんどですからね。こういうツールの中の、しかもトピックだけの本は出版社では扱いにくいんでしょう。ただ、実務には近いんですよ。困ったことに対してストレートに応える本になっています。

The Web Explorer』は2015年12月のコミケで作ったもので、とにかく最新の情報を掲載しました。Web情報の本は最新情報でないと意味がありませんから、いまの時点でKindleで出せるなら出したいということで選びましたね。

The Web Explorer

The Web Explorer
Kindle  POD  その他

斉木:『The Web Explorer』の表紙は翔泳社ではあまり作らないタイプのものなので、一覧で見ると目立ちますよね。これに限らず、TechBoosterの本は表紙がきれいで楽しいものが多いと感じます。

日高:表紙で遊んでいますからね(笑)。これはイラストレーターさんに「Webを探検する」というイメージでお願いしました。よく見てもらえれば分かると思うんですが、時計はSafariのようなブラウザを表しています。星やしおりはブックマーク、地図はサイトマップを意味していますし、リンゴや虫眼鏡もWebに関係するアイコンです。内容とは直接関係ないところにも遊び心を入れています。

斉木:こういう面白い表紙を自分たちで作るなり発注できるようになると、よりモチベーションが上がると思います。クオリティの高い表紙ができると、一気に作品として完成する感じがありますからね。

日高:内容はよいのに表紙で損している同人誌もありますよね。TechBoosterとしては、今後も商業誌ではできない表現をしたいとは思っています。例えば最近人気のゲームをモチーフにした本では、そのゲームで使われている技術についての記事を掲載しています。かなり人気がありますね(笑)。その本はさすがにいろいろなところに迷惑がかかるだろうということで、穏便な3点を選びました。

斉木:とはいえ、せっかく新しくデジタルファーストに取り組んでいくなら、翔泳社でいままでできなかったもの、やってこなかったものを作っていきたいとは思っています。既存の固定観念に縛られずに、できる範囲でチャレンジしていきたいですね(笑)。

即売会「技術書典」では当日入稿システムが導入される?

斉木:TechBoosterは6月25日(土)に技術系同人誌の即売会「技術書典」を主催されますよね。CodeZineでも告知させていただきましたが、これはどういう目的で開催されるのでしょうか。

技術書典

技術書典:日高さんのツイートより

日高:技術書典は、コミケに行きづらい人がいるだろうと考えて企画しました。コミケはお盆と年末に開催され、参加人数も膨大です。技術系同人誌はパイが大きくないので、ほかのジャンルの中に埋もれてしまうんです。そのために来てもらえず、知ってももらえないのはもったいないので、技術書だけをピックアップすることで、新しい人たちを呼び、情報を共有したいと考えました。

 やはり書き手は誰かに読んでほしいんですよ。でも、そのための場所がないと読んでもらう人をそもそも探せません。ですので、自分たちで場所を作ろうというわけです。会場は秋葉原ですが、これは秋葉原とエンジニアの組み合わせが分かりやすいからですね。

 書き手は情報発信できる、読者は新しい情報を得られる。そうすると両者が技術的な向上を得られ、趣味も業務もより捗るようになると思います。ぜひ若い人にも来てもらいたいですね。

斉木:何か目玉となる企画は準備されていますか?

日高:まだ相談中ですが、PODの印刷業者と連携して、当日入稿できるシステムを考えています。出展者が入稿できるPDFデータを持ってきてくれれば、会場から印刷を注文することで1時間後に本が会場に届く、というものです。

 これをやろうと思ったのは、在庫リスクをなくしたいからです。個人で活動していると、とにかく在庫を持ちたくないんですね。なので、即売会にはだいたい20~30部くらいを持ち込むと思うんですが、仮に1000人が来場したら、その1000人で30部を取り合ってしまい、買ってくれる人はいるのに本がない、という状況が生まれてしまうかもしれません。そういうとき、当日入稿システムがあれば機会損失を避けられます。

 TechBoosterとしては、技術系同人誌の市場とまでは言いませんが、土壌を作るための活動もしています。やったことがないけれどやってみたい、という人をサポートしていきたいんですね。例えば、過去には仲間を集めてもらうミートアップのイベント、その次に同人誌の書き方講座を行ないました。今度は執筆環境を構築する講座を開こうと思っています。かなり地道ですが、こうしたことをやっていくことで始めて土壌ができていくのかなと。やる気のある人は手伝ってくれるだろうという希望を持って活動しています。

巡り巡ってソフトウェア開発が楽になるように

斉木:翔泳社としては、今回はTechBoosterという制作力のある方々に協力をいただきましたが、社内の制作・販売体制をもっと充実させて、ビギナーのサークルとも一緒に出版できる状況を作っていきたいと考えています。日高さんは今後、どんな方針で活動しようと考えていらっしゃいますか?

日高:技術系同人誌を広めたいというのが当初からの目標ですが、自分たちだけでは制作点数に限界があります。僕もたくさんの本を読みたいと思っているので、TechBoosterが実践している執筆環境を共有したり、ソフトウェアの力を使ってより効率的に本を作れるようにしたりしたいですね。

 本の流通や人との出会いなど、オンラインで補いにくいことは、即売会や講座といったイベントを開催して対応していきます。その中で新しい人たちがいろんな本を読んでもらえるように、そして書いてもらえるようにしていきたいですね。巡り巡って、ソフトウェア開発が楽になればすばらしいと思います。

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著者プロフィール

  • 渡部 拓也(ワタナベ タクヤ)

     翔泳社マーケティング広報課。MarkeZine、CodeZine、EnterpriseZine、Biz/Zine、ほかにて翔泳社の本の紹介記事や著者インタビュー、たまにそれ以外も執筆しています。ゲームとCOMPが好きです。

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