高速に作れる時代は、高速にゴミを生み出す時代でもある
講演が行われたのは7月17日、2日間の会期を締める最終セッションである。登壇した蜂須賀大貴氏は、テクノロジーメディア「Newbee」を運営し、外部CPOとして複数社をプロダクトの側面から支援している。IMAGICAでエンジニアとしてキャリアを始め、フリーランスのプロダクトマネージャー(PM)、サイカ、PIVOTを経て、2025年3月にNewbeeを創業した。
AIによって状況が変わるなかで、蜂須賀氏がまず投げかけたのは2つの問いだった。「作れる人は増えた。では、良いものを作れる人は増えたのか」。そして「AI時代に、エンジニアはどこまで越境するべきか、しなければならないのか」である。
なぜこの2つなのか。AIは作る力を民主化した。経営者も、営業も、CSも、いまやプロトタイプを作れる。それにともない、エンジニアに求められる役割もコーディングから意思決定へ移りつつある。AIから「これで合っていますか」「どちらの方向に行きますか」と問われ、それに答えるのが仕事になってきたからだ。
とはいえ、プロトタイプが作れることと、エンジニアリングが回ることは別である。そこは会場の全員が身にしみているはずだと共感を示したうえで、蜂須賀氏はこう言語化した。
「高速に作れる時代は、高速にゴミを生み出す時代でもある」
無限に作れるようになったが、本当に価値のあるものを作れているのか。例に挙がったのは記事だ。読んでいて「これは明らかにAIが作った」と分かる言葉選びの癖がある。同じことが自社のプロダクトで起きていないか。
とにかく動くものを作る、小さく作って試す。そうしたアプローチはよく知られている。だが、AIが作ってくれるのだから仕様書もPRD(プロダクト要求仕様書)も設計もいらない、とまで言い出すと話が違う。小さく作ることと、価値のあるものを作ることは別だからだ。初めてバイブコーディングをやった人たちは、そこまでできているだろうか。
使われないものに、フィードバックループは回らない
いわゆるMVP(Minimum Viable Product)の話である。示されたのは、この言葉の説明に長く使われてきた図だった。機能(Functional)、信頼性(Reliable)、使いやすさ(Usable)、心を揺さぶるデザイン(Emotional design)。本来のMVPは、この4層を薄く斜めに切り出したものを指す。
「機能の下の小さい部分だけを作るのだったら、正直いらないものができている」
理由は顧客の側にある。価値を感じないMVPは、そもそも試してもらえない。触ってもらえたとしても、「これから良くしていくので一緒に育ててください」という頼みは通らない。「別に育ててもらわなくていい、他のプロダクトを探すので」と言われて終わる。
その判断を分けているのは、仕様の議論には出てこない軸である。感情だ。
「初めて触ったプロダクトがなんかいけてないなと思ったら、一緒に育てようという気持ちが湧きますか?」
逆に、センスがいいから応援したくなることもある。どちらも感情が動かされているのだ。そしてこれはBtoCに限った話ではなく、BtoBのプロダクトでも同じだと同氏は言い切った。4層のうち上の3つが欠けていれば、ユーザーは育てる気にならない。スライドの言葉を借りれば、「使われないものに、フィードバックループは回らない」。
ユーザーとしての自分はそれを知っている。なのに、自社のプロダクトを作るときにはなぜ度外視してしまうのか。だから、作る段階から売れることと使われることを考えなければならない。
「作ったものをいかに売っていくかではなく、売れるものを作る」
誰でも作れる時代に、作ってから売り先を探しても、同じようなものは山ほどある。価値を感じてもらえなければ、買ってはもらえない。裏を返せば、ここを押さえられるエンジニアやPMの価値は変わらないし、これからも必要とされる、というのが蜂須賀氏の見立てである。
「あとは価値を考えてください」という手のひら返し
かつて、エンジニアは社内でもっとも貴重なリソースだった。だからコーディングに集中してほしい、それ以外はPMや他の部署が巻き取る、と言われてきた。事業や顧客のことは、スコープの外に置いてよかった。「むしろスコープの外にすることが称賛されていたとすら思っています」。
その前提が、AIによって覆った。作る技術が民主化されたとたん、周囲は手のひらを返したように言い出す。「コーディングはAIがやってくれるので、もっと価値を考えてください。エンジニアリングだけしていてはダメですよ」と。
「嫌な世の中だなと僕は正直思っています。手のひら返しじゃん、と」
それでも、残念ながら時代がそうなってしまった以上、受け入れてどう変われるかがエンジニアの生存戦略に関わってしまう、と同氏は言う。こんなことを考える必要は、本来なかった。だが、考えなければならないタイミングが来た。だから、と蜂須賀氏は続けた。
「諦めましょう」
事業責任者やPMが考えたことを理解していればよかった時代は終わった、という意味である。「某アニメ映画ではないですが、われわれはどう生きるか、みたいな状態にされている」。
こうして差別化の軸は、作る技術から意思決定の質へ移る。アーキテクチャや非機能要件を決める仕事は人間に残るが、それはこれまでリーダー層やアーキテクトに任されていた判断でもあった。それが急に全員に求められるようになり、その水準も上がった。
このページは3秒待たせても許されるビジネスなのか。100人に耐えるインフラで足りるのか、スパイクして1万人になることはないのか。
「仕様として正しい正しくないではありません。お客さまや提供する相手がどういう人なのかが分かっていないと、意思決定できなくないですか?」
裏を返せば、これは新しく増えた仕事ではない。エンジニアがずっと決めてきたことである。変わったのは、その判断の根拠を事業の言葉で説明できるかを問われ始めた点だ。
P/Lは損益計算書、B/Sは貸借対照表を指す。事業の数字も目標も知らないまま下した技術判断が、事業に効くのか。その問いへの答えを、蜂須賀氏は市場選びから説き起こした。
