最高の知能は格安になった。それでも、社会には届いていない
福島氏は、LayerXの代表取締役CEOである。この日のキーノートは本来、CTOの松本勇気氏が登壇する予定だったが、体調不良で欠席したため、オープニングに続いて福島氏が代わりに壇上に立った。投影された資料は松本氏が用意したものだ。
最初に示されたのは、AIモデルの価格の急落である。2025年11月に登場し、多くの開発者がClaude Codeと組み合わせて驚いたOpus 4.5は、100万トークンあたり入力5ドル・出力25ドルだった。一方、今年7月時点のGPT-5.6 Lunaは入力0.2ドル・出力1.2ドル。単純に比べても、入力で25分の1、出力で約20分の1になる。しかも、性能はLunaのほうが上回るという。中国製のオープンウェイトモデル(モデル本体が公開され、自社の環境でも動かせるAIモデル)も、軒並みOpus 4.5の性能を超えながら、価格は数十分の1に収まっている。
「年を追うごとにものすごく賢い知能が出てきて、しかもコストが下がる。我々は、かつて誰も生きたことのない時代に生きています」
ただし、福島氏がこの日「覚えてほしい」と強調したのは、進歩の速さではなく、その反対側にある遅さのほうだった。LayerXは、AI-OCRのように「AIエージェントの一歩手前」にあたる、AIで仕事を補助するプロダクトも提供している。
「そうしたプロダクトですら、世の中の普及率はおそらく良くて10%ぐらいではないかという感覚です。LLMを使えば帳票を読み取れることは、AIを触っている人ならほとんど知っているはずです。でも、そんな単純なことですら、まだ普及していません」
AIモデルの賢さと、社会に実際に届いた価値との差。福島氏はこれを「吸収ギャップ」と名付けた。人間が働いて対価を得る労働市場は数百兆円の規模があり、その大部分をエージェントが手伝い、あるいはエージェント自身が仕事を完了させる時代がこれから来る。人口が減っていく日本にとって、この差をどう埋めるかは、とりわけ重いテーマになると同氏は位置づける。
その手がかりとして挙げたのが、最近よく聞かれる「ループを閉じる」という考え方だ。AIに仕事をさせて終わりにするのではなく、その結果を評価し、改善して、次の仕事に反映するところまでを、1つの循環として回し切ることを指す。
第一の関門は、エージェントを企業の内側に持ち込むこと自体にある。エージェントはさまざまな道具やデータに触れるため、セキュリティ、権限、組織のルールを踏まえて動かさなければならない。そのうえで、仕事を評価し、改善を考え、修正・テストして仕事に戻す。仕事をすればするほど成長する従業員のようなエージェントを企業の内側に作れるかどうかが、ポイントになるという。
個人が速くなっても、会社の数字は動かない
技術の面では、この1年で想定以上に進んだ。1年前のBet AI Dayで松本氏は、業務の自動化を車の自動運転になぞらえ、世の中ではレベル2が普及し始めた段階で、AIはレベル3まで行けると語っていた。福島氏はその予測を「まあまあ当たっていた」と振り返る。
そのうえで、現状はレベル3にあり、特定の条件下ではレベル4、つまり業務をAIがほぼ自動運転し、例外処理やチェックもエージェントが判断して、人間は残りの例外だけを見る段階まで届きつつあるとの見方を示した。
背景には4つの環境変化がある。エージェントが自律して仕事を進める能力の向上、コーディングのように「作ること」自体の希少性が下がったこと、トークン消費をめぐる考え方の転換、そしてチャットで指示するのではなく、メールや書類の到着といったイベントを起点に動く常駐型のエージェント(Ambient Agent)の広がりである。
ところが、技術がそこまで進んでも、会社の成果にはそのまま結びつかない。この3年で、ChatGPTやClaude、Copilotの個人利用は大きく進んだ。Excelの作業やカレンダーの調整、メールの仕分けは速くなり、個人の生産性はたしかに上がっている。
「では、メール処理が速くなった、資料作成が速くなった。それで結局、売上は上がったのか、コストは下がったのか。プロダクトのアウトカム(価値)は出るようになったのか。そう考えると、まだギャップがあります」
原因は、使い方が個人に閉じていることにある。投影されたスライドでは、Aさん、Bさん、Cさんがそれぞれ別のツールを別の使い方で使っている状態が描かれ、「プロンプトが属人化」「データがつながらない」「権限管理が弱い」「再現性が低い」「ナレッジが蓄積されない」「コストが見えない」といった課題が並んだ。いまは各自がローカルのPCでMCPをつなぎ、APIのコネクターをClaude Codeで実装することもできる。だが、全員がそれをやれば、同じ手間があちこちで重複するだけだと福島氏は指摘する。
そこでLayerXは、業務知識、データ・API連携、権限・セキュリティ、ワークフロー、コスト管理を、組織共通の基盤として整備している。スライドの言葉では「組織の全員が、同じ品質・同じ安全基準でAIを業務に活用できる」状態だ。これが同社の言う「組織AI」である。
もっとも、この結論は机上で導かれたものではない。LayerX自身が全社員にAIを開放し、福島氏の言葉を借りれば「会社のコストに影響を与えるレベルで」トークンを使ってしまった経験から生まれている。
