金融システムの障害は、1日約5件起きている
野村浩司氏は、株式会社インシデントテックの代表取締役を務めながら、NTTデータの経営企画本部にも所属している。インシデントテックは、NTTデータのベンチャー制度をきっかけに立ち上げた会社だという。セッションは、アイスブレイクと自己紹介に続き、米国の最新動向、AI時代の障害対応における責任・専門性という本題、そして自社サービスの紹介という4部構成で進められた。
野村浩司氏はセッションの冒頭、金融庁への1日当たりの障害報告件数を会場に問いかけた。金融の障害はニュースで時折目にする程度で、それほど多くはないと感じている人が大半だろうと前置きしたうえで、実際には1日約5件、年間では約1900件にのぼると明かした。もっとも、長年金融システムの保守・運用に携わってきた野村氏にとっては、現場の実感に近い数字だという。
野村氏はNTTデータで15年間、金融サービスの開発・保守・運用に携わってきた。最も過酷だった現役時代には1日に6回電話を受け、「野村さんは間違いなくワンコールで起きてくれるから、困ったらとりあえず電話しよう」と言われるほどだったという。障害が起きればデータセンターへの夜間駆けつけも週に2回に及んだ。
こうした経験を重ねる中で、野村氏は社内外を問わず国内で100社以上、海外でも50社以上と意見交換を続け、書籍の出版や講演、相談対応を通じて障害対応の改善に取り組んできた。「障害対応を少しでも良くできるのであれば何でもやる」というスタンスで、10年にわたり活動を続けているという。
2015年の大規模障害が、10年のライフワークの原点に
野村氏が障害対応というテーマに向き合う契機となったのは、2015年9月5日土曜日に発生した大規模なシステム障害だった。夕方の買い物時間帯に、全国でクレジットカードが約1時間使えなくなるという事態が起き、当時はニュースでも速報され、X(旧Twitter)には「カードが使えない」という声が数多く投稿された。
野村氏らが対応にあたった部屋は、小さなコンビニほどの広さに多数のディスプレーが並ぶ場所だった。休日にもかかわらず数百人規模の関係者が参加し、経営層も駆けつけて対応にあたったという。BtoBのサービスだったため、顧客からの問い合わせやクレームへの対応にも追われた。事態はリアルタイムでニュースにも流れ、世の中が混乱するのと同様に、対応にあたる現場も混乱していたと野村氏は振り返る。
この出来事を契機に、野村氏は障害対応の改善を10年にわたるライフワークとしてきた。そして海外の動向を追い続けてきた野村氏が、2025年10月に渡米して目にしたのが、急成長する「AI SRE」という潮流だった。
米国で急成長するAI SRE、価値への課金シフト
2025年10月、野村氏は米国のテックカンファレンス「TechCrunch Disrupt 2025」に参加し、急成長する「AI SRE」という潮流を目の当たりにした。会場周辺ではB2BのAI SREスタートアップの広告を掲げたトラックが走り、サンフランシスコの街中にもB2BのAI企業の広告が数多く並んでいたという。2023〜2024年ごろに登場したばかりのこの領域では、すでに複数のスタートアップが台頭し、2026年7月時点ではユニコーン企業も誕生しているという。
野村氏が驚いたのは成長速度だけではない。課金形態にも変化が生じており、人数や工数単位の課金から、1件の調査や1件の問い合わせ解消といった「価値」に対する課金へと移行が進んでいるという。野村氏はこの流れが今後、日本にも波及すると見ている。
属人化の正体は「責任」と「専門性」
野村氏はここから本題として、AI時代のシステム障害対応における属人化の本質を、ミッションクリティカルシステムの危機対応を前提に整理した。属人化の正体は「責任」と「専門性」の2つに分かれ、さらに責任は事後処理責任と説明責任に、専門性は直感的類似検索と分析的仮説検証に分けられるという。
事後処理責任とは、AIが提示した手順に従った結果に問題が生じた場合、その責任を負えるか、平たく言えば「尻拭いができるか」を指す。説明責任とは、なぜそのアクションを選んだかを、判断情報と判断基準に基づいて説明できるかを意味する。野村氏は、判断情報・判断基準・アクション候補をあらかじめ定義しておき、AIにはそこからの差分を出させる、あるいはAIの協力を得て差分を導く仕組みが必要だと説いた。
具体例として野村氏が挙げたのは、サーバーのメモリ使用率が90%以上の状態が5分継続した場合に、事前に定めた手順で再起動するといった対応である。AI時代にはメモリだけでなくCPUやディスクの数値も併せて監視し、80%以上の状態が60分継続した場合にも対応するといった具合に、判断基準を拡張していく必要があるとした。判断を誤った場合でも、事前に準備していれば何が起こるか予想がつくので事後処理責任が果たせ、判断基準や判断情報に立ち返って経緯を説明できれば、説明責任を果たせるというのが野村氏の考えである。
もう1つの例として、サービスの正常性チェックが2回連続でNGになった場合に、Web上へ「異常が発生している可能性がある」と掲示するという対応も挙げた。どのような情報を、どのような基準で判断し、どのようなアクションを取ったかを言語化しておくことで、事後の振り返りや説明が可能になるという。
専門性については、過去の類似事例に照らして仮説を立てる「直感的類似検索」と、その仮説を一つずつ確認していく「分析的仮説検証」の往復であるとした。これは医師が患者を診察する際の診断プロセスを応用したものだという。
例えば、利用者から「操作ができなくなった」と連絡を受けた際、担当者はまず「あの管理画面はメモリ不足で止まることがある、再起動すれば直るのではないか」と直感的に類似の事例を想起する。しかし実際にメモリの状態を確認したところ0%で張り付いていた場合には、「そもそも監視自体が機能していないのではないか」という新たな類似検索に立ち返る。野村氏は、こうした直感的類似検索と分析的仮説検証の往復こそが、ベテランの経験と勘の正体だと説明した。
この責任と専門性という属人化の本質への理解をもとに、野村氏が開発を進めているのが、システム障害対応のAIエージェント「IncidentTech」である。
若手でもベテランのように障害対応できる
野村氏が開発を進めるIncidentTechは、障害対応における属人化の解消を目指すAIエージェントである。機能は大きく、障害状況の把握や類似インシデントの検索、報告文書の作成という「統括」の機能と、対応にあたるタスクや人の管理という機能の2つに分かれる。野村氏自身、障害対応の統括を任された際にタスクの管理や人の招集に苦労してきた経験があり、その課題感がサービス開発の背景にあるという。
特にIncidentTechの強みとされるのが、報告文書の作成機能である。野村氏は社内外向けの報告文書作成に長年苦労し、「野村でなければ書けない」という属人化した状態が生じていたといい、この解消に重点を置いて開発したという。Teams上のURLを共有すると最新のやり取りを自動でまとめる機能のほか、過去の類似インシデントとの類似度や参照ドキュメントを示す検索機能、障害レベルの判定支援なども備える。第三者機関向けなど厳格な報告文書についても、テンプレートの可変部分を推測し、根拠付きの選択肢とともに生成できるという。
現在複数の企業とPoCを実施しており、これまでに3件が完了、うち1件はすでに有償化され、残る2件も有償化が予定されている。複数社とのNDA締結も進んでいるという。成果としては、事象の発生から報告メールを発出するまでにかかっていた時間が11分から3分へと約8分短縮されたことに加え、経験の浅いメンバーでもベテランのように対応できたという現場の声が得られたことを野村氏は挙げた。汎用LLM(ChatGPT等)との違いを問われることも多いというが、野村氏は複雑なシステムほど汎用的な大規模言語モデル任せのアルゴリズムでは精度に限界があり、独自に組み上げたアルゴリズムによって回答精度を高めていると説明した。
2027年、AIが24/365のオンコール対応の代役に
野村氏は今後のロードマップとして、現在提供しているベテランのような障害対応を支援するサービスに続き、2027年4月には、AIエージェントが24/365のオンコール対応の代役を担うことを目指すと述べた。実現すれば、野村氏自身がかつて経験した1日6回の電話対応や週2回の夜間駆けつけといった負担がなくなる。夜間の対応はAIに任せ、日中もAIが支援することで、コストの削減を図る狙いがあるという。
野村氏は最後に、障害対応やインシデント管理、保守運用に課題を抱える企業に向けて、自社サービスの提案にとどまらず、状況に応じて他社サービスの紹介や助言も行っていると語った。障害対応の改善をライフワークとし、この10年で培ってきた知見を今後も還元していきたいと述べて、セッションを締めくくった。
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