12歳からコードを書き続けてきたベテランエンジニアが直面する、AIネイティブ世代からの「宣告」
小学生のころから約35年間にわたり、プログラミングに取り組んできたNECソリューションイノベータの森松氏。C言語、Java、Python、JavaScript、TypeScript……時代の変遷とともにいくつもの言語を操り、クラウド基盤から大規模アプリケーションまで、エンタープライズ領域でエンジニアリングの粋を尽くしてきた。47歳になった今、「イノベーションラボラトリ」という、正解が分からない未来に挑戦する部門で、生成AIを用いた次世代の開発プロセスを探索している。
そんな森松氏に、自身のアイデンティティを揺さぶる出来事が起きた。きっかけは、先述した娘からの問いかけだ。「勉強でわからないところは何でも回答してくれる」とAIの利便性を当然のものとして享受する若い世代にとって、父が35年かけて積み上げてきた「技術」は、もはや特別なものではないのである。この問いは、森松氏にとって単なる家族の会話ではなく、「本当にエンジニアという職業は終焉を迎えるのか」という、全エンジニアが向き合うべき根源的な問いへと昇華された。
事実、現在のAIツールの進化は凄まじい。Claude、Gemini、GitHub Copilot……AIがコードを書くのは当たり前になり、設計、テスト、ドキュメント作成といった全工程での適用が進んでいる。森松氏が35年をかけて培った知識でさえ、AIはすでに学習済みなのである。大学入学共通テストで15科目中9科目満点を取るほどの「知能」に対して、人間が敵う部分はあるのか。森松氏は、「まずは現状のAIを『正しく理解する』ことから始めるべきだ」と指摘する。
「How(どうやるか)」はAIに勝てないが、「Why(なぜやるか)」を問えるのは人間だけ
AIの能力を分解すると、3つの強みが見えてくる。莫大な情報量に基づく「知識」、類似事例から導き出す「パターンの発見」、そして人間の何倍もの速度でこなす「高速処理」だ。
これらに関しては、どんなに経験を積んだ人間であっても太刀打ちできない。しかし、森松氏は現場での実証を通じて、AIの決定的な欠点を3点見いだしている。
第一に、AIは「指示の背景を理解しない」。なぜこれを作るのか、本当にそれが必要なのかを自ら考えることはない。第二に、「責任を取れない」。AIがセキュリティホールを生んだとしても、最終的にリスクを負うのはそのツールを使った人間や組織である。そして第三に、「暗黙知を持っていない」。チームのこれまでの経緯、顧客の本当の悩み、組織特有のルール。これらは学習データには存在せず、現場で泥臭く体感してきた人間にしかわからない領域だ。
森松氏は、ある具体的な失敗例を挙げて警告する。同氏はあるとき、AIに対して「100行あたりのステップ数を基準値に近づけるように実装して」と指示した。AIは見事に基準通りのコードを出力したが、静的解析ツールにかけるとコードの重複率が50%を超えていたのだ。AIは「なぜその基準が必要か」を理解せず、最も効率的に指示を満たすために「コードをコピーして水増しする」という、人間はまずやらない選択をした。このとき、出力を疑い、検証し、修正できるのは、現場で痛い目を見てきた経験者の「検証力」のみである。役割分担は明確だ。AIは「How」を担い、人間は「Why」を問い続ける。この構造への気づきこそが、続いて語られる「劇的な転換」への第一歩となった。
経験豊かなエンジニアこそ、AIをうまく使える理由とは
「AIには敵わない」「時間がない」「今さら始めても遅い」──40代のエンジニアなら、一度は頭をよぎる「あるある」な言い訳だ。しかし森松氏は、これらを「技術から逃げる言い訳」であると批判する。また「マネジメントへ専念する」ということについては、定型的な管理業務こそAIが最も得意とする領域であると指摘し、「今優先してAIに触れておかなければ、1年後の自分はもっと居場所がなくなっている」と、危機感を同時に突きつける。
同氏がたどり着いた結論はシンプルだ。「経験の活かし方が変わっただけ」なのだ。経験を積んできたベテランエンジニアほど、AIという強力な新人を使いこなすための「問いの質」が高い。たとえば、システムでエラーが発生した際、若手は「どう直せばいい?」と問う。だが、経験者は「なぜこのエラーが起きる設計になっているのか?」と構造を疑う。ログイン機能を作る際も、若手は実装方法を聞くが、経験者は「ユーザーが離脱しない認証体験とは何か?」を問う。目的を「作ること」から「価値の設計」へと昇華させる力こそが、AI時代におけるベテランの介在価値そのものである。
森松氏は、経験値が問いの質を変える理由を4つ挙げる。それは「結果の予測ができる」「見立てを持てる」「先回りができる」「全体を俯瞰できる」こと。AIという、知識は豊富だが判断力のない「新人」に対し、的確なプロンプトを投げて能力を引き出す「マネージャー」の役割を、エンジニア自身が担わなければならないのだ。
失敗体験・顧客理解・勘所が「最強の指示書」に変わる!
では、具体的に「経験」をどのようにAIへ流し込むのか。森松氏は3つの組み合わせを提唱する。
1つ目は「失敗経験とAI」。過去の失敗をAIに伝えると、同じ轍を踏まないためのリスク予測が得られる。失敗は、AI時代において輝く資産となるのだ。2つ目は「顧客理解とAI」。「この業界の顧客はこう考える」という現場の暗黙知をAIに与えることで、本質的な要件定義が可能になる。3つ目は「技術の勘所とAI」。ベテランが持つ「ここはハマりやすい」という直感をレビューに活かし、AIに重点的な検証箇所を指示することで、効率的に品質を担保できる。
これからの開発スタイルは、従来の「直列・完成品・失敗できない・全行程を人間が担う」というモデルから、AI活用前提の「反復・プロトタイプ・失敗許容・人間は判断と責任を担う」というモデルへと激変する。AIは生成コストが安いため、何度でも作り直せる。だからこそ、完璧を目指すより先に、まず形にして検証する。森松氏は、この「反復」のループを回す司令塔として、自らの役割を再定義した。
実際、森松氏はこの1年間、設計書の生成やWebサイトの構築を「プロンプトによる指示」だけで行ってきた。100回から200回の対話を通じてプロダクトを完成させる中で見えてきたのは、エンジニアの仕事の本質が「コードを書くこと」から「対話を通じて意思決定すること」へ移り変わったという現実である。そしてそのプロセスでは、人間を管理するのと同じ「ある手法」が劇的な効果を発揮した。
AIの思考プロセスを「覗き見る」ことで、指示のズレを解消する
森松氏が実践の中で磨き上げたテクニックの中でも、特に示唆に富むのが「AIに対する自省とモニタリング」だ。AIが思い通りに動かない場合は、その原因をAI自身に分析させる。「あなたはプロンプトエンジニアリングのスペシャリストです。私のプロンプトを分析してください」と問いかけ、統計や改善提案を出させるのだ。これにより、自分の指示の癖や、AIに伝わりにくい表現を客観的に修正していくことができる。
また、AIの思考過程(Chain of Thought)を覗き見る手法も重要だ。森松氏は、AIの判断理由を、「結論・根拠・判断」の順で構造化してAI自身に説明させる。あるとき、添付ファイルのファイル形式が何かを質問したところ、AIは「プロンプト辞書です」と回答した。判断理由を聞くと、AIは「冒頭1行目の内容から、推定読者がAIであると認識した」と答えた。森松氏は「JSONかYAMLか」という形式を質問したつもりだったが、AIは「用途」を回答していたのだ。この意図のズレに気づけるのは、AIの思考プロセスを監視し、問いを重ねる人間だけである。
さらに、AIを「自律的」に動かすための管理術も現場経験から生まれたという。AIに「タスクを分解すること」「1つずつ確実に実行すること」「完了後に進捗を報告すること」という制約を加える。するとAIが自ら進捗管理しながらタスク消化をしていくようになるが、驚くべきことに「この機能は○○のケースのみを想定して実装した」といったAI自身の判断を、次のタスクのための「引継ぎ事項」として書くようになった。私たちが日常業務で行っている進捗管理の重要性は、AI相手であっても何ら変わらないのである。
磨くべきは「検証力」と「抽象化能力」──「生涯エンジニア」でいるためには?
ここまでの試行錯誤を経て、森松氏はこれからのエンジニアが磨くべき4つのスキルを整理した。
1つ目は、AIとの対話スキルである「プロンプトエンジニアリング」。2つ目は、AIの出力を経験に照らして疑い続ける「アウトプットの検証力」。そして、それらを支える土台として、複雑な要件を構造化する「抽象化・言語化能力」と、AIが学習していない現場の機微を理解する「ドメイン知識の深化」である。
これらはすべて、一朝一夕には身につかない。過去に設計書を書き、泥臭いトラブル対応を行い、顧客と向き合ってきた「経験」がそのまま直結するスキルだ。森松氏は、自らの経験を言語化し、小さくAIで試して検証し、最後は自らが判断と責任を持つという3ステップを提示し、ベテランの再起を促す。同時に、若手エンジニアに対して、ベテランが「なぜこういう考えに至ったか」という思考のプロセスを伝承していくことの重要性も強調した。
セッションの冒頭、娘から投げかけられた「クビじゃない?」という問いに対し、今の森松氏は確信を持って答えられる。「いや、違うよ。AIを使いこなせばどこまでもいける。お父さんには、『なぜ』を問う力がある。だから大丈夫だ」と。
同氏はセッションの最後に「生涯エンジニア宣言」を掲げた。年齢を言い訳にせず、経験を武器に前提を疑い、新たな経験を積み上げる。AIと共により高みへ。その力強い言葉は、すべてのエンジニアを勇気づけるのではないだろうか。
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