エージェントを作ることは、もう課題ではない
Pendo.io, Inc. 共同創業者兼CEOのTodd Olson(トッド・オルソン)氏は、講演を「シェルフウェア」という言葉で締めた。棚に置かれたまま使われないソフトウェアを指す業界の言い回しである。流行にのって数を作ること自体は、もう論点ではない。作ったものすべてを棚卸しして、実際に使われているかを確認してほしい、というのが同氏の主張だ。
この問いを投げたPendo(ペンド)は、2013年創業の米国企業で、本社はノースカロライナ州ローリー。Webやモバイルのアプリからユーザーの行動データを収集し、つまずきを特定してノーコード・ローコードでガイドやメッセージを配信できるプラットフォームを提供する。
日本では「ソフトウェア体験管理プラットフォーム」と位置づける。従業員800名超でまだIPO前、顧客数はフリー版を含め1万5000社、エンドユーザー数は10億人以上(自社発表値)。そして近年、その収集対象のなかにAIエージェント自体が入ってきた。
Olson氏が日本市場に期待を寄せるのは、労働力不足を背景にエージェント活用が進むと見ているからだ。だからこそ、その質が問われていく。投影資料では、2025年国勢調査で人口減少が過去最大を記録したことと並べて、内閣府の「人工知能基本計画(第Ⅱ期)」(2026年7月14日閣議決定)から「組織の意思決定や業務処理の速度を上げるエージェント型AIをいかに社会に実装していくのか、その在り方は経済力、防衛力、技術力といった国力に直結するものとなっている」という一節が引かれていた。
この問いは、続いて登壇した日本法人社長の花尾和成氏のパートで、日本企業の現実として具体化される。花尾氏は、AI導入だけではもはや競争優位に立てないという前提を置いたうえで、日本企業が直面している課題を3つに整理した。
第1に、AIが使われているかどうかがわからない。第2に、使われていることはわかるが、どこで価値が生まれているかが見えない。そして第3に、ROIを経営層に説明できない。「これが1番多いかもしれませんね」と花尾氏が挙げたのは、2つ目の課題だった。
3つ目が重いのは、AI投資が「何かをやめて振り向けた投資」だからである。大手企業ではAI投資だけで2桁億円規模に達することも珍しくなく、他を止めて確保した予算であれば説明責任が発生するのは当然だと花尾氏は言う。紹介された証券会社CxOの声は切実だった。2030年までに数百人単位の社員のうち35%が定年退職を迎え、派遣人材で補おうにも人口減でコストは上がる。内製化に舵を切ったが、まだ道半ばだという。
「実際にAIを導入したが、何が変わったかわからないなんてCxOレベルの方からの声を、よく日本でもお聞きする」と花尾氏は語る。エージェントを作る力はすでに手に入った。見えていないのは、その先にあるものだ。
コンテキストのないエージェントは、品質が低い
見えていないものは何か。Olson氏はそれを「ギャップ」と呼んだ。AIエージェントを賢くしていくには、データとコンテキスト(文脈)、学習データを常に与え、うまく動いているかを確認しながら改善し続けるインフラが必要になる。しかし現状はそれができていない、という診断である。
ここで言うコンテキストは3つの層に分かれる。1つ目は、ユーザーやエージェントが何をし、どんなアクションを起こしたかを数字で押さえる定量的なデータ。2つ目は、人間が何を求め、それにエージェントがどう答えたかという定性的な情報で、エージェント同士の通信もここに入る。3つ目が、そのアプリケーションが物流倉庫や工場の現場、小売の在庫と販売のなかでどう使われているかというビジネス上の文脈である。
注目すべきは、Pendoが集めたコンテキストを自ら使ってアクションを起こす設計にはなっていない点だ。Olson氏は、MCP(Model Context Protocol)経由でつながった外部のビジネスインテリジェンスやエージェントにデータとコンテキストを手渡し、そちらがアクションを促すという役割分担を示した。例に挙げたのは経営層向けの説明資料の作成だ。従来はダッシュボードのスクリーンショットを撮って組み立てていた作業が、Claudeのようなツールで完結する。
では、AIエージェントにコンテキストを供給するレイヤーは他にも育ちつつあるなかで、Pendoはどこを担うのか。この点は講演本編では踏み込まれず、質疑応答で記者から問われて初めて輪郭が出た。
「コンテキストなきエージェントのアクションというのは、正直に言って品質が高くないという現状があります。そのため、コンテキストを掴むことがエージェントのクオリティを左右すると考えています」
そう前置きしたうえで、Olson氏はコンテキストを供給するレイヤーが複数出てくること自体は認め、Pendoだけがそのレイヤーだと主張しているわけではないと断った。そして差別化点を1つに絞った。
「私たちの唯一無二の差別化ポイントっていうのは、そのユーザーが実際にエージェントに対してどういうアクションを取っているのかというデータを直接持っているというところです」
つまりPendoが立てている旗は、扱えるコンテキストの守備範囲の広さではなく、行動データの出自にある。ユーザーの行動を直接把握することによって意味のあるコンテキストを提供する、という立ち位置だ。
これは製品比較の話に留まらない。AIエージェント時代にプロダクトアナリティクスを選ぶプロダクトマネージャー(PM)にとって、「そのツールは、エージェントに対するユーザーの行動そのものを一次データとして持っているか」は、そのまま評価軸になる。加えて、集めたコンテキストをMCPなどで外部エージェントへどう開放するかという設計判断も、ツール選定とガバナンス設計の実務論点として立ち上がってくる。
つまずきを検知し、先回りする
行動データを持っていると何ができるのか。Olson氏は旅行サイトを題材にしたデモでそれを示した。Pendoはユーザーの「つまずき」をリアルタイムに検知し、その場で使い方のガイドをエージェントが自動生成して届ける。航空券を予約しようとして途中で離脱したユーザーには「どうなさいましたか」というメッセージが即座に出る。「ここが使いにくい、直してほしい」というフィードバックを受け取れば、それをサイトの開発チームへ連携する。
もっとも、この種の先回りが歓迎されるかどうかは別の話だ。その懐疑を口にしたのは、他社ではなく花尾氏自身だった。
「エージェントが動いて色々手を差し伸べてくれても、定型的なメッセージで『どうなさいましたか』みたいに聞かれても、いやいや、こっちは困ってんだよという風に思うと思います」
だからこそ、文脈や状況をすべて吸い上げて連携し、エージェントが状況をわかって見ていたかのように動くことが要件になる。花尾氏はそれを「エージェントをだんだん人のようにしていくのがPendoの能力」と表現した。
検知の閾値については質疑応答で説明があった。短い時間に何度も同じところをクリックする「レイジクリック」や、同じ場所を行き来する「Uターン行動」をPendo独自の定義で判断してエージェントに送るが、閾値やアラート条件は開発者側でカスタマイズできる。後手で反応するのではなく先回りして開発者と伴走するコンセプトだという。
顧客の活用事例も紹介された。米国最大手のチケット販売事業者であるTicketmasterは、エージェント上でPendoのアナリティクスを使って購入者の行動を分析している。エージェントがうまく機能せず、ユーザーが苛立って鋭い言葉を発してしまう「レイジプロンプト」について、投影資料では成果として53%の削減が示された。あわせてユーザー定着率82%、初期パイロットを超えたユーザー基盤の拡大が約60%という数値も並んでいた。
国内では東急コミュニティーが、社内のBox活用推進の一環でPendoを使い、社員ごとの活用状況をモニタリングしてパーソナライズされた報告書を作っている。プレスリリースでは、同社が現場実態に基づいた「活用事例集」を生成AIで5分で作成できるようになったこと、教育系のTeachableでAIカスタマーサポートエージェント「Fin」がPendoのデータを活用し人の介入なしで会話の86%を解決していることも紹介されている。
ここまでは、すでにあるソフトウェアの使われ方を見る話である。だがOlson氏は講演の後半で、見る対象そのものが変質しているという話題に移った。前日の朝、あるエンジニアと面談して聞いたという話を、同氏はこう紹介した。「従来であれば3か月ぐらいかかったプロジェクトも、4時間でできるようになった」。
