「作ることは手段」と分かっていても、測定できるものが目標になる
7月22日に講演された本セッションは、ゲームに関する技術や知識を共有する国内最大級のカンファレンス「CEDEC2026」の招待セッションである。飯沼氏はソニーデジタルネットワークアプリケーションズ、ユニクロ/ファーストリテイリング、マクドナルド、キャディを経て2024年10月に独立し、2025年からは現職として、複数社のプロダクト戦略づくりやプロダクト組織づくりを支援している。店舗を持つ企業でのプロダクト開発が長く、オペレーションとテクノロジーの両方を組み合わせた体験設計を得意とする一方、ゲーム業界での勤務経験は、ない。
その飯沼氏はまず、会場に問いを投げた。予定どおりにものを出し、作業を進めているのに、どうもうまくいっていない。そんな経験はないだろうか。「このページを追加したのにプレイヤーが戻ってこない」「機能は予定どおり出ているのに、コミュニティは盛り上がらない」「メンバーはとても忙しくしているのに、何がどう良くなったのかを説明できない」。時には、担当していたサービスの終了が決まる。
なぜこうなるのか。作ることは手段でしかないと皆が納得している。ところが組織には手段のほうが先に測定できてしまうという残酷な事実がある。先に測定できるものは目標になり、目標は評価に使われる。それを繰り返しているうちに、目的と手段がすり替わる。
「そんなことが起こるというのが、世の中の、悲しい構造かなと思います」
氏はこの講演に来た人々はユーザー価値の重要性をすでに理解しているはずだと前置きした。それでも、異なる考え方の人と衝突し、噛み合わない会話が起き、乗り越え方が分からずに立ち止まる組織が多い。支援先を見ていてもそう感じる、という。
2つの「脳」は人の属性ではなく、成果の定義の違い
その噛み合わなさを解剖するため、氏は2つの考え方を対置した。アウトプット脳とユーザー価値脳である。「アウトプット脳」は、納期・スコープ・予算・完成物を追い、成果とは予定どおりに予定されたアウトプットを出すことだ。「ユーザー価値脳」は、課題解決や行動変容をどれだけ生み出せたか、チームにどれだけ学びがあり将来価値にたどり着ける確度が高まったかを重視し、成果とはユーザーが価値を受け取ることである。
この対立は、しばしば階層の対立として語られる。開発チームからは「経営層は予算のことしか考えていない」、経営層からは「あの人たちにスケジュールを聞いてもよく分からない」。だが氏はここに強い留保を置いた。これは人の属性ではなく、成果の定義の仕方の違いである。だから経営層だから必ずこちら、という図式にはならない。2つは同じ会社の中にも、同じチームの中にも、そして同じ人の中にも同居する。
「私は普段どちらかというとユーザー価値脳寄りで生きているタイプかなと思うのですが、やっぱりアウトプット脳的な振る舞いをしなければならないときは存在していて、同じ人の中でも変わっていくケースがあります」
この留保が、講演の実務的な使い勝手を左右する。噛み合わない相手を「分かっていない人」と評するのか、「いまどちらの成果定義で動いているのか」を見極めるのか。構えがまったく変わる。
断絶の正体は、評価の確定性と時間軸のズレ
では、なぜ2つは衝突するのか。氏は原因を、評価の確定性と時間軸の2つに絞った。
アウトプット脳は予定どおりこなすことに重きを置くため、フォーカスは再現性のある仕組みに向かう。時間軸は四半期・半期・年度といった会計や人事評価のタイミングで、見るのは売上のような確定的な数値だ。すぐには動かないが、確定している。「売上が1億円でした」と発表した会社が、実は5000万円しかなかったとなれば大問題である。
一方のユーザー価値脳は、フォーカスが変化への適応に向く。ユーザーも市場も自分たちも変わるため、届けるべき価値が日々変わるからだ。日々の試行錯誤や1〜2週間のスプリントで価値を積み上げながら、1年後、2年後という長期の視点も併せ持つ。見ているのは行動変容やチームの学びであり、それが経営や市場に反映されるかは未確定だ。
「ユーザーのログイン率が上がりました。これは結構リアルタイムで見られます。では、これは売上につながりますか。いくら売上が上がりますか。と言われたときに、パキッと答えられますか」
売上はアウトプットではなく、アウトカムの遅行指標
ここで氏は、聞き流されがちだが実務では効く一線を引いた。アウトプット脳が見ている数値の中に「売上」がある。ではそれはアウトプット指標なのか。答えは明確に「アウトカムの指標である」だった。ユーザー価値脳が売上を持つことは普通にあるし、持つべきだという。売上を追うことと、アウトプットを追うことは本来まったく別のことだ。
売上はユーザー価値の遅行指標であり、反応が遅い。ログイン率が上がったとして、それが売上になるのは今日か、明日か。分からない。だからこそ経営者は「今日のこの活動は、未来の売上に本当につながっているのか」を確認したくなる。
共通言語がないと、アウトプットだけが唯一の確定事実になる
そのために見るのが、すぐ反応が返る2種類の指標、アウトプットと行動の兆しである。アウトプットは「予定した作業の進捗率は100%でした」で、解釈の余地がなく揉めようがない。行動の兆しは揉める。機能を追加してログイン率が上がったとき、本当にその機能のせいなのか。上がったとして、売上は上がるのか。
兆しが売上にどうつながるのかが分からなければ、確定的で揉めない事実であるアウトプットで判断したくなる。ここから、氏が本セッションで最も強く警告した結論が導かれる。アウトプット脳とユーザー価値脳は、力が拮抗した2大勢力ではない。放置すれば、組織は構造的にアウトプット脳側に寄る。
なお氏は、経営層がユーザーに無関心だという読み筋を明確に否定している。スライドに掲げられた言葉は「対立しているのは関心ではなく、注目する場所である」。ユーザーの行動・体験が良くなり、利用が定着して関係が変わり、最終的に事業の継続可能性につながる。開発チームが見ているのはこの因果の上流にある行動の兆しであり、経営が見ているのは下流の売上・LTVなどの事業指標だ。同じ流れの別地点から、どちらも同じユーザー価値を見ている。
この図は、セッションの終盤で再び現れる。そのとき、まったく違う意味を持ってくる。
「対話しましょう」と「翻訳できる人」は、解決策にならない
2つの考え方があり、断絶が起きている。そう話すと必ず出てくるソリューションがある、と氏は言った。「対話しましょう」である。
「対話をして、なんだかうまくいったよ、というご経験がある方はどれぐらいいますか」。会場を見渡した氏は、短い間を置いてこう続けた。「ですよね、はい。そうだと思います」。対話は重要だが、対話がすべてを解決するとは思っていない、と氏は明言した。
より厄介なのが「スーパーマン」である。2つの考え方の間を飛び回り、双方を解釈して翻訳できる人。プロダクトオーナーやスクラムマスターのように、構造上その立場に置かれやすい職種の人が担っていることも多い。だが、これは破綻する。属人性が高いからだ。その人が会議にいないと話がつながらず、抜けた瞬間、組織はアウトプット脳に戻る。氏はこれを「悲しい真実」と表現した。
では、人を変えればよいのか。アウトプット脳をユーザー価値脳へ「改宗」させようとする動きは、多くの場合失敗する。質疑応答でその具体例を問われた氏は、個社の失敗談ではなく力学として答えた。
「お互いに、こっちの世界に引きずり込もうとするわけです、お互いに。引きずり込む力が強ければ強いほど抵抗が大きくなる。抵抗が大きくなると、『あいつ分かってねえな』と感じてカチンとくるケースも増えていく」
変えようとすることは、労力に見合わない。重要なのは人を変えることではなく、断絶を埋めることだ。アウトプット脳の人がアウトプットを気にした結果としてユーザー価値が生まれる状態になっていれば、それでいい。ここで氏が持ち出したのが、橋という比喩だった。
「スーパーマンのように空を飛ぶソリューションではなく、橋の上を歩くことだったら、みんなできますよね。歩けない人も乗り物に乗ることができる。みんながこれを渡れる状態をつくっていきましょう」
橋をかけるための設計は3つ。実験をつくること、会話をつくること、KPIをつくることである。
