勝てるプロダクトは、勝てる市場選びから始まる
エンジニアである前に、事業を勝たせることが全員に求められている。では、勝つとはどういうことか。
「ぐっと巻き戻していくと、市場選びから始まるというのが僕の持論です」
7月22日発売の著書『勝てるプロダクト開発の教科書』(翔泳社)も、第1章の冒頭は「身も蓋もないことを言いますが、勝てる市場選びがすべてを決める」で始まる。
例に挙がったのはBlackBerryだ。物理キーボードでメールを効率よく打てることが価値であり、圧倒的なユーザビリティだと言われた。ところがiPhoneが登場し、直感的なタッチ操作とアプリによる拡張という新しい戦場が生まれた瞬間に、勝敗は決した。BlackBerryが悪手を打ったわけでも、iPhoneが特別なことをしたわけでもない。市場が変わったのだ。どれだけ強いチームでも、戦う場所を間違えれば勝てない。
では、勝てる市場とは何か。条件は3つ挙げられた。1つ目は成長市場であること。同氏はこれを「上りのエスカレーター」と呼ぶ。業界ごと伸びているのか、それとも縮んでいるのか。業界は伸びているのに自社だけが縮んではいないか。2つ目は圧倒的なナンバーワンの不在で、まだ挑戦の余地があることを意味する。3つ目が、独占的な立ち位置、いわゆるモート(競争優位性)を築けること。この3つが重なる場所が勝てる市場になる。
市場を見つけたら、次に来るのは「なぜ自社がそこに挑むのか」だ。蜂須賀氏はこれをWhy meとWhy nowの2軸で問う。勝てる市場が水産業にあったとして、ITのプロダクトを手がけてきた会社がそこへ行く理由はあるのか。「強みないですよね、新規参入ですよね、会社を一から立ち上げるのと変わらなくないですか?」。原体験、既存事業で積み上げた資産、思想。このいずれかに接続していなければ、Why meは立たない。
Why nowの見方はもっと単純だ。技術・制度・インフラ、社会・文化、競争環境・産業構造。この3つのどれかが動いたときが「今」である。AIが使えるようになったこと自体が、その一例にほかならない。
「2年前ではなぜダメなのか、2年後ではなぜダメなのか」
越境1.0から越境2.0へ、そしてジョブ型の終焉
なぜ、そこまでエンジニアが引き受けなければならないのか。理由は速度にある。顧客にセールスがヒアリングし、PMが要件を決め、エンジニアに渡す。要件が詰まっていなければ差し戻し、顧客の時間をもう一度もらう。その往復にかけられる時間は、もうない。同じことを1人で回してしまう人や組織が、すでに現れているからだ。
この速度に追いつくために、越境という言葉の意味そのものが変わっている。それが蜂須賀氏の見立てである。
越境1.0と名付けられたのは、これまでの越境だ。仕事の範囲はエンジニアという専門領域で、そこに余裕のある人が他のチームへ助言したり、顧客のところへ同行したりする。それは「自分の成果を上げた人にだけ許されていたもの」だった。
対して越境2.0では、仕事の範囲そのものが専門領域ではなくなる。範囲は最初から全部で、そのなかに「私はエンジニアリングがより得意です」「隣のCSは顧客のことが得意です」という差があるだけになる。
「その得意を抜きにしたら、みんなやっている仕事は一緒。これがいわゆる、世の中で言われている職種の壁が溶けるという話だと理解しています」
営業もプロトタイプを作り、エンジニアも営業をし、総務も社内ツールを作る。「これ、実際もう起きている会社さんがあるんじゃないですか」。セキュリティが不安なら、同じ仕事の中で得意な人がそこをカバーすればいい。
この流れを、同氏は「ジョブ型の終焉と総合職の復権」と表現する。復活を意味する復権という言葉を選んだのには理由がある。昭和の働き方がそうだった、というのだ。営業課のなかに、電話が得意な人、手土産選びがうまい人がいる。得意は違うのに、役割はみな同じ営業であり、総合職だった。新しいことではなく、日本の企業はもともとこれが得意だったのではないか。だから、その時代に戻るという意味で復権なのだという。
なお、これはエンジニアだけの話ではない。顧客と事業を代弁してきたPMもまた、同じ土俵に立つことになる。
では、全員が総合職になるのか。答えは否だ。セキュリティ、アーキテクト、R&D、ファイナンス、リーガル、広報は専門職として残る。問題は、総合職が多数を占める世界で、この専門家たちとどう組むかである。
