- プロジェクトマネジメントDAY 2026(システムインテグレータ)
「PM」が誰の略称かという争いは、決着ではなく消滅した
及川氏はMicrosoftやGoogleでプロダクトマネジメントとエンジニアリングマネジメントに携わり、2019年にTably(テーブリー)を設立した。プロジェクトマネジメントの専門イベントに立つ自分を「完全にアウェイ」と笑いながら、その垣根はもう意味を失いつつあると切り出す。
東京には「むさこ」と呼ばれる街がある。武蔵小杉、武蔵小山、武蔵小金井の3つが、その略称は自分のものだと日々争っている。及川氏によれば、「PM」をめぐる状況もこれと同じだ。プロダクトマネジメントを経験した人間には「PM」はプロダクトマネージャーの略だが、この日の聴衆の大半にとっては当然プロジェクトマネージャーを指す。
「そういった争いは、もはやいらなくなってきていると考えています」
争いが消えたのは、どちらかが勝ったからではない。前提が変わったからである。
及川氏の会社の研修では、プロダクトマネージャーは何を作るか(WHYとWHAT)を決める人、プロジェクトマネージャーはそれをどう実現するかを品質・コスト・納期(QCD)で司る人、と区別してきた。だがこの線引きはすでに揺らいでいる。
プロジェクトマネジメントの知識体系である「PMBOKガイド(プロジェクトマネジメント知識体系ガイド)」は、2021年公開の第7版以降、価値志向を組み込んだ。プロジェクトマネージャーの職務はいま、「どう実現するか」に加えて価値への責任を含み、QCDに加えて成果の提供までを担うものとして定義されている。
そこにAIが加わり、作ることをAIが担えるようになった。「『価値の提供』を軸に、両者の境界は溶けつつある。AIが『作る』時代に、この役割はどちらも人間に残る」。スライドにはそう記されていた。
では、人間に残る役割とは何か。及川氏は講演を1つの問いに集約した。
「作ることが安くなった時代に、人間は何をマネージし、オーケストレートするのか」
「完成」はゴールではなく、関係性の始まりになった
答えの前に、何が変わったのかを押さえておく必要がある。
かつてのものづくりを支えていたのは、及川氏が「計画駆動型開発」と呼ぶ世界観だ。要件を確定し、計画・設計を経て実装、テスト、納品へ進む。前提は「未来は予測できる、要件は確定できる」ことだ。完成が価値の確定を意味し、価値は製品に埋め込まれると考えられた。だからQCDを守り、逸脱を抑えることが管理の本質だった。
「製造業中心の経済では、この世界観は極めて合理的でした」
前提を崩したのは、ソフトウェアが常時接続され、更新され続ける存在になったことである。パッケージ配布はクラウドと常時接続に、売り切りモデルはリカーリングモデルに変わった。
価値が確定するのは引き渡しの瞬間ではなく、顧客が使っている最中になった。完成はゴールではなく、関係性の始まりになったのだ。ショッピングモールやホテルと同じだと及川氏は言う。器を作って終わりではなく、店舗を入れ替えながら魅力を保ち続けて初めてビジネスが回る。
だから開発は価値探索型に移る。仮説を立て、MVP(仮説検証のために機能を絞り込んだ製品)を出し、検証し、学習してまた仮説を立てる。この学習速度そのものが競争力になり、リリースはゴールではなく実験の開始になる。
及川氏の経歴がその転換を体現している。MicrosoftでWindowsを開発していた頃は、新バージョンを出荷すれば開発チームの役割はいったん終わった。ところがGoogleでWebプロダクトを手がけると、出したあとが本番だった。思惑どおり使われているかをログで分析し、新しい仮説を立てて回し始める。
マーケティングの理論とも重なる。VargoとLuschが2004年に提唱した「S-D Logic(サービスドミナントロジック)」では、価値は交換時に確定せず、使用時に顧客との共創で立ち上がる。「価値というのは、あくまでもお客様の方で生まれていく」。要件を固められないのであれば、問われるのは「どう作るか」ではなく「何を作るか」になる。
AIが飲み込んだのは、まだ「どう作るか」だけである
その「何を作るか」に、AIが決定的な変化を持ち込んでいる。
及川氏が引いたのは、スタンフォード大学客員教授でDeepLearning.AI創設者でもあるAndrew Ng(アンドリュー・ン)氏の言葉だ。「昔は6人のエンジニアで3か月かかったものが、今では週末でできる。決めるのは『何を作るか』だ」。ポッドキャスト「No Priors」第128回(2025年8月)での発言である。
コードを書く部分の多くは、いまやAIで代替できる。影響は実装工程にとどまらない。企画、仕様、設計、実装、品質確認、リリースという一連の工程すべてに、すでにAIエージェントが存在する。及川氏はClaude Codeのスキル機能を例に挙げ、「プロダクトマネジメントのスキルがとてつもなく優秀で、作りたいものさえあれば、相談していくことでかなりのものが作れる状態になっています」と語った。
ここで及川氏は重要な区別を置いた。「何を作るか」は2つに割れている、という。生成物としてのWHATと、なぜ・誰のために作るのかというWHY。前者はAIが担い、後者は人間に残る。
もう一つ、取り違えると評価を誤る区別がある。アウトプットとアウトカムだ。アウトプットは作った量や速さで、機能の数やリリース頻度がこれにあたる。アウトカムは生み出した価値であり、顧客の課題が解けたか、事業の成果につながったかを問う。「AIが増やせるのは、ほとんどがアウトプットなんです」。AIを使ってアウトカムを考えることはできるが、アウトカムが自動で増えることはない。
そして、その帰結が冒頭の落差である。「大量に作れ」と最も強く号令をかけてきた企業たちが、いま揃ってブレーキを踏み始めているのはなぜか。
トークンは新しい石炭であり、燃やすほど廃棄物も増える
及川氏が挙げたのは3社だった。Uberでは約5000人のエンジニアのほぼ全員がAIツールを使い、年間予算を4か月で使い切った。同社はツール1つあたり月1500ドルという上限を設ける。社長兼COOは「その線は、まだ引けていない」と語ったという。Microsoftは社内のAIコーディングをGitHub Copilot系へ一本化し、「自社で形を作れる道具を選ぶ」と説明した。背景にはトークン課金の膨張がある。Amazonは、AIが生成したコードによる本番障害をきっかけにガードレールを設けた。
共通するのは、出力は増えたのに成果が増えていないという課題である。及川氏は冒頭の66%と20%の差を46ポイントと算出したうえで、「使えた」と「成果が出た」は別だと指摘した。理由は「測り方」にある。Four Keys(DORAメトリクス)、SPACEといった開発生産性の指標は、いずれもどれだけ速く、多く出せるかを測るものにとどまる。「デプロイが速くても、誰も使わなければ事業価値はゼロ」なのである。
ここで及川氏が引いたのが、Palantir(パランティア)の最高技術責任者(CTO)Shyam Sankar(シャム・サンカー)氏の「トークンは新しい石炭」という比喩だ。及川氏はこれを受けて、燃やせば燃やすほどゴミも増える、と続ける。石炭を燃やす蒸気機関車は前へ進むが、代わりに大量の廃棄物を出す。コードも同じで、事業成果に結びついていないものは廃棄しているに等しい。
だとすれば、計器を張り替えるしかない。生成量ではなく廃棄率を測る。出力と成果のダッシュボードを分ける。支出に上限を引く。「これはまさに、今までどおりのプロジェクトマネジメントの仕事そのものなんですね」。品質とコスト、スケジュールのバランスを取る仕事は、AIが作る時代になっても人間に残る。
もう一つ、及川氏が強調したのがAIの性質だ。DORA(DevOps Research and Assessment)のレポートが指摘するとおり、AIは増幅器であり、組織の強みも弱みもそのまま増幅する。ナレッジや顧客理解が薄い組織が使えば、薄い出力が大量に増える。及川氏の言葉を借りれば「ゴミの量産」だ。逆に、それを持つ組織が使えば出力から成果への線を引ける。回路をつなぐのは、燃やしたトークンの量ではなく組織の知なのである。
AIに作業を任せることと、考えを明け渡すことは別である
では、その組織の知はどこで発揮されるのか。及川氏はここで「相互増幅」という言葉を持ち出した。
AIに作業を任せるのは外部委託である。しかし、考えそのものを明け渡すのは降伏であって、両者はまったく違う。返ってくるアウトプットが大量で、しかも中身も良いと、AIの言うとおりに受け入れてしまいがちだ。それをやれば、ナレッジの薄い組織と同じ結果に行き着きかねない。
及川氏が提案するのは逆の構えだ。自分の考えを持ってAIの回答を受け止め、分からないところは自分が理解して知識を上げる。AIが自社のナレッジを持たずに誤った推論をしたなら、こちらの知識を分け与える。考えの中心と最後の表現は、人間が握る。
その握るべき「考えの中心」とは、具体的に何を指すのか。
