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ユーザー目線のプロダクト開発に「多様性」が求められる理由――開発チームの多様性と女性エンジニアのキャリア

ヤフーとメルペイのエンジニアが語る、多様なユーザーに価値を届けるプロダクト開発のあり方
2022/01/11 12:00

 近年、社会の中で重要さが増しているキーワードのひとつに「多様性」があります。本来、さまざまな出自、属性、趣味、嗜好、考え方を持つ人たちを互いに認め合い、共生していこうという考え方ですが、今後それは、企業の「プロダクト開発」においても、重要な視点になっていきます。多様な「ユーザー」への対応だけでなく、「開発チーム」や「企業組織」の多様性が、プロダクト開発にもたらす価値とは何なのでしょうか。今回、ヤフーとメルペイで、それぞれにサービス開発、プロダクト開発に携わる2人のエンジニアに「プロダクト開発と多様性」をテーマに語っていただきました。

多様なユーザーに価値を届けるための取り組み

永島:ヤフーの永島と申します。2009年の新卒入社です。最初は、バックエンドのエンジニアとして配属されましたが、その後フロントエンドに興味が湧いて、今の部署に異動しました。異動後は、長らくPC版のYahoo! JAPANトップページの開発に携わっていたのですが、2021年10月に異動して、現在はスマートフォン版トップページの開発に関わっています。

櫻井:メルペイの櫻井です。現在は、メルペイでQA(Quality Assurance、品質保証)チームのエンジニアリングマネージャーを務めています。メルペイへの入社は2018年で、iD決済の立ち上げやオンライン決済のリリースに関わりました。サービスのローンチ後は、運用保守に加えて、プロダクトをグロースさせていくための案件、信用、与信領域の開発などにも関わっています。

永島:「QAチームのエンジニアリングマネージャー」としての職務は、どのようなものなのですか。

櫻井:主に、メルペイというプロダクト全体の品質向上や、組織作りですね。前職では、開発に加えて、QA、コンサルティング、カスタマーサポートなど、さまざまなことにチームで取り組んでいたのですが、その時の経験を、より良い形で発展させていきたいと思っています。

 永島さんは、PC版Yahoo! JAPANトップページを担当されていたそうですが、利用者数が膨大なページだと、訪れる方のそれぞれのプロフィール、ニーズ、使い方といった、さまざまな視点で、多様性への対応が求められてくると思います。トップページというプロダクトを作るにあたって、チームや個人で課題として取り組まれていたことはありますか。

永島:代表的なものとしては、可用性の高いサーバの確保ですね。今だと、通常時はスマホからアクセスする方のほうが多いかもしれませんが、大きな事件や災害のような有事の際には、PC版のトップページへアクセスしてくださる方も一気に増えます。その時に、アクセス集中でトップページが落ちてしまうことは、ユーザー体験の大幅な低下につながります。できるだけ多くの人に、どんな時でも確実に情報を届けられることを意識して、そのためのインフラ作りに注力しています。

 その一方で「できる限り多くの人に使ってもらう」ことを目指すと、どうしても技術改善のスピードは落とさざるを得ません。新しい技術やライブラリが出てきたので「とりあえず使ってみる」というのは、規模が大きくなると難しいですね。結果的に、古い技術が長く刷新されずに、使い続けられがちになってしまうところが課題だと感じることもあります。

 あと、技術面だけではなく、企画面でも、トップページでは尖ったものはやりにくいですね。特にPC版のトップページというのは、ある程度年齢層の高い男性に多く使っていただいています。以前には、より若い人にもアクセスしてもらおうと、トップページに育成ゲームを入れたらどうか、ログインボーナス的な仕組みをつけたらどうかといったアイデアが出たこともあったのですが、結局、それはそれで特定の層にしかアピールできないのではという議論があって、実現されなかったこともありました。UIについても、あまり急に変えてしまうと、既存ユーザーから「前のデザインのほうが良かった」という意見が出ますし、クリック率が下がってしまうこともあるので難しいですね。

永島 有香(ながしま・ゆか)氏

 ヤフー株式会社 メディア統括本部 メディア開発本部所属 フロントエンドエンジニア。2009年に新卒でヤフーに入社。入社直後はバックエンド担当に配属されたが、その後、フロントエンドの技術に興味を持ち、現在の部署へ異動。Yahoo! JAPAN PC版トップページの担当を経て、2021年10月よりスマートフォン用トップページの開発担当を務める。

櫻井:もともとメルカリアプリは国内の若い女性から火が付いたプロダクトなので、メルペイの場合、意識すべき中心的なお客さま層は、Yahoo! JAPANのPC版トップページとは逆ですね。ただ「どうやって、より幅の広い人に届くサービスにするか」という課題は、メルペイも感じています。メルペイでは「あらゆる人の信用を創造する」という世界観を掲げているのですが、特定のアイデンティティを持った人だけがお客さまだと、その実現は難しくなります。より幅広い人に、どうやってプロダクトの価値を届けていくかという議論は、今も続けています。

永島:メルペイは、お金に関わるサービスを提供しているという点で、インフラの可用性確保も重要になってくるのではないですか。

櫻井:そうですね。日常的に使っているサービスが、突然止まってしまってお客さまが困るという事態を避けなければならないというのは、Yahoo! JAPANとも共通しているかもしれません。その点で、技術選定やリファクタリングにも慎重になりますね。積極的に攻めたことがやりにくいというのは、あると思います。

 あと、多様性に関連した難しさという点では、お客さまごとのカスタマイズを、どこまで詳細にやっていくかというのがあります。メルペイでは独自の与信モデルづくりに取り組んでいるのですが、お客さまにお金が「ある」か「ない」かというのは、その2つの状態だけではなくて、中間がグラデーションのように分布しており、変化もします。その状況に応じて、個々にカスタマイズしたような与信モデルを作っていくのは、難易度が高いと感じます。実際の利用状況のデータを参照したり、機械学習に関わるチームとも議論したりしながら、技術的に正しい与信のありかたを日々多角的に模索しています。

 Yahoo! JAPANのPC版トップページについても、サービスに支障が出ないように、かつ、できるだけ多くの方に価値が届けられるような形で、リファクタリングや改善には取り組んでおられると思うのですが、どのように進めているのですか。

永島:例えば、バージョンが古くなってしまった技術の刷新を進める場合などには、プロジェクトを立ち上げて、検証やQAテストなども入れながら、影響の範囲などを見きわめつつ進めていますね。

 あと、UI改善についてのA/Bテストはよくやっています。アイコンに付けるバッジであれば、どこにどのような形で出せば、ユーザーにとって、より分かりやすく、使いやすいものになるのか。そうした形での小さな改善は継続的にやっています。

 難しいのが見た目の変更で、よりモダンなものに変えたいと思っても、急に変えるとユーザーの違和感も大きくなってしまいます。そこについては、本当に少しずつ、少しずつ、ユーザーの反応を数値で見ながら、一見して分からないようなレベルで、徐々にフラットなデザインに変えていくような作業を繰り返していました。10年前のトップページと、今のトップページを見比べてもらえれば、10年前のものは「古いな」と感じると思いますよ。

櫻井:「少しずつ、気付かれないように見た目を変えていく」というのも、メルペイと大きく違うところですね。メルペイは、リリースしてまだ3年にもならないほどのサービスですが、メルペイトップ画面のUIは、その間にかなり大きく変わっています。裏側では、ログインしたお客さまのステータスに応じて、トップページ以降の分岐を細かく分けており、そこでサービス側が意図しているアクションを起こしてほしいと思っているのですが、お客さまが違和感を覚えないように、自然に導くにはどうすべきかを、プロダクトマネージャー、デザイナー、開発、QAチームが相互に関わりながら、ユーザーテストを通じて検討しています。

 技術的な課題として、技術的負債のような部分を、いかに解消していくかというチャレンジは、ヤフーと同様にありますね。メルペイはメルカリの基盤の上に、重なり合うような形で構築されています。メルペイ自体は新しいサービスですが、メルカリはリリースから8年近くになり、そこには少し古めの技術と、新しい技術とが混在しています。そこに、どうしても生じてしまう技術的負債を、可能な限り各サービスに影響を出さずに返済していくためにどうすればいいか、数年単位の時間軸で計画をしています。

櫻井みづき/miisan(さくらい・みづき)氏

 株式会社メルペイ プラットフォームエンジニアリングディビジョン QAチーム エンジニアリングマネージャー。2016年からERPパッケージの開発・QAを担当し、プロダクト開発やメンバー育成プロジェクトの立ち上げに関わる。2018年7月より、メルペイにQAエンジニアとして参画。入社直後からiD決済領域を主に担当し、信用・与信領域など、メルペイサービスの多くの機能に携わる。現在はエンジニアリングマネージャーとしてプロダクト全体の品質向上に携わる。「miisan」名義での個人活動として、女性エンジニア推進の取り組みも行っている。

チームや組織としてプロダクトの品質に向き合う姿勢こそが「QA」

――多様なユーザーへの取り組みという観点で、アクセシビリティについては意識されていることはありますか。

永島:Yahoo! JAPANのトップページに関しては、視力に問題がある方が利用する「読み上げソフト」で確実に読み上げることができるような段落組みを、HTMLを作る段階で意識していました。ページ上での見た目が整っていても、内部の構造が汚いと、読み上げソフトを利用されている方にとっては、非常に聞き取りづらい出力になってしまうのですね。合わせて、ブラウザの文字を拡大しても、全体の表示が崩れないようにすることについては、修正のたびにチェックしていました。

櫻井:メルペイの場合は、アクセシビリティとは若干観点が違うのですが、外国籍のお客さまが使われる場合などに課題があるかもしれないと感じていて、改善を進めています。メルペイをリリースした当初、メルペイにお金を入金する方法と本人確認を行う方法は銀行との接続しかありませんでした。ただこれだと外国籍の方の場合、銀行での口座開設に時間がかかったり、そもそも開設ができなかったりといったことがありました。結果的に、一緒にメルペイのサービスを作っているメンバーの中にも、サービスが使えないという人が出てきたりしていました。そういった経緯もあり、免許証やパスポート、在留カードなどを利用した本人確認を可能にしようと機能を拡張していきました。この件で、同質性の高いメンバーだけでサービスを考えると、見落としが出やすいということを痛感しました。

永島:ユーザーの多様性に対応するために、開発チーム側にも多様性が重要ということですね。

櫻井:はい。サービスは、使う人が増えれば増えるほど、開発側が想定していなかったような「こんな人が使うんだ!」「こんな使い方するんだ!」みたいな部分が増えてくるじゃないですか。

 QAの立場で言えば、基本的な機能が普通に動いているのは当たり前として、その上で「こんな使い方をすると、こんなことになる」というのを見つけ出すのもミッションのひとつだと思っているのですね。でも、限られた人数のチームだけで、事前にできる対策には限界があります。

 これは、不具合の発見だけではなく、プロダクトをより良いものにしていく上でも言えます。まずは、不具合なく動くことが基本で、そこから、より多くの方に選んでいただけるようなプロダクトになっているか、より多くの価値を生み出せるプロダクトになっているかという部分についても、QAエンジニアが見きわめをしていくことが、今後ますます求められるようになると思います。でも、個人の経験や能力、視点にはどうしても限界があります。そこで、チームのメンバー全体を巻き込むようにして、プロダクトの品質とは何か、お客さまがプロダクトに求めているものは何かを考える機会を、多く作るよう心がけています。サービスのリリース前には、チームの垣根を越えて、経営陣も含めた社内のいろいろな人が、リリース前のプロダクトを触る機会を意図的に増やすようにしていますね。

永島:組織全体でのQAに向けた取り組みというのは、具体的にどのように進めているのですか。

櫻井:今から作ろうとしているプロダクトが、企業としてのミッションや理想にどう関わるかということや、理想の状態と現状との間に、どのくらいギャップがあるかについて、話す機会をできるだけ多く設けるようにしています。定量的にできる部分は、可視化もするようにしていますね。

 可視化については「いつまでに、こういう機能を実装して、利用率をどれくらいにする」みたいなものが一番分かりやすいですね。目標から逆算して、中間にマイルストーンを設けると、どのタイミングでどうなっていればいいのかというのが明確になります。QAの視点であれば、リリース後の利用率の推移や、報告された不具合の数と言った部分で数値化が可能です。それをフィードバックして、どうすればより早い段階で不具合に気付き、減らせたかなどを考え、次のプロジェクトに活かすようにしています。

 できるだけ、さまざまな指標を可視化してフィードバックすることを心がけておくと、最初は目標まで距離があったとしても、少しずつ、品質の向上や改善サイクルのスピードアップが目に見えるようになってきます。そうなると、メンバーにも自覚が生まれて、マネジメントとしてことさら「改善」をアピールしなくても、自発的な改善が習慣化していきますね。この習慣は、メンバーが替わったり、プロジェクトが変わったりした場合でも引き継がれていきます。

永島:なるほど。これまで「QA」というと、プロジェクト単位での「テスト」のイメージが強かったのですが、プロダクトを改善し続けていく上での、組織としての意識のあり方までを含めて考えることもできるのですね。組織の中に、そういう視点で改善について考えているプロフェッショナルがいてくれるというのは、非常に心強いなと思いました。ちなみに、メルペイには最初からQAエンジニアの方がいたのですか。

櫻井:まだテスト対象の成果物がないころからいましたね。その時期は「この先、テストすべき成果物が次々と出てきた時に、どう対処すべきか」みたいなことを考えていました。例えば、テストはクライアントができてからやろうとすると遅くなるので、まずバックエンド側で単体レベルのテストを事前に済ませておいて、クライアントがきたら結合して進められるようにすると、サイクルを早く回せるからよりリリースを早められるよね、とか。そうした方針決めをしていました。

永島:先ほど「想定外の使い方で発生する不具合をできるだけなくす」という話が出ていましたが、Yahoo! JAPANのトップページにも、時々、そうした問い合わせがあります。私たちの場合、テストは、ユニットテスト、正常系、異常系くらいで、ケースはエンジニアと企画の担当者が考えています。そうなると、思いつくケースも、その元になる知見も限られてきますよね。そのため、「想定外のケース」での不具合が発覚するのは、ユーザーからの問い合わせがきっかけになることがどうしても多くなります。不具合が報告されれば、もちろんそれについては反省して、今後に生かすのですが、理想を言えば、そうした問題が最初からないことが一番なのは間違いありません。

 櫻井さんのお話を聞いていて、QAに専門的に取り組むエンジニアの存在や、組織全体で品質に向き合う姿勢を持つことの重要性を感じました。そうしたものがある環境でリリースするほうが、安心感は大きいですよね。

櫻井:こうした取り組みをポジティブに捉えていただけると、私としても嬉しいです。実際、社内でテストを書く際に多角的にお客さま体験を想定すると「こんな使い方しない」というケースが多くなりがちという問題もあるのですが、事前のテストで「こうしたことをすると、こういうリスクがある」ということをチームで把握した上でリリースするのと、リリース後にお客さまからの問い合わせで発覚するのとは、意味が違うと思っています。「事前に発覚した問題が、すべて解消されないとリリースしない」という柔軟性のないやり方ではなく、「事前に分かっていることはすべて周知した上で、そのリスクを把握しながらリリースサイクルを迅速に回す」という体制を目指しています。

開発組織の「多様性」がプロダクトを通じた価値提供にとって重要に

――櫻井さんは、今回の対談に際して「多様性の実現」についてお話してみたいとおっしゃっていましたね。「ユーザー目線のプロダクト開発をするには、開発チームの多様性が重要」とのことですが、詳しく教えていただけますか。

櫻井:プロダクト開発では、お客さま一人ひとりが、何を大切にしているのかに寄り添っていくことが、最終的な品質向上や、価値の提供につながるというのが私の考え方です。その場合、いわゆるマジョリティ(多数派)のニーズだけをくみ取っていくだけでは不十分で、マイノリティ(少数派)の視点を大切にしないと、プロダクトを通じた本当の意味での価値提供は、今後ますます難しい時代になっていくと思っています。

 自分はQAエンジニアとして、できるだけ「お客さま」の目線で質の高い体験を提供することを追求したいと思っていますが、自分自身の経験や知見だけでは、すべてを網羅できないとも思っています。多様性のある組織の中で、より多くの視点や経験をプロダクトに反映していくことが、より多くの顧客に受け入れられるプロダクトづくりにつながると感じているというのが、開発組織に「多様性」が必要だと考える理由です。

永島:私も、社会の中での「多様性」の大切さについては、ある程度分かっているつもりなのですが、一緒に仕事をしていく「チーム」内での多様性というのは、どう捉えるべきでしょう。例えば、マネジメントの立場であれば、チームのメンバーをどのような観点で選ぶことになるのですか。

櫻井:よく「優秀な人と同じチームで働いている」という表現がされたりしますが、同質性の高い、優秀な個人だけが集まっているというのは、会社としては、恐らく良くない状態だと思います。立場の似ている人、似た視点を持った人ばかりが集まったチームが問題に直面すると、それぞれから出てくる解決策は似たものになりがちです。組織としては、さまざまな立場と視点から、問題全体をできるだけ広く見て本質を捉え、解決策を考えるべきなのですが、同質性の高いチームだと、どうしても見落とす部分が多くなります。

 会社としては、特定のチームに配属されていても、その枠組みを超えて気兼ねなく意見が言い合えて、妥当性があれば取り入れてもらえるような、いわゆる「心理的安全性」が高い組織づくりを意識することが、大切になっていくだろうと思っています。

永島:「多様性があるチーム」には、今、説明していただいたメリットもある一方で、マネージャーの立場からするとマネジメントが難しくなりそうですね。

櫻井:メルペイでは、今は「多様性」を意識したタレントプールの構築が全社的な目標になっています。とはいえ、例えば「女性エンジニアの人数」のような数字は急に変わるものではないのですが、そこで諦めてしまうとこの先も変化は起こらないので、中長期的な視野で取り組んでいます。また、新卒採用やグローバル採用など、さまざまな試みを進めていますが、受け入れるまでの「採用」のプロセスだけでなく、受け入れてからの「オンボーディング」の体制も並行して整わないと、なかなか難しいなと感じます。

 この先の時代、組織で働く人にとっては「いろんな人とやっていく」ことが大前提になっていくと思います。組織を構成する人がそれぞれに、ある時にはマジョリティになり、別の時にはマイノリティになるということを受け入れて、歩み寄りながらやっていく形を作っていくことが大切かなと思っています。

永島:IT業界特有かもしれませんが、エンジニアには「クセ」というか、自分の得意な領域にこだわりの強い人が多い印象があります。私の場合、たまに強力なこだわりを持った方とやりとりをすると、技術面とビジネス面との間をどのように調整すればいいか戸惑ってしまうこともあるのですが、櫻井さんはマネージャーの立場で、どう対応していますか。

櫻井:そういった状況があった際には、その人が「大切にしているもの」があるはずなので、まずは、それを理解するために歩み寄るところからはじめるように心がけてはいますね。

 それとは別に、いわゆる「みんなでやる」ことへのコミットが低い人に対しては、「みんなでやる」ことのメリットとか、それがプロダクトを開発していく上でなぜ必要なのかについて、できるだけ理論で説明して、理解してもらうことに時間を割くようにしています。メルカリグループでは「All for one」というバリューを大切にしている環境もあり、メンバー全員が手段や役割に固執せずパフォーマンスを最大限に発揮することを非常に重視しています。そういった考え方やバリューの体現を促せるようなサポートをしています。

永島:相手が大切にしているものを知るために、話をじっくり聞くというのはたしかに大切ですね。サービスを作っていく上では、技術面とビジネス面の優先度を、常に天秤にかけながらバランスをとって進めていく必要があります。エンジニアの思いとしては、どうしても技術面で「やりたい」ことを優先しがちになってしまうのですが、その思いは理解しつつも、技術面とビジネスの優先度を分けて考えてもらい、理論立てて納得してもらうしかない。

櫻井:エンジニアとして、さまざまなタイミングで技術とビジネスのどちらを優先させるかというのは、すごく悩ましいです。その課題感は、私にもいつもあります。

永島:視点が人とは違う「異端児」的な方は、チームを派手にかき回すことがありますけれど、そうした人がいないと気付けないことはたしかにあると思うのですね。ビジネス面を中心に見ている人ばかりでサービス運営を進めると、結果的に古い技術が刷新されないまま使い続けられて、どうしても刷新しなければならなくなったタイミングで大きなコストが必要になる。あるいは、新しいエンジニアがチームに入れなくなって、サービスの継続に支障が出るといった問題が起こるリスクは高まります。いろんな視点を担保するという意味でのチームの「多様性」は大切だと思いました。

女性エンジニアとしてキャリアの「多様性」をどう考えるか

櫻井:私の個人としての「多様性」に関する直近の問題意識には「IT業界に女性のエンジニアが少ない」というものがあります。永島さんはヤフーでエンジニアとして働く中で、その点で感じられていることなどはありますか。

永島:エンジニアという職種だからかもしれないのですが、会社で特に「女だからこれをやれ」みたいに言われることがなく、そのせいもあって、自分のジェンダーについては、ほとんど気にしたことがなかったですね。

 ただ、仕事の中でマネジメント的な役割を求められるようになったとき、少し戸惑いはありました。

櫻井:それは、どういう理由からですか。

永島:ジェンダー的な問題と言うよりも、自分と他の人を比べたときの技術力に対する自信のなさが理由だったと思います。「自分より優れた技術力を持つ人がたくさんいる組織で、自分にマネジメント的なことができるだろうか」という思いが強かったのですね。

 ただ、相談していた上長から「サービスにはいろんな人がいるのがいい。技術力の高い人だけで作られたサービスが、良いサービスになるとは限らない。ユーザー目線で、サービスを見られるのは長所なのだから、それを伸ばすようにしたらどうか」とアドバイスを受けて、かなり楽になりました。それまで、技術力のない自分は、組織のお荷物なのではないかという漠然とした不安が常にあったのですが、そういう見方をすれば、自分なりの長所を生かして、サービスの向上に寄与できるのだと意識を変えることができました。

 櫻井さんは、QAチームのエンジニアリングマネージャーに就く際に、そうした迷いはありませんでしたか。

櫻井:ありました。自分自身の経験が浅いことも理由のひとつなのですが、メルカリ、メルペイには凄腕のエンジニアがたくさんいるのに、メルペイにはこれまで女性のエンジニアリングマネージャーの役割を担った人は最近までいませんでした。「やっている人がいない」ということは「できない」からなのではないかと思ってしまい、ますます迷いが深まりました。私も、永島さんと一緒で仕事の中で自分の性別を意識することはほとんどなかったのですが、この時はじめて、自分が自分の性別を意識していることに気づき、驚いたくらいです。

 自分自身に、エンジニアリングマネージャーをどうやればいいのかのビジョンもなければ、同じ職場に実際のロールモデルもいない。そんな状況で出した結論が「自分のような人間が、その役割を担うことで、何かが変わるのではないか」というものでした。自分が、その立場になって、存在を知ってもらうことで、自分が過去に感じたジレンマと同じ思いを持つ人が、それを解消するきっかけになればいいという思いで、今の役割を引き受けました。その一環として、女性エンジニアの推進活動や、学生向けの情報発信のような個人活動もしています。

永島:たしかに、自分の身近に「ロールモデル」がいるか、いないかというのは大きいかもしれないですね。ヤフーの場合、女性の管理職も多いのですが、そうした方の多くは、結婚、出産、育休といった過程を経て、時短制度なども活用しながらバリバリ働いています。私の場合は結婚していないのですが、未婚で長く働いてマネジメントをする女性というのは、まだ多くないですね。ジェンダー的には女性という同じ枠組みに入れられてしまいますが、立場や働き方は違います。その点で、自分により近い立場で、この先のキャリアをイメージできるようなロールモデルが近くにいてくれれば、いろいろ考えやすかったのかもしれないと思います。

 櫻井さんは、現在の立場になられて、なる前に想像していたイメージとのギャップは感じていますか。

櫻井:やっぱり、簡単ではありませんよね。いろんな人の意見をくみ取りながら、チームを作っていくことの難しさは日々感じています。メンバーの考えは、それぞれに違うことを前提にしつつも、プロダクトを作るにあたって、どうやって同じ方向を見ていくかというのは、単一のソリューションでどうにかなる問題ではありません。プロダクトのお客さまに対する場合でも、一緒にプロダクトを作っているメンバーに対する場合でも、難しさは変わらないような気がします。

多様性を通じて多くの人に届く価値を備えたプロダクトを生みだす

永島:私は普段、このような形で社外の方とお話しする機会が少ないのですが、櫻井さんとお話しできたことでサービス作りにおける「多様性」の大切さを感じることができ、自分たちが作っているものについても新しい視点で見つめ直す機会ができて、良かったと思っています。

 以前は、どちらかというと「自分とまるっきり考え方の違う人と話すよりも、同じ意見の人と話す方が気が楽」と思うほうだったのですが、これからは、いろんな人の意見を聞くことが「面白い」と思えるような気がしてきました。自分でも積極的にこういう機会を作って、そこで得た刺激や新しい考え方を、自分の中に取り入れていきたいと思います。

櫻井:こちらこそ、ありがとうございました。楽しかったです。QAエンジニアの立場としては、プロダクトの品質づくりが、QAエンジニアだけのものではないという考え方をもっと広く浸透させていきたいと思っています。開発の各フェーズや、その中で与えられたさまざまな役割の中で、プロダクトの価値を高めて、その価値をお客様により早く届けられるようにするために、やれること、考えられることがもっとあると思います。組織全体で、そうしたことを考えて実践できるような、働きかけや活動を、引き続き行っていきたいと思います。


著:高橋美津
写真:OGURA

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【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社