ビザや生活面の不安もある中で「現地で働きたい」気持ちが動力に
――そして今、海外で英語に触れながらの就業がかなったわけですが、パンデミック真っただ中での移住や就業で、不安に思われたことや大変だったことはありますか。
一番不安だったのは、「ちゃんと就労ができるのか」でしたね。ビザが取れなかったら、リモートで日本で働くしかありません。時差で朝の一部しかコミュニケーションが取れない環境下で、十分にコミュニケーションが取れるのか不安でした。
通常エンジニアは「H1Bビザ」という特殊技能職むけの就労ビザを申請するのですが、2020年も抽選でした。それに落ちてしまったのですが、幸いAppiumやソフトウェアテスト・品質方面での活動が認められ、「O-1ビザ」が取れて入国できることになりました。
いざ渡米できるとなると、心配だったのが家族のことです。当時妻も仕事をしていたのですが、米国での就労ができず、さらに米国にいながら日本で収入を得るという形も認められていませんでした。なので、友人や話し相手も米国にいない環境に一人置いていいものか悩みました。結果的には、親しい友人もでき、米国での生活を楽しんでいるようですが、当時はパンデミックと重なったこともあり、新しい人間関係を築けるのかと不安でした。せめて保険などはしっかり準備しておこうと思い、引っ越し当初は旅行保険、そこから会社を介して医療保険などに、少々過剰なほどに入りました。
そこまでして、「海外に行きたい」「現地で働きたい」と思ったのは、時差がある中で働き続ける不安が大きいですね。一緒に働く人と近しい時間帯で働きたいという思いが原動力になりました。Appiumの活動も継続することを認めてもらっている中で、やはりソフトウェアエンジニアとして会社に貢献したいという気持ちがますます高まっています。ストックオプションなどの制度もあり、モチベートしてもらえている実感もあります。
英語・技術は基礎に加えて、「実際に使える場」で実践して学ぶ
――海外で働く上で必要となる技術力や英語力について教えてください。そして、松尾さんはそれらをどのように身に付けたのでしょうか。
まず英語については、私のベースとなっているのは受験英語であり義務教育で学んだ英語ですね。発音については、NHKのテレビ・ラジオなどの英会話番組でコツコツ学んできました。大学院以降は、論文などは英語でしたし、専門分野の読み書きについては不自由しませんでしたが、話したり聞いたりするのは慣れるのに時間がかかりました。そのあたりは、クックパッドのグローバルとのやり取りの中で実践的に身につけていきました。なので、やはり実務で英語を使うと逃げられないので、英語を学ぶ環境として良かったと思います。
そしてもう一つ、Appiumでの活動の中で、レビューをネイティブの仲間たちに添削してもらえたのは大きいですね。それでかなり表現の幅を広がりました。OSSコミュニティなど開かれた場で英語を使う機会があって、英語のコントリビューションができる環境で受け入れてくれるコミュニティが見つかると、技術力と英語の両方を伸ばせるのではないかと思います。ただもちろん、その場に貢献し、関係をつくることが何よりも重要だと思います。
そして、技術力については、私自身ソフトウェアエンジニアとして採用されましたが、経歴でも話したように、基本的にはテストや品質などを主にやってきて、ずっと実装に携わってきたエンジニアではないんです。それでも採用されたのは、1つは個人活動でOSSに関わってレビューなどを行ってきたこと、そして次にクックパッドでのオートメーションの構築などで実績があったこと、そして大学・大学院でベースとなるソフトウェア工学などの知識や理論を習得していたことがあると思います。
採用においては、コーディングインタビューを行うことが多いと思いますが、自分の英語が受け入れてもらえるレベルにあるかどうか気になりました。採用する側として、技術力も英語のレベルも「一緒にやっていけるかどうか」を見ているのではないかと感じます。私がラッキーだったのはAppiumでの活動を、採用する側が業務を通じて知っていてくれたということでしょうか。簡単なコーディング試験はありましたが、特定のアルゴリズムをインタビューしながら実装するという類の試験はありませんでした。
――メンバー構成を教えてください。また、松尾さんご自身はどのような立ち位置なのでしょうか。
スタートアップなので人数は限られますが、テックリードやCTOなど経験が豊富な人はいて、さすがに技術的な知見の幅広さを実感することが多いです。エンジニアタイトルとしては、シニア・プリンシパルなど30代中頃が多く、20代のインターンがその下についていることが多いです。そうしたインターンも含め、誰もがほとんど大学などでコンピュータサイエンスを学んできているので、ボトムラインの知識はしっかりしていて、誰と議論していても話が通じやすいです。そこがさまざまな分野からエンジニアを目指す日本とは若干異なるように感じます。
私自身は、ボリュームゾーンのシニア・プリンシパル層ですが、そこにいる誰もが各自明確な役割を持って動いています。私もソフトウェアテストや品質の専門領域での経験も期待されているので、基本的にはそれらを活かす場面しかないんです。開発言語が変わることはありますが、大学・大学院から企業で開発してきたことのすべて、流用して仕事をしていると実感します。特に自分だけの専門性としてAppiumやモバイルオートメーションの開発経験も持ったエンジニアは社内では稀有なので、役に立つどころかリードしている場面も多々あります。
プライオリティにコミットする文化に触れ、今は事業への貢献に注力
――現地に行ってみて大変だったことや、一般的な日本企業との違いとして、グローバルチームで働く上での戸惑いなどがあれば教えてください。
新卒で入った会社はACCESSで、その後はクックパッドなので、日本の大企業との比較とは全く違うと思うのですが、それでもいくつか大きな違いを感じたことがありました。
1つは、特定の期間内に何をするか、達成目標を厳密に決めているのは、進め方として興味深かったです。例えば1年間は、「この顧客に集中する」「この開発に注力する」というように明確にプライオリティを設定するんです。日本にいた頃は、もちろん目標は明らかにしますが、それ以外のことも疎かにできないというか、切り捨てることはあまりなかったんです。でも、こちらのスタートアップは「やること」に集中する分、「やらないこと」は徹底してやりません。そうした時間の使い方に対する取捨選択が想像以上に厳密に行われていました。なので、特に判断に迷う内容では上長に相談すれば調整含めて優先すべきことを明確に決めてもらえるのは、やりやすかったですね。付き合ってくれている顧客もわかっていて、「それは来年やることになっている」といえば、深追いしてきませんでした。
そしてもう1つ、開発のプライオリティの決定方法が印象的でした。ある顧客が自分を優先してもらう見返りに、資金やリソースを提供して一緒に必要な機能を開発するという場面が多々ありました。顧客と自社の両方にメリットがあることを優先するという考え方は、スタートアップの多いベイエリアだからかもしれません。顧客が出資して機能を拡充する、その優先度を自分たちで決定するのが普通に行われています。私自身の働き方は、以前とそう変わらないのですが、関わり方という意味で新鮮でした。
――最後に、今後のご自身のキャリアの方向性や目標を教えてください。
HeadSpin社の事業に共感して入社したので、そこで成果を出すことが第一の目標です。それ以降はまだ決めておらず、ビザの都合で日本に戻るかもしれませんし、ずっと海外で働き続けるかもしれません。自分の専門性を活かせるところ、活かしたいと思うところならどこでもいいと考えています。
それでも仕事の領域としては、引き続きソフトウェアテストや品質などを継続して取り組んでいきたいです。具体的には、テストの自動化の範囲を広げることです。現在はWebブラウザやアプリケーション、モバイルなどが中心ですが、例えばGoogle TVなどテレビアプリや車、IoTなどのソフトウェア開発ツールにも類似のものを活用できれば、技術やそれを使うエンジニアの流動性も上がり、できることも増えると思います。
そうしたことを実現することで、ソフトウェア分野でさまざまな人が「テストオートメーションに関われるような環境」をつくれたらいいなと思います。そこにはAppiumも深く関与しており、HeadSpin社が目指す方向性とほぼ一致しています。個人としても当面はそこに注力していきたいですね。
――松尾さん、海外から貴重なお話をいただきありがとうございました! さらなるご活動の広がりを楽しみにしています。