IT機器が高度にネットワーク接続された我々の社会では、日常的に情報が発信消費されています。情報社会ではネットワークは不可欠であり、災害時には情報収集と発信が行える心強いツールです。東日本大震災を教訓として、災害時にITインフラにどのようなことが起こったか、ITでは何ができたのかを最初に学んでいきます。
この文章には、東日本大震災当時を想起させる記述が含まれます。お読みいただく前にご留意ください。
ライブカメラで当時確認できた東日本大震災による影響
前回『災害によるITインフラへの影響と情報発信の在り方(2)』で、震災後に何が起こっていたかについて見てきました。今回も当時記録された情報を紐解いていきましょう。震災直後、私は都内におりましたが、通信事業を営む友人が東北地域へ災害復旧に出かけることとなり、そこから情報収集が始まりました。当時のデータはTwitter上に保存されており、今も閲覧可能です。現地の状況を調べるために最初に行ったのは、国土交通省が管理する道路・河川のライブカメラの確認からでした(図1)。
ご覧頂いた通り、複数のライブカメラの映像は途絶えていましたが、辛うじていくつかのカメラから状況を把握することができました。道路・河川ともに辛うじて生き残っているライブカメラから被災地の状況が得られています。また、視聴不能となっているカメラのある地域では、大きな震災の影響が出ていることが推測できました(図2)。
東北地域の国道事務所から出される情報には、より具体的な内容が書かれていましたが、普段は目にすることのない表示内容に戸惑いは隠せませんでした(図3)。福島第一原子力発電所の事故も進行中であり、原子力災害という体験したことのない事態に、ただ恐怖を感じるばかりでした。そのような中で、友人は被災地の様子や道路状況、原子力災害の詳細も不明という状態で、東北地域へと車を進めていたのです。私にできることは、生き残った現地の情報から、彼等の安全を最優先に考えた情報提供を行うことのみでした。
このように、当時もインターネットを通じて被災状況を把握するための情報は散在していました。
ただ、その情報に辿り着くには、普段からその情報の存在を知っている必要があります。私は、たまたま趣味でツーリングを行っているので、よくこういった道路交通情報の詳細を見る機会が普段からありました。
その経験から、たまたま今回のように役に立つ情報を抽出できたのですが、これら情報提供にも一つの大きな問題があることを、ぜひみなさんと共有していきたいと思っています。
それは「情報提供ページにアクセスが集中した場合、閲覧不能になる」という事実です。
最近のクラウド・コンピューティング技術なども普及期に入り、技術的にはアクセス集中に耐えるWebページを構築することは可能です。しかし、それがすべての国内ITシステムに万遍なく行き渡るとは限らないのです。
次回も当時のデータを紐解きながら、ITだから可能であったことに着目してきます。