※旧SEメンバーシップ会員の方は、同じ登録情報(メールアドレス&パスワード)でログインいただけます
プログラマー、デザイナー、エンジニアが、限られた時間のなかで創意工夫を凝らし、自由な発想でものづくりを楽しむイベント「ハッカソン」。ここ10年ほどの間に日本においても浸透し、全国各地で、さまざまな規模やテーマのハッカソンが開催されるようになりました。中でも、ヤフーが主催する「Hack Day」は、12年にわたる歴史を持ち、規模としても国内最大級と呼べるハッカソンの一つです。今回、この「Hack Day」の責任者を務めるヤフーの武居秀和氏と、数多くのハッカソンを手がけ、現在はプロトタイピング専門スクール「プロトアウトスタジオ」を運営する菅原のびすけ氏、伴野智樹氏の3人に、「ハッカソン」の意義や今後の課題、運営に携わる立場での思いを語ってもらいました。
武居:今回のテーマは「ハッカソン」ということで、多くのハッカソンや開発コンテストに携わってこられたお二人と、時間の許す限り、意見を交換できたらと思っています。ヤフーで「Hack Day」のプロデューサーを担当している武居です。よろしくお願いします。
のびすけ:dotstudioという会社を経営しています、のびすけです。以前は、LIGでWebエンジニアをやっていました。LIGには、技術を使って面白いことをやることに積極的な文化がありました。ハッカソンにもよく出場していたのですが、そこで面白いものを作ったり、情報発信をしたりしているうちに「うちのデバイスやAPIを使って、何か作れないだろうか?」という相談を頂くようになり、その流れで、僕も、ハンズオンやプログラミング教育といった、デベロッパーリレーションの延長線上にあるような動き方をするようになりました。dotstudioでは、世の中にものづくりができる人を増やしたいという考えから「プロトアウトスタジオ」といったスクール事業を中心に展開しています。よろしくお願いします。
伴野:一般社団法人MAの理事を務めている伴野です。もともとは、リクルートが幹事として開催していた開発コンテスト「Mashup Awards」(MA)の全体統括をやっていました。2017年にリクルートは運営から降りたのですが、2006年から10年以上続いていたイベントとして、毎回ファンとして楽しんでくださる方や、応援してくださるステークホルダーの方も、ありがたいことに非常に増えていました。そこで、有志のメンバーで一般社団法人を立ち上げ、そこで運営を引き継ぐことになりました。2018年から、MAは「ヒーローズ・リーグ」と名前を変えて、ひきつづき開催しています。
武居:「Mashup Awards」という名称自体はなくなったのですか?
伴野:開発コンテストとしてのタイトルが「Mashup Awards」から「ヒーローズ・リーグ」に変わりました。その名残は運営元の法人名である「MA」に残しています。
のびすけ:名前を変えたのには、何か事情があったのですか?
伴野:それは特にないですね。強いて言えば、MAとして開催していた頃と、少し時代が変わってきたような気がしたのが理由かもしれません。MAでは、毎回「最優秀賞」を選出していたのですが、そうしたものを選ぶこと自体が、ちょっとナンセンスになってきたようにも感じていました。すべてのなかから「圧倒的1位」を決めるよりも、さまざまなジャンルで秀でた才能やセンスを持っている人を「ヒーロー」として認定していくほうが時代に合っているかもしれない。その思いを明確に示すために「ヒーローズ・リーグ」と改名したという経緯です。
現在は、ヒーローズ・リーグ以外にも、いろんな企業でハッカソンやイベントの運営をお手伝いしています。のびすけさんの「プロトアウトスタジオ」にも、関わらせていただいています。
ヤフー株式会社 CTO室 Developer Relations部長。Hack Dayプロデューサー。Developer Relations部長として、ヤフー内外のエンジニア、デザイナーおよび学生との関係性を構築する業務に携わる。クリエイターと共に技術を楽しむイベントである「Hack Day」の責任者を、初回から12年にわたって務める。
伴野:ヤフーの「Hack Day」も、かなり長く続けられているハッカソンイベントですよね。もともと、日本でこのイベントをやっていくことになった経緯は何だったのでしょう。
武居:最初は、2007年にYahoo! Inc.へ出張したエンジニアが、同社で開催していた「Hack Day」を見てきたのがきっかけだったんです。米国では2005年からやっていたのですが「あのイベント、楽しそうだから日本でもやろうよ」と声を掛け、有志を集めて完全なボトムアップの社内イベントとしてスタートしました。日本での第1回「Hack Day」は2007年12月に行われました。
ハッカソンというと、一般的には、制限時間を設けて、その時間の中でプロトタイプを作り発表するという形式になるのですが、Hack Dayはその名のとおり「24時間」を使ってものを作ります。社内の理解も得られ、ひとまず初回から、Hack Dayは「業務として勤務時間中にやってよい」ということにはなったのですが、逆にそうなると労務管理的に問題が出てきてしまう。そこで、最初は「8時間×3日」を開発に充て、4日目に発表するという極めて健全な形で実施しました。ただ、こうなると「Hack Day」というより、もはや「Hack Week」なのですが……。
伴野:僕は当時ヤフーの社員だったのですが、頼んでいた案件の担当者も全員「Hack Day」に参加していたようです(笑)。
武居:初回にもかかわらず、約70組、200人ほどのエンジニアが参加してくれました。社内のエンジニアの4人に1人くらいの割合でしょうか。社内にいるこんなに多くのエンジニアが、自由な創作活動を求めていたんだと驚きましたね。また、Hack Dayを通じて出てきたアイデアは、どれも非常に面白かったんです。やってみるまではどうなるか分からなかったのですが、実際にやってみたら非常に盛り上がったというのが、第2回目以降の開催につながりました。
のびすけ:初回から、1人あたり24時間分の業務時間を使ってのハッカソン開催を認めてもらったというのはスゴイですよね。会社には、その意義をどう説明したのでしょうか。
武居:実は先日、第1回の「Hack Day」を社内でプレゼンした時の資料が出てきたんですよ。それを見てみると、当時は縦割りだった事業部間の「交流促進」と「エンジニアのスキルアップ」を、開催の意義として挙げていました。最初は「事業創出」までは含まれていなかったんですね。今考えると、よくできたと思います。
のびすけ:ちなみに第1回の優勝者は誰だったのでしょう。
武居:後に、ヤフーのCTOになる明石信之さんを含む3名のチームでした。作品は「トイレモニタ」で、個室の満空情報を扉につけたセンサでリアルタイムモニタリングするというものでした。この仕組み、現在のヤフーのトイレには標準実装されています(笑)。
のびすけ:12年前だと、一般消費者が気軽に手に入れられるセンサは、市場にもそれほど多く出回っていなかったですよね?
武居:そうなんです。当時のヤフー社員は、みんなWindowsデスクトップを使っていて、オフィス内ではノートPCすら主流ではなかった時代です。そんな時代にセンサ使ったIoT的な作品が出てきたというのはセンセーショナルだったんですよ。
伴野:その「Hack Day」を、定期的に続けていこうという流れになったのは、何がきっかけだったのですか。
武居:やはり、このイベントを通じて生まれたモノやアイデアが、いずれもセンセーショナルだったというのが大きいですね。当時の執行役員などにも全員来てもらって、作られたモノを見せながら「事業創出につながるかも」という可能性を説明しました。そこから年2回のペースで開催するようになりました。
のびすけ:Hack Dayは今年で12年目になるそうですが、これまで開催してきたなかで、大きな流れの変化を感じたタイミングというのはありますか。
武居:いくつかあるのですが、1つは「iPhone」が発売されたタイミングですね(米国では2007年、日本では2008年)。それまでは、Webアプリや、Windowsのデスクトップアプリ、ウィジェット的なものを開発するケースが多かったのですが、iPhoneの登場でiOSアプリが一気に増えました。もう一つは、2012年にヤフーの体制変更に伴って、宮坂学氏が社長に就任したときでした。このタイミングで、開発側の社員へはMacBookが支給されるようになったんです。開発環境が一気に整い、Hack Dayでモノを作りたい人のモチベーションも上がりました。
伴野:こうしたハッカソンイベントを長く続けていく上で、運営として何か工夫をされていることはありますか。
武居:Hack Dayについては、毎回、運営側も何か1つ新しい挑戦をしたい、イベント運営を「ハック」したいという気持ちで臨んでいますね。小さなものでもよいので、何か「面白く」なるような仕掛けであるとか、エンジニアが開発に集中できて面白い発想が形になりやすくなる仕掛けはできないかとか、有志で集まって話しながら、試行錯誤を続けています。
伴野:現在、武居さんは「Hack Day責任者」という肩書きをお持ちですが、Hack Dayを立ち上げた当時の立場は何だったのですか。
武居:当時は「グローバル推進チーム」というところで、Yahoo Inc.との連携事業をはじめとする海外案件のサポートをしていましたね。Hack Dayについては、私含め、全員兼務でかかわっていました。
Hack Dayの運営をメインにやるようになったのは、2012年の体制変更で、スマホシフトの旗振り役としてのCMO(Chief Mobile Officer)に村上臣氏が就任したタイミングでした。村上さんらが、デベロッパーリレーションの一部として、Hack Dayを組織で正式に運営できるよう後押ししてくれたんですね。それまでは、全員、公募で集まった兼務メンバーで担当していました。
dotstudio, Inc. 代表取締役社長。プロトタイピング専門スクール「プロトアウトスタジオ」校長・プロデューサー。1989年生まれ。岩手県立大学在籍時にITベンチャー企業の役員を務める。 同大学院を卒業後、株式会社LIGにWebエンジニアとして入社し、Web制作に携わる。2016年7月より、dotstudio株式会社を立ち上げ、IoT・モノづくり領域を中心とした研修や教育業に携わっている。2019年4月にプロトタイピング専門スクール「プロトアウトスタジオ」を設立。そのほか、日本最大規模のIoTコミュニティである「IoTLT」の主催、各種ハッカソン運営や審査員などを多数務める。
のびすけ:Hack Dayで作られたもののなかで、具体的に事業化まで進んだものというのはどれくらいあるのでしょうか。
武居:事業化については、今も「試行錯誤」が続いています。Hack Dayで出てきたアイデアを事業に生かす試みは2回目からやっています。役員にHack Dayで作ったものをプレゼンし、事業化見込みがあると判断したら札を上げてもらうという形式の「Review Day」をやったんです。
のびすけ:「マネーの虎」方式ですね(笑)。
武居:ただ、あくまでもHack Dayで作ったものはプロトタイプでしかなくて、そこからサービスとして事業化するためには、さらに時間とコストが掛かるんですよね。でも、開発案件の優先順位で考えると、なかなかプライオリティを上げるのは難しい。これについては、本当にトライアルアンドエラーです。
2012年以降は、Hack Dayで出てきたものをプロダクトアップしていくための仕組みとして「スター育成プログラム」というのを始めています。このプログラムは、3次審査まであって、そこまで残ったものはきちんと事業化していこうとしています。
このプログラムの1回目で採用されて事業化したのが、スマホユーザーに楽しく広告を見てもらうためのスマホUIについて提案を行った「リッチラボ」です。同社は、現在5期目に入っています。
伴野:「リッチラボ」のような形で事業化された事例があるというのは、Hack Dayに参加する人にとってのモチベーションになっているんでしょうか。
武居:ここがまた難しいのですが、人によって、ハッカソンに参加するモチベーションというのは本当に千差万別なのですね。もちろん、起業を意識している人もいますが、自分の作りたいものを作れればいいという人、楽しければいいという人も同じくらいの比率でいる。「スター育成プログラム」は、Hack Dayの参加者の中から希望する人にのみ声をかけているのですが、全員ではなかったですね。
伴野:事業化された「リッチラボ」は、Hack Dayでも最優秀賞を受賞していたのしょうか。
武居:違いますね。ハッカソンで受賞する作品と、事業化の芽となるようなアイデアは、重なる部分はあったとしても、違う部分のほうが大きいのだろうと思います。事業化には、多くのユーザーが見込めるか、マネタイズの道があるかというところが必須ですから。
のびすけ:だからといって、最終的な事業化をハッカソンの目的として大きくし過ぎてしまうと、自由な発想が削がれてしまって、面白いものが出てきにくくなるという側面はありますよね。そうすると、ヤフーとして、ハッカソンを運営してきたことによる最大のメリットはどこにあると考えておられるのでしょう。
武居:一番大きなものは、ヤフーという会社にHack Dayが「文化」として根付いたところなのではないでしょうか。社内に、ものづくりが心底好きなエンジニアが本当に大勢いて、これほど大規模な社内ハッカソンをやっている企業というのは、国内では他にないだろうと自負しています。
一般社団法人MA 理事。日本最大級のアプリ開発コンテスト「Mashup Awards」を、2016年までの5年間、事務局長として統括。毎年数々のアイデアソン、ハッカソン等のイベント運営を行い、テクノロジードリブンのオープンイノベーション活動・共創活動を支援している。現在は事務局長として、菅原氏とともに「プロトアウトスタジオ」の運営に携わるほか、テクノロジードリブンのオープンイノベーション活動・共創活動を支援する合同会社「3rdPlace」を登記中。
武居:のびすけさんは、伴野さんらとプロトタイピングスクールの「プロトアウトスタジオ」をスタートされましたね。この事業は、お二人がこれまでハッカソンや開発イベントの運営を通じて感じてきた思いに、どこかで関連していたりするのですか。
のびすけ:ハッカソンの文脈で話をすると、これまで多くのハッカソンを運営してきた中で、面白いモノやアイデアに多く出会ってきたにもかかわらず、それが最終的には何にもならずに終わってしまうのが「寂しい」という思いがあったんです。では、そこで出てきたモノやアイデアを社会につなげるための最初のステップとしていい方法は何かというと「プロトタイプのアウトプット(プロトアウト)」なんです。そのプロトアウトを、今よりも、もう少しやりやすくするための方法をより多くの人に知ってもらいたいというのがありました。
もう一つの思いとしては、今話題になっている「プログラミング学習」というものに対して、自分が漠然と感じている違和感への、自分なりの回答を出していきたいというのがあります。「何かを作って形にしたい」という思いと「プログラミングを勉強する」というのは、違うものなのですが、世の中にあるプログラミングスクールのほとんどが「未経験から半年でプログラマーになろう!」みたいな感じで、最終的に「エンジニアになること」を受講者の目的と決めつけているようなところがあります。
英語教室で英語を学んでいる人が、全員「翻訳家」や「英語の先生」を目指しているわけではないのと同じで、プログラミングを学びたいという人の多くは「エンジニアになるわけではないけれど、技術を使ってものを作れるようになりたい。そのためにプログラミングが必要だから勉強する」という人が多いと思うんですね。
武居:たしかに「プログラミングスクール」というと、職業訓練校のようなイメージを持っている人も多いかもしれないですね。
のびすけ:転職や起業というのは、個人の人生を大きく変える選択だと思うのですが、プログラミング学習の最終的な目標が、そればかりという現在の状況はあまりに極端です。もしかすると、ハッカソンで出てきたモノやアイデアが、最終的に「何にもならない」原因の一つは、そこにあるのかもしれない。その部分で、何か良い落としところがないかと考えた結果の一つが「プロトアウトスタジオ」とも言えると思います。
実際、受講生に対しては、修了後の「起業」も強く勧めているわけではないんです。作ったモノを社会とつなぐためのステップとして、授業の宿題としてQiitaへのブログ記事の発信や、卒業制作をクラウドファンディングは最低限やってみようというカリキュラムにしています。
武居:そのアイデアを「スクール」として立ち上げようと思った理由はあるのですか。
のびすけ:もともと、dotstudioで企業向けに「プロトタイピング研修」を実施していたというのが大きいですね。そこで蓄積したナレッジでスクール化ができるのではないかと考えました。このスキームをどの文脈とつなげるべきかを考えるにあたって伴野さんに相談したのですが、伴野さんも、MAを通じて多くのプロトタイピングされたモノを見てこられていて、同じような課題感を持っておられたところで、協力を申し出てくださいました。
武居:MAを手がけてこられた伴野さんの視点では「プロトアウトスタジオ」はどういった意味を持つ場なのですか。
伴野:私としては「プロトタイピングの民主化」を加速するための装置になるといいと思っています。方向性としては主に2つあって、1つは「だれでもプロトタイピング」ができる社会の醸成ですね。みんながプロトタイピングをやるようになり、かつ、それに取り組む人の社会的な地位の確立というか、プロトタイピングが社会的に意義のある「趣味」の一つとして認知され、周囲から理解を得られるようになるといいと思っています。
もう一つの方向性としては、個人的な興味でもあるのですが、プロトタイピングという行為が社会のなかでどのようなポジションにあるのかを解明していきたいという思いがあるんです。社会に接続する「プロダクト」に対して「プロトタイピング」がどう貢献できるのか。それが、アカデミック、アート、サイエンスといった領域と、どのような文脈でつながっていくのか。さらに、まだまだ線は細いですが「事業化」とどのような関係にあるのか。そういったところを突き詰めていければと思っています。
武居:伴野さんが、そういった思いを持つようになったのは、やはりMAの運営に携わった経験を通じてですか。
伴野:MAとHack Dayの参加者って、多分かなりの部分で重なっていると思うのですが、こうしたイベントから、たくさん良いものが出てくるのを見てきましたし、参加者にもタレントが多いんですよね。そこで活躍している人に対して、会社や社会がその価値を認める文化というのをもっともっと広めていきたい。僕らが知っている魅力的な人やアイデアを、より多くの人に知ってほしいという思いは強くあります。それが、今回、プロトアウトスタジオをお手伝いすることになった理由の一つにもなっていますね。
武居:プロトアウトスタジオはすでに1期生が受講中だと思うのですが、受講生にはどういう属性の人が多かったのでしょう。
のびすけ:これについてはバラバラですね。全体の3割がSIやSEですが、全体の7割は技術関連ではない仕事をしていて、ディレクター、プランナー、デザイナーなどを職業とされている方がいました。ほかにも、バックオフィスで事務をされている方、大学の教員、建築関係、設計関係など、本当にいろいろです。2期生になると、さらにバラエティに富んで、お医者さん、化粧品会社の社員の方、タレントさんなどもいらっしゃいました。
武居:受講生のモチベーションはどういったものが多いのですか。
のびすけ:その部分については、少しずつ明らかになってきている段階なのですが、システム関連の仕事をされている方の中には、企画力を付けたり、自分でモノを作ることをできるようになりたいと考えておられる方も多いですね。「技術力」と「企画力」の両方を身につけたいというモチベーションです。一方で、技術関連でない仕事をされている方は、自分の業務にある課題を、技術を使って解決できるようになりたいという動機が多いですね。また、自分自身はエンジニアではないけれど、エンジニアと関わる立場で仕事をされている方だと、仕事の中で自分ができる領域の拡大や、エンジニアとのコミュニケーションを円滑にしたいという思いを持たれている方もいました。
武居:カリキュラムは、どのような感じなのですか。
のびすけ:基本的に、週1日、土曜日の午後1時から4時に、講義と講師付きの自習時間を設けています。毎回、定められたテーマに沿って、主にAPIなどを使う方法を説明し、そこで学んだことを生かして、次回までに課題をやってくるという流れですね。最終的に、小さくてもいいので、動くものにまとめ上げ、学んだことを隔週でQiitaに発信するという流れで進めています。
武居:目的としては「エンジニアになる」ことではなく、あくまでも「好きなものを作れる」人を増やすところを目指しているわけですね。
のびすけ:「エンジニア」を増やすのではなく「作れる人」を増やそうというのがコンセプトですね。「エンジニアでない人たちが、ちょっとでもテクノロジーを使ってものを作れる」世の中を目指していると言えるかもしれません。
もちろん、完璧なものを作ろうと思えば、専門的な知識を持ったエンジニアがいないと難しいでしょう。ただ、自分の課題感というものは、自分が一番よく分かっているのは当然で、その最初の段階を形にするのは、自分でできたほうがいい。そのファーストステップをどうすれば作れるかを学べる場にできたらと思っています。まずは形にしてみて、それがヒットしそうとか、お金になりそうと判断できれば、より本格的な制作に進めばいいわけですから。
自分が運営しているIoTLTというコミュニティを見ていると、技術的な詳細までは理解していないけれど、世の中で公開されているAPIをうまくつないで動く形にし、自分の解決したい課題と方法を伝えるスキルを持った人が大勢いるのですね。そうしたやり方を手段として知っていて、使いこなせる人を増やすほうが、ガシガシとプログラミングそのものができる人を増やすよりも、世の中の人が「これが欲しい」と思うモノが生まれやすいのではないかと感じています。
武居:のびすけさんも伴野さんも、ものづくりに関する事業やイベントに深く関わってこられたわけですが、その場を作っていくにあたって大事にしてきたことはありますか。
伴野:僕がMAを運営してきた中で大切にしていたのは「自由であること」ですね。人から言われたことをやったり、KPIの達成を目指したりするようなことは、みんな普段の仕事でやっているわけです。MAは、自由なクリエイティブを発揮できるようなシチュエーションやテーマ出しを意識してきました。いわば究極の「内発的動機づけ」ですね。そうすることで、アウトプットに対する愛着も生まれます。
のびすけ:たしかに、MAは「自由」を最も具現化したイベントですよね。僕の場合は、企業主催のハッカソンをお手伝いすることも多いのですが、参加者のモチベーションがどこにあるのかを、きちんと整理してあげるようなことをファシリテーションとしてよくやっています。
MAだと「内発的な動機づけ」で参加してくる人がほとんどですが、世の中、自分の中にどうしても作りたいものがある人ばかりではないというのも事実です。誰かのプランに乗っかってものを作ることが楽しかったり、漠然とそのカテゴリに興味を持っていたりといった動機付けでものづくりに参加してみたいと考える人も多いと思います。「作ることが楽しい」と感じるためのモチベーションの源泉は、人によって違う。それをあまり始めから1つに絞ってしまうと、参加者は「このイベントは何か違う」と感じてしまう。そのあたりを整理して進められるようにしています。
もちろん、参加する個々のエンジニアだけでなく、主催する企業側のニーズも別にあるので、そのあたりのバランスは考えますね。その上で「自分の作りたいモノが作れれば楽しい」という人にも、できるだけ「社会との接点づくり」を提案するようなことは、ちょっとだけやったりしています。
武居:Hack Dayがフリーテーマなのは、やはり参加者の「自由な発想」を大切にしたいという思いからです。「内発的な動機づけ」ができないイベントに、人は出てくれないですからね。その上で、運営として大事にしているのは「自分が出場したいイベントになっているかどうか」という点です。もし、ほかに誰もこのイベントを認めてくれなくなったとしても、自分がファンであると言えるなら、確実に1人のファンがいることになる。そこに乗っかってくれる仲間がいればいいという考え方ですね。わがままかもしれませんが。
のびすけ:でも、その方向性でやっていると、会社側から意見される可能性は高くなりますよね。
武居:もちろんそれはあります。イベントの責任者として考えなければいけないのは、ヤフーという会社にとっても、ヤフーの社員にとっても、ヤフー以外の関係者にとっても、得るものがある「三方よし」の落とし所だというのも理解しています。でも、あえてその上で「自分にとって魅力的か」は外せない基準にしています。それがなくなると、自分のモチベーションがなくなってしまいますから。
伴野:イベントとして長く続けていることで、その基準に迷うことはないですか?
武居:それもあります。毎回、アンケートを取っているのですが、寄せてもらえる意見はポジティブなものからネガティブなものまで本当にさまざまです。ポジティブな意見は単純にうれしいですし、ネガティブなものであっても、何らかのヒントだと捉えています。そもそも、意見を書いてくれるというのは、少なからず、このイベントに関心があることの証しですから。
のびすけさんや伴野さんの場合、イベントを主催したり協賛したりしている企業は、やはり何らかのアウトプットを期待すると思うのですが、その期待と、参加者側の意識のバランスを取るのは、非常に難しいことだと思うんですね。僕の場合は、ヤフーとクリエイターだけを見ていればいいという点で、恵まれていると思っています。
伴野:MAと後継のヒーローズ・リーグについては、その点、完全に参加者に寄せた設定にしていますね。あくまでも参加者の自主性を尊重するイベントであること。協賛にあたって、期待されているようなアウトプットはないだろうということをご説明して、それに賛同してくれる企業にご支援いただくという形にしています。
武居:その割り切りが可能な点は、さすがMAだと思うのですが(笑)、協賛を決めた人が上司を説得するのは大変そうですね。協賛金を出すにあたって、会社に説明書を出さなきゃいけないじゃないですか。そのあたり、どうやっているんでしょうね。
伴野:まぁ、最近たどり着いた結論としては、われわれがやってきたようなスタイルのコンテストと企業は合わないというものですね(笑)。ヒーローズ・リーグについては、企業に協賛してもらうというよりも、投げ銭や卒業生からの支援を基盤に、みんなで支えていくイベントにしていったほうがいいのではないかと感じています。
その点、自社のみで運営を続けている「Hack Day」は本当にスゴいイベントだと思うんです。日本のIT文化を支えるイベントとして、絶対になくしてはいけない財産だと思うんですよ。
武居:ハッカソンに関して、そこで生まれたものを企業に還元したり、事業化したりすることが難しいというのは現実です。とはいえ僕は企業人なので、会社に還元するという意識は常に持っていなければいけないとも感じています。
今のところ、会社に還元できているのは「エンジニアのスキルアップ」だったり「ものづくり力の向上」だったり「連携による横のつながり」だったりなのですが、事業化に関してはまだまだ模索が続いているという状況です。
先ほど伴野さんから、うれしいエールをいただきましたが、この文化をなくさないためにも、ヤフーという会社にとって価値のあるイベントであり続ける方法を、12年目を迎えた今年も、また来年以降も模索していこうと思います。
のびすけさん、伴野さんも、それぞれに今後に向けての思いを一言ずつお願いします。
のびすけ:プロトアウトスタジオの受講生や受講希望者と話していると、まだまだ世の中で技術を使った「ものづくり」に対するハードルが実際よりも高く見られていると感じます。たしかに、プログラミングを習得するのは難しいのかもしれないですが、それについてはそれほど深く学ばなくても「プロトタイピング」であれば、十分にアイデアを形にすることができる時代になっているのですよね。この過剰に高く見積もられた心理的なハードルを、どうすれば下げられるかというのを、課題感を持って考えていきたいと思っています。
その解決につながるかもしれない一歩として、スクールの学生が作っている事例や、Hack Dayやヒーローズ・リーグの面白さを、これからもより多くの人に知ってほしいですね。
伴野:たくさんの課題があると思うのですが、個人的にはそろそろ、ハッカソンの文化を、次の世代に伝えていくことが重要になってくるのではないかと思い始めています。MA、ヒーローズ・リーグをはじめ、僕としてもいろいろなハッカソンに関わってきたのですが、その履歴を残すと同時に、運営方法などもうまく後世に伝えていく必要があるのではないでしょうか。こうしたイベントは、5年や10年の中長期的なスパンで続けていかないと大きなものになっていきません。今はまだ、ほとんどできていないのですけれど、どんな場を、どういった方法で用意して、そこでどんなモノが作られたのかを、できる限り詳細なログとして残し、文化として伝えていく。それが今、重要な気がしています。
武居:みなさん、ハッカソンの運営では本当に多くの苦労をされてきていると思うので、課題について話し出すと限りなくテーマが出てきますね。またこうしたお話しをできる機会があればと思います。本日はどうもありがとうございました。
著:高橋美津
写真:小倉亜沙子
【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社