多くの「プロダクト開発」の現場に多様な視座で携わってこられたクレディセゾンCTOの小野和俊さんに、企業がプロダクト作りにあたって直面しやすい問題とその対応策を6つのワナという視点でお話しいただきました。前後編の2回にわたってお伝えします。前編では、プロダクトの企画から開発に関わる「ターゲット設定」「方法論」「技術」に関するワナを紹介します。(編集部)
はじめに
社会のあらゆる領域で進む「デジタル化」が、消費者ニーズや市場環境を劇的に変えていく中で、ITの力をフルに活用した新たなビジネスモデル、商品、サービスを通じて新たな価値を提供する「デジタルトランスフォーメーション」(DX)が、企業の取り組むべき経営課題として注目されています。
それと同時に、市場と技術の双方が目まぐるしく変化する中で、新たな価値を生みだす「プロダクト」(製品やサービス)を迅速に生みだし、育てるためにはどうすればいいのかというテーマの重要性も増しています。近年、DXを見据えたプロダクト開発に「プロダクトマネージャー」(PdM)と呼ばれる役割を設ける企業が増えているのは、不確実性の高い状況で、さまざまな変化に目を配りつつ「何を」「どのように」作れば、ユーザーにより多くの価値を提供できるのかを考え、実践できるスキルへのニーズが高まっていることを反映しているのではないでしょうか。
今回お話を伺った小野和俊さんは、大学卒業後、サン・マイクロシステムズで1年半勤務した後に「アプレッソ」を起業。「DataSpider」を開発しました。その後、セゾン情報システムズの「HULFT」のプロダクト戦略の企画立案にも携わり、世界中のエンタープライズシステムで広く使われているミドルウェアの企画、開発を手がけてきました。現場とマネジメントの両方の視座から「プロダクトマネジメント」を手がけてきた経歴の持ち主です。
現在では、クレディセゾンのCTOとして、スマホアプリをはじめとする同社のデジタルイノベーションに関わる事業の責任者であり、これまでいくつかの会社で技術顧問も務めてきた小野さんに「DXを目指す日本企業がプロダクト開発で陥りがちな『6つのワナ』とその対策」を語ってもらいました。
DXを目指す日本企業がプロダクト開発で陥りがちな『6つのワナ』
- ワナその1「プロダクトが誰のどんな喜びに寄与するものかを見失う」
- ワナその2「方法論に過度に依存する」
- ワナその3「技術を使うことが目的化してしまう」
- ワナその4「既存事業の価値を安易に否定してしまう」
- ワナその5「ステークホルダー間のコンセンサスがとれていない」
- ワナその6「計画できないことを計画し過ぎてしまう」
小野和俊(おの・かずとし)

株式会社クレディセゾン 常務執行役員 CTO デジタルイノベーション事業部長。
1976年生まれ。慶應義塾大学SFC 環境情報学部を卒業後、旧サン・マイクロシステムズ(現オラクル)に入社。米国本社でJavaとXMLを用いたサイジングアプリケーションの開発を手がける。2000年にアプレッソを起業し、代表取締役に就任。2013年より、資本業務提携を結んでいたセゾン情報システムズ(2019年に吸収合併)でHULFT事業のCTO、取締役CTO、常務取締役CTOを歴任。アプレッソで企画開発したデータ連携ツール「DataSpider」や、セゾン情報システムズのファイル転送ツール「HULFT」は、信頼性、安全性の高いミドルウェアとして、グローバルの製造業、金融業などのシステムを中心に広く利用されている。2019年よりクレディセゾン取締役CTOに就任し、2020年3月より現職。
ワナその1「プロダクトが誰のどんな喜びに寄与するものかを見失う」
新しいプロダクト作りでは、そのプロダクトが「どんな人に」「どのような新しい価値を提供するのか」の認識をチームで共有するのが基本中の基本――というのは、恐らく多くの人が理解しているのではないかと思います。しかし、その「基本中の基本」が、案外おろそかにされてしまうことが多いのだと、小野さんは指摘します。
例えば、多くの企業では、新規プロジェクトの立ち上げにあたって「競合分析」のようなことをやっているのではないでしょうか。市場にある「競合」と目されるプロダクトをリストアップし、それぞれが持っている機能や強み、弱点をクロス表に記入して比較する。自分たちがこれから作るプロダクトにはその「穴」を埋めるような要素を盛り込むことで、ユーザーを獲得できる――という、一見「イケそう」なロジックができあがります。
しかし、こうした分析の結果として企画されたプロダクトが、本当に「新しい価値」を生みだせるかという点には疑問も残ります。小野さんは「今ある『谷』(短所)をすべて埋めたところで、無個性なプロダクトしかできあがらない。今ある『山』(長所)をより高くしていくことや、新規に『山』を作り上げていくことを考えるべきだ」と言います。
「そしてこうした自社のプロダクトのユニークな価値である『山』を作ったり伸ばしたりすることを検討する際にも注意が必要です。誰も望んでいない程度にまで強みを伸ばし、誰も望んでいないユニークな機能を開発しても仕方がない。プロダクト固有の強みを伸ばしていく場合にも、それによって誰がどんな風に以前と比べて嬉しくなるのかをきちんと考えることが重要です」(小野さん)
小野さんが手がけた「DataSpider」の企画開発においても、もし「競合」である既存製品と比較して「谷」を埋めることばかり考えていたとしたら、おそらく「これは新しい」と思ってもらえるプロダクトを作ることはできなかっただろうと言います。「HULFT」においても、エンタープライズシステムの連携を手がけるユーザーがクラウドやIoTの時代にどのような困りごとと直面しているのか、あるいはグローバルに事業展開している企業がどのようなシステム連携の課題を抱えているのか、つまり「困りごと」をいかに解消するかに焦点を当てて製品戦略を考えてきたそうです。こうした「基本」を見失わないことが、これらのプロダクトが多くのユーザーに長く活用されているという結果につながっていると言います。
「当たり前のことですが、ユーザーは人間であって、モノではありません。それを忘れて『こういう新規のプロダクトを作れば当社の既存顧客の数%は利用してくれるはず』などと考えてしまうと、うまくいきません。あくまでも 『誰のどんな喜びに寄与するプロダクトなのか』を考えることを意識したいですね」(小野さん)
会員登録無料すると、続きをお読みいただけます
-
- Page 2
-
- Page 3
この記事は参考になりましたか?
- DXを目指す企業がプロダクト開発で陥りがちな「6つのワナ」連載記事一覧
-
- その「チーム」は本当に価値の高いプロダクトを生みだせますか?――DXを目指す企業がプロダク...
- その「チーム」は本当に価値の高いプロダクトを生みだせますか?――DXを目指す企業がプロダク...
- そのプロダクトは本当に価値を生み出せますか?――DXを目指す企業がプロダクト開発で陥りがち...
- この記事の著者
-
柴田 克己(シバタ カツミ)
フリーのライター・編集者。1995年に「PC WEEK日本版」の編集記者としてIT業界入り。以後、インターネット情報誌、ゲーム誌、ビジネス誌、ZDNet Japan、CNET Japanといったウェブメディアなどの製作に携わり、現在に至る。現在、プログラミングは趣味レベルでたしなむ。最近書いているの...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
-
斉木 崇(編集部)(サイキ タカシ)
株式会社翔泳社 ProductZine編集長。1978年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学専門分野)を卒業後、IT入門書系の出版社を経て、2005年に翔泳社へ入社。ソフトウェア開発専門のオンラインメディア「CodeZine(コードジン)」の企画・運営を2005年6月の正式オープン以来担当し、2011年4月から2020年5月までCodeZine編集長を務めた。教育関係メディアの「EdTechZine(エドテックジン)」...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
