「想定外の裏技」から生まれたLINE WORKSラジャー。既存市場の壁を越え新プロダクトを生み出した泥臭いインサイト発掘と決断のプロセス
デスクワーカー向けSaaSが飽和する中、行動データが取得しづらい「オフライン現場」のニーズをどう掴み、プロダクト価値へと昇華させるべきか。LINE WORKSが提供するスマホトランシーバーアプリ「LINE WORKSラジャー」は、サービス開始1年で2000社に導入された。その裏には、ユーザーの「裏技」から着想を得た泥臭いインサイト発掘や、物理環境特有のUXの壁、そしてチームの異論から生まれた「別アプリ化」の決断があった。本記事では、事業リードの小田切悠将氏に、現場の解像度の上げ方からプロダクトマネージャーとしての覚悟までを伺う。
ビジネスとテクノロジーの架け橋に。営業畑から「ミニCEO」へ
小田切氏のキャリアは、一兵卒の営業から始まった。「エンタープライズ向けのネットワークアプライアンスから始まり、SaaSのセールスを経て、海外のテクノロジーを日本市場にどう投入するかというローカライズの戦略責任者を務めてきました」と氏は振り返る。
特に海外メーカーとの交渉や戦略策定では、営業的な交渉力だけでなく、技術的な深い理解がなければ「芯を食った実行力」が伴わない。この経験から、戦略と技術のハイブリッドなキャリアが形作られたという。その後、旧LINE社のAIカンパニーで最先端のAI技術をプロダクトとして世に届ける役割を担い、現在はLINE WORKS株式会社で「LINE WORKSラジャー」の事業責任者を務めている。
「名刺上の肩書きは事業リードですが、実質的には事業責任者兼プロダクトマネージャーのような立ち位置です」と小田切氏は自身の役割を定義する。「お客さまの課題をどう解き、それをどうプロダクトに仕上げて市場に届けるか。PL管理から新機能の仕様判断、優先順位の策定まで、ビジネスと開発の両面を見ている。世間一般で言われる『ミニCEO』という呼び方は、自分の中で非常にしっくりきています」
母体「LINE WORKS」が抱えていた、現場コミュニケーションの“空白地帯”
母体となる「LINE WORKS」は、チャットやWeb会議などの機能を備え、国内で高いシェアを誇るビジネスコミュニケーションツールだ。多種多様な業種で活用され、特に現場で働く「フィールドワーカー」から強い支持を得てきた。しかし、小田切氏らが現場の利用状況をひも解いていくと、ある課題が浮かび上がった。
「チャットは便利ですが、結局は『スマホを持って文字を打つ』という動作が必要です。ギリギリの隙間時間で動いている現場の人の中には、どうしても使いこなせない、あるいは使う余裕がないというギャップが生じていました」
その“空白地帯”で、現場の人々は依然として「電話」「大声」「インカム」でのコミュニケーションを余儀なくされていた。そんな折、小田切氏らは驚くべきユーザーの行動を目にする。
「われわれが提供していたWeb会議機能を使って、あえて『つなぎっぱなし』にし、ミュートとアンミュートを繰り返しながらインカム代わりに使っているお客さまがいたのです。そのときは『そこまでして……!』と驚きましたが、それこそが真のニーズだと直感しました」
狂気的なインサイト発掘。街中のインカム利用者に“突撃ヒアリング”
「一度仮説を持つと、街中のあらゆるインカムユーザーが気になって仕方がなくなった」と小田切氏は笑う。そこから、同氏の「狂気的」とも言える徹底した顧客理解のアクションが始まった。
「飲食店や小売店でインカムをつけている人がいれば、客として利用しながら『それ、使い勝手どうですか?』と話しかけました。友人の結婚式でも、スタッフのインカムの使い方を観察し、隙を見て聞き込みをしましたね。狂ったようにヒアリングを重ねる中で、他社のWeb会議ツールを無理やりインカム代わりに使っている現場や、数万円する高級機にしか備わっていない『聞き直し機能』へのニーズなど、一次情報がどんどん溜まっていきました」
データが取れないオフラインの現場だからこそ、プロダクトマネージャー自らが現場に飛び込み、ユーザーの「代替手段(裏技)」を観察する。この泥臭いローラー作戦が、ラジャーのコンセプトを確信へと変えていった。
単なる「インカムのスマホ化」ではない。AIで現場の音声を“資産”に変える
2500億〜3000億円規模とされるインカム・トランシーバー市場をリプレイスするにあたり、小田切氏がこだわったのは「単なる効率化」以上の価値だ。
「LINE WORKSラジャー」の核心には、高度な音声AI技術が据えられている。現場からの音声はAIがフィラー(「えーと」「あの」など)を取り除き、句読点を補って自動でテキスト化される。これにより、現場の「声」はLINE WORKS上の「文字」として記録され、オフィス側のメンバーはチャット画面で内容を正確に把握できる。
「現場は『声』で伝え、本部は『文字』で把握する。この壁をつなぐのがAIの役割です。音声を資産化することで、『言った言わない』のトラブルを防ぎ、現場の暗黙知を可視化できる。インカムという伝統的なツールにAIを掛け合わせることで、まったく新しい事業価値を創出できると考えました」
物理環境の壁。Bluetoothのペアリングという“想定外のUX”
しかし、順風満帆な滑り出しではなかった。クローズドベータから本番運用へ移行する際、ソフトウェアSaaSのプロダクトマネージャーである小田切氏は、ハードウェア特有の「物理環境の壁」に直面する。
「アプリのUI/UXは完璧だと思っていました。ところが現場では、アプリ云々の前に『Bluetoothイヤホンがつながらない』というトラブルが続出したのです」
現場ではイヤホンを個人で専有せず、シフトごとに使い回すケースが多い。昨日Aさんが使ったイヤホンを今日Bさんが使う際、ペアリングの解除と再設定が必要になるが、隣で別の誰かがペアリングを始めると電波が混信してカオス状態になる。
「OSレイヤーの、アプリの外側の話ですよね。でも、ここが解決しないとユーザーはスタートラインにすら立てない。当初、イヤホンは付帯的なものだと軽く見ていましたが、現場のUXではこここそが生命線だと痛感しました」
小田切氏は現場にベタ付きし、あらゆるペアリング導線を検証。オンボーディングフローをアプリ内に組み込み、情報の置き場所を徹底的に工夫することで、この泥臭い壁を1つずつ乗り越えていった。今では、ボタン操作すら不要な「スマート発話・終話」機能や、さまざまな業務用無線アクセサリーへの対応など、ハードウェアを含めたトータルなUX提供に注力している。
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斉木 崇(編集部)(サイキ タカシ)
株式会社翔泳社 ProductZine編集長。1978年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学専門分野)を卒業後、IT入門書系の出版社を経て、2005年に翔泳社へ入社。ソフトウェア開発専門のオンラインメディア「CodeZine(コードジン)」の企画・運営を2005年6月の正式オープン以来担当し、2011年4月から2020年5月までCodeZine編集長を務めた。教育関係メディアの「EdTechZine(エドテックジン)」...
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