「やらないこと」はどう決めるのか──射幸心を煽らない、作り込まない、デザイナーだけでデザインしない【Newbee Conf】
「Newbee Conference 2026」レポート(前編)
「言葉尻を捉えるようで申し訳ないのですが、プロダクトを作ることは簡単になっていないと思います」。プロダクトを作るのが簡単になった今、何で差別化すればよいのか──そう尋ねた馬瓜エブリン氏に、及川卓也氏はまず前提を正した。2026年9月9日に開かれた「Newbee Conference 2026」は、答えを持ち帰るより新しい問いが生まれる場を目指し、全セッションを登壇者同士の対話で進めた。前編では、プロダクトづくりの公開相談、組織戦略、体験設計の3セッションを紹介する。AIで作れるものが増えた今、登壇者たちは何をやめ、どこに線を引いたのか。
社員1人で始めた、対話でつくる1日
Newbee Conference 2026は、テクノロジーメディアの「Newbee(ニュービー)」が初めて開いたカンファレンスだ。Newbeeは「テクノロジーと事業の交差点を発信するメディア」として、プロダクトやスタートアップ、組織づくりをめぐる対話を動画・音声・テキストで届けている。
会場はSHIBUYA STREAM Hallで、来場者は約200名。代表取締役の蜂須賀大貴氏は開会のあいさつで、社員1人でカンファレンスを始めることに周囲から驚かれながら迎えた1回目だと明かした。
イベント設計には明確な意図があった。セッションは1トラックのみで、すべてを登壇者同士のディスカッション形式で進める。会場は3フロアを使い、6階で聞き、5階で参加者同士が話し、4階でスポンサーと出会う導線を組んだ。ビジネス、組織、経営、体験設計とテーマを分けてはいるが、「今の時代、これは全部必要」だから別々のトラックにはしなかったという。
「この場で答えを受け取って持ち帰るというより、異なる問いを持つ人同士の掛け合わせで、新しい問いが生まれる場になればと思っています」
1トラックの効果は、当日の議論にそのまま表れる。後のセッションの登壇者が前のセッションの発言を拾い、話が次々とつながっていったからだ。
比較対象の置き方で決まる、やらないことの線引き
最初のセッションは、Newbeeの人気番組2つのコラボレーションだ。一つは、及川卓也氏(Tably代表)が寄せられた相談にその場で答える「おしえて、及川さん」。もう一つは、馬瓜エブリン氏がさまざまな人に相談を持ちかける「プロダクトビジネス・ブートキャンプ」。いつも相談を受ける側と、いつも相談する側が組んだ公開相談会という趣向だ。
馬瓜氏は女子バスケットボールの現役選手でありながら、スタートアップのBack Dooorを経営している。蜂須賀氏は普段からBack Dooorのプロダクト戦略づくりに伴走し、馬瓜氏と一緒にユーザーインタビューにも臨んでいるという。
題材は、馬瓜氏が手がけるライブ配信サービス「Fantrance(ファントランス)」。アスリートが試合後に、自身のパフォーマンスを配信で解説する。SNSで目が肥えたファンが知りたいのは、通り一遍の感想より「この1点がどう生まれたのか」だという。現在はサッカーに力を入れている。
馬瓜氏の悩みは、収益化とアスリートのブランドの両立だった。ライブ配信では、投げ銭の多い視聴者をランキングで競わせて金額を引き上げるのが定石になっているが、憧れの選手から「投げ銭をいっぱいしてください」と言われるのはどうなのか。射幸心を煽らずに伸ばす方法はないか、という相談だ。
及川氏は、相談の立て方そのものに引っかかった。
「射幸心を比較対象に出してしまった時点で、どこかで射幸心を煽ることを良しとし、そうでないビジネスモデルは成り立たないという前提に立ってしまっているのではないでしょうか」
情報で事業を続けるには、誰かからお金を得なければならない。それは当たり前の話で、例えばnoteの有料記事は「ほかでは得られない情報が欲しいならお金を払ってください」という仕組みで成り立っている。運営側が射幸心という言葉で考えているとは思えない、と及川氏は言う。アスリートが月5万円の収入を望んでいるなら、それを100万円に押し上げる必要はない。足りなければアスリートを増やすか、別の収益基盤を考えればよい。
では、何をやらないかはどう決めるのか。及川氏の答えは、手段の比較からではなく、作りたい世界から考えることだった。グラウンドでは仲間としてプレーしている選手同士が、アプリの上では稼ぎを競い合っている。そんな光景を思い浮かべれば、嫌だと感じるはずだ。
「Fantranceを通じて、どんなスポーツの世界を作りたいかを考えたときに、自然とやらないことが見えてきます」
議論は、CEOである馬瓜氏がどこまでプロダクトに口を出すべきかに移った。及川氏は「基本的にはガンガン入っていい」としつつ、2つの罠を挙げた。今週と先週で優先順位が入れ替わり、方向性が定まらなくなること。そして、本人がユーザーでもあるため、自分の要望をそのまま正解と取り違えやすいこと。
蜂須賀氏も、普段の伴走から補足した。馬瓜氏の言葉には「これは絶対」という指示と「あくまで一つのアイデア」が混ざっているのに、その区別が言葉に表れていない。だから周囲は全部を命令として受け取ってしまう。
及川氏が勧めたのは「帽子のかぶり替え」。本来は役割ごとに別の人を置くのが解決策だが、それができない場面では、今の自分はどの役割で話しているのかを切り替えて臨む。もう一つは、AIに反論役を任せることだ。プロダクトマネジメントのスキルを読み込ませ、カスタム指示で「めちゃくちゃ厳しくしろ」と書いておく。トップダウンで成功した会社も多いが、その場合も振り返りは欠かせないと付け加えた。
ここで馬瓜氏が、冒頭の問いを投げた。プロダクトを作るのが簡単になった今、どこで差別化すればよいのか。及川氏はまず「プロダクトを作ることは簡単になっていない」と前提を正し、こう言い直した。
「簡単になったのは、ソフトウェアを作ることです」
コードを書き、テストする範囲は広がった。それでもプロダクトを作る難しさは変わっていない。むしろ書くことが速く安くなった分、「いらないものをたくさん作りまくってしまっている可能性がある」と及川氏は警告する。
及川氏自身も、契約しているClaudeのMaxプランを遊ばせておくまいと、常に仕事を与え続けているという。夜中にトイレで起きたときでさえ、進み具合を確かめてしまうほどだ。だが、出来上がったものには使えないものも多い。コストがかかっていないからと機能に入れていけば、プロダクトは技術的負債の塊になり、長い目で見れば成長を鈍らせかねない。
最後に及川氏が求めたのは、言葉への責任だった。ビジネス側の要望を開発チームへ伝言ゲームのように流し、開発側の「できない」をそのままビジネス側へ返す。そうした仕事を「調整」と呼ぶことに、及川氏は異を唱える。
「私は『調整って言うな』と言っています。それは説得や交渉という言葉にしなさい、と」
AIに教わった内容を話すのは恥ずかしいことではない。ただし、「AIがいようがいまいが、自分の意思として口から発しているかどうかが一番大事」だという。
この記事は参考になりましたか?
- この記事の著者
-
斉木 崇(編集部)(サイキ タカシ)
株式会社翔泳社 ProductZine編集長。1978年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学専門分野)を卒業後、IT入門書系の出版社を経て、2005年に翔泳社へ入社。ソフトウェア開発専門のオンラインメディア「CodeZine(コードジン)」の企画・運営を2005年6月の正式オープン以来担当し、2011年4月から2020年5月までCodeZine編集長を務めた。教育関係メディアの「EdTechZine(エドテックジン)」...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
