機能で差別化できなくなる日
「作るコストが、どんどんゼロになっていく」
ログラスの経営管理プロダクト部でプロダクト開発責任者を務める二宮智氏は、そう切り出した。AIで開発の速度が上がれば、競合との機能比較表の丸が埋まる速度も上がると同時に、新しい評価軸が生まれる速度も上がる。結果として、機能の差は次々に均されていく。二宮氏は、機能で差別化できなくなる時期を3年以内から5年以内と見積もる。
では、機能で差がつかなくなったとき、プロダクトは何で選ばれるのか。二宮氏が根拠として挙げたのが、ベンチャーキャピタルa16zの記事だ。7つの競争優位がAI時代にどう変わるかを整理したもので、唯一弱くなるとされたのがスイッチングコスト、逆に持続する優位として挙げられたのがブランドだった。
8月31日、ログラスが自社会場で開いた公開イベント「職種の境界が、溶ける。 — AI時代、プロダクトづくりは“誰の仕事”か」は、同社が主催し、Ubie(ユビー)とRightTouch(ライトタッチ)が共催した。事前申し込みは162人。質問ツールSlidoには45件の質問が集まった。
登壇した3社は、二宮氏が述べた前提を共有していた。作るコストが下がり、職種の境界は溶けていく。違ったのは、そこから先だ。3社が出した答えは、同じ前提から出発して、それぞれ別の方向を指していた。
「機能名と社名」から「動詞と社名」の想起へ
二宮氏のセッションタイトルは「PMは、ブランドマネージャーになる。」だった。同名のnote記事でも同じ論が展開されている。
氏の主張はこうだ。プロダクトマネージャーという職種は、もともとマーケティングの4P(Product、Price、Place、Promotion)のうち、Productという1つのPを切り出して生まれている。機能で差別化できるうちは、それで足りた。しかし選ばれる理由が機能の外へ移るなら、残る3Pも同じ人間が束ねるほかない。消費財の世界で4Pを統括する役割は、ブランドマネージャーと呼ばれる。そしてブランドマネージャーは、実質的に事業責任者である。二宮氏が「PMはブランドマネージャーになる」というとき、それは「PMは事業責任者になる」と言っているのに等しい。
ブランドという言葉は、そのままでは輪郭がつかみにくい。二宮氏はこれを「信頼」と定義し、純粋想起・第一想起として現れると説明する。自社に当てはめると、こうなる。
「『経営管理と言えばログラス』というように、機能名と社名がひも付いていました。ところが、機能で差別化できなくなってくる。だから、『経営を変えると言えばログラス』というように、動詞と社名が結び付く世界が来ると考えています」
機能名と社名のペアから、動詞と社名のペアへ。この一行が、抽象的なブランド論を実務の目標に変えている。前者は「その機能が要るときに思い出してもらう」ことを狙い、後者は「その課題を考えるときに思い出してもらう」ことを狙う。指す範囲も、競争相手も変わる。
ログラスがこの考え方を業務へ落としているのが「プレスリリース逆算」である。PRD(製品要求仕様書)を決める段階で、まず想定するプレスリリースを先に書く。関わるのはプロダクトマネージャー、PMM(プロダクトマーケティングマネージャー)、BXデザイナー、広報PRの4職種だ。どう世に届けたいかを設計段階で決めてから、中身を作る。
これは、プロダクトをつくる現場の外側へ出ていく答えだ。同じ前提から、正反対の方向へ動いた会社があった。
1人で作ってみたら、7割で止まった
Ubieのプロダクトプラットフォーム部でプロダクトマネージャーを務める敷地琢也氏が立てた仮説は、単純だった。AIを使えば、1人で全部作れるのではないか。
敷地氏はエンジニアとして2015年にリクルートへ入社し、2017年にUbieの一人目の従業員として参画、2020年にプロダクトマネージャーへ移っている。セッションタイトルは「PdMをやめて、“プロダクトビルダー”という働き方に変えました」。約3か月かけて自分で検証した記録が、この日の題材だった。
対象は、医師向けに診察室の会話を音声認識してカルテを書く機能。複数のAIエージェントを並列で走らせた。ある程度動くものは、確かに1人で作れた。
壁は2つあった。
1つ目は、専門領域の深いところに、AIと自分だけでは届かないこと。デザインでは、情報設計の引き出しが出てこない。エンジニアリングでは、音声認識の精度に2〜3週間詰まり、CTOに評価基盤を作ってもらうと一晩で10ポイント以上改善した。医学では、社内の医師から「ストーリーのあるカルテにしたい」という要求が出た。カルテを書いたことのない人間からは、出てこない要求だ。
「答えは、自分の頭の中ではなく、同僚の専門性の中にあることが多いのです」
2つ目は、現場を知らずに作ったものは刺さらないこと。最初に作ったものを社内の医師に見せると酷評されたので、敷地氏は導入先の病院に通い、診察の現場に張り付いた。議事録に残らない声色や表情、その場の空気にプロダクトの本質が詰まっていたという。作り直した音声認識の画面は、現場で「すごい」と受け止められた。敷地氏はそれを「1人でこもって作っていた頃には決してたどり着けなかった評価」と振り返る。
「AI開発は効率化が進んだからこそ、空いた時間を使って現場に出ていくことが大事なのです」
3か月の結論は、1人で作れる範囲の線引きだった。
「1人で作れる範囲は7割ぐらいまでです。そこからは越境して、人とコミュニケーションを取りながら進める必要があります」
Ubieは職種を「プロダクトビルダー」に統合している。自分の専門性を軸に置きながら、顧客価値を届けるところまでやりきる人、という定義で、エンジニアもデザイナーも医師もプロダクトマネージャーも、まとめてプロダクトビルダーとして採用する。実際に医師がプロダクションコードを書き、デザイナーが現場に行って実装もする組織だ。
プロダクトマネージャーの変化を、敷地氏はこう言い換えた。「翻訳して渡す調整役から、越境して作りきる人になっていく」。
ログラスとUbieは、正反対の方向を向いている。一方は事業と市場の側へ、もう一方はつくる現場の側へ。ただし共通点もあった。どちらも線を引き直したのは、プロダクトを作って届ける側の内側にとどまる。作り手と顧客のあいだの線には、手を付けていない。3社目は、溶けたのはそこではないと言った。
