AIでプロダクトの差はついたのか
2026年9月4日、東京ポートシティ竹芝 ポートホールで、一般社団法人日本CPO協会が主催するカンファレンス「Product Leaders AI 2026」が開かれた。プロダクトマネージャーやCPO(最高プロダクト責任者)といったプロダクトづくりの責任者層に的を絞ったイベントで、開催は6回目になる。主催者によれば来場は350名を超え、過去最多だった。
メインテーマは「AI時代のプロダクトリーダーシップ──組織・戦略・人間の役割」。公式サイトはその狙いを「AIが『できること』が増えるほど、人間が『すべきこと』の輪郭が鮮明になってきます」と書いていた。仕様策定、ユーザーリサーチ、バックログ(開発待ちの要望リスト)の優先順位づけ──AIが肩代わりを始めた領域を数え上げたうえで、では人には何が残るのかを問う構えだ。
当日の進行役は斉藤知明氏(ログラス 執行役員CPO/同協会 理事)。海外からの登壇者には同時通訳が用意され、参加者は手元のアプリで日本語訳を追える構成だった。
冒頭のキックオフに立った宮田善孝氏(Zen & Company CEO/日本CPO協会 常務執行理事)と松栄友希氏(SmartHR タレントマネジメント事業本部 事業本部長/同協会 常務執行理事)は、この日のプログラムの設計意図を明かした。海外から招いた2本のセッションは、AIへの向き合い方がまったく逆なのだという。
松栄氏は1つ目のセッションに登壇するEvenUpを「間違ってはいけない領域に、できるだけAIを信頼して踏み込む側」と紹介し、2つ目のWayfoundを「AIには信用できない部分があるから、AIをAIに監視させようという側」と対比した。どちらか一方が正解なのではなく、「両方の動きが今ある」ことを感じてほしい、というのが会場への説明だった。
宮田氏は、自身の生々しい失敗も持ち出した。最近プロダクトの企画をClaude Codeで進めていたが、書かせる量が増えるほど仕様書の整合性が崩れていく。用語や画面の定義が少しずつ食い違い、いわゆるAIスロップ(AIが大量に生み出す、もっともらしいけれど質の低い成果物)のような仕様書になった。10万字規模まで膨らんだそれを全件チェックするため、結局は人力で読み直したという。「本当に辛くて」と振り返りながら、「最後は人がやらないといけない」と踏ん切りをつけた話だ。
AIは確かに開発の全工程に入ってきた。では、世に出てくるプロダクトの出来はそろって上がったのか。それとも差は開いたのか。この日の6時間は、その問いに立場の違う答えが並ぶ時間になった。
信頼を引き受ける側──EvenUpは「作る前に売る」で5年を走った
1つ目のセッションに登壇したのは、リーガルテック企業「EvenUp」の共同創業者兼CPO・CLOであるSaam Mashhad氏。聞き手は同協会代表理事のKen Wakamatsu氏(Veeva Japan VP of Product)が務めた。
同社が選んだのは、米国の人身傷害(パーソナルインジャリー)という市場だ。交通事故や転倒でけがをした人が、保険会社に賠償を請求する分野を指す。案件の件数は不動産取引より多く、毎年巨額の賠償金が動く巨大産業でありながら、被害者側(原告側)につく法律事務所はソフトウェアにほとんど投資できていなかった。保険会社や被告側は潤沢な資金で専門家を雇えるのに、原告側にはそれがない。
この力の差を埋め、「どの法律事務所の扉を叩いても一定水準の代理を受けられるようにする」のが同社のビジョンだという。投影されたスライドによれば、企業価値は直近2年で10倍に伸びて20億ドルに達し、提携する法律事務所は2000社超、従業員は600名を超える。
創業時のMashhad氏は、米国の弁護士資格も人身傷害の実務経験もなく、「プロダクトマネジメントという言葉の意味すら分かっていなかった」と振り返る。その差を埋めたのは、できるだけ速く学べる位置に自分を置き、学んだことを最短で顧客の手に渡るプロダクトへ変える、その回転の速さだった。
象徴的な場面がある。同社は当初、事故の被害者に和解金が入るまでのつなぎ資金を貸す訴訟ファイナンスから始め、次に賠償額の見積もり(損害査定)を支援するソフトウェアへ切り替えた。そのころ、ある弁護士に「役に立たなくはないが、そこまでではない。もう使わない」と言われる。Mashhad氏はそこで「今それを何に使っているのか」と聞き返した。
相手は査定レポートから必要な部分だけを抜き出し、保険会社に送るデマンドパッケージ(賠償請求の書簡。示談交渉の起点になる重要文書)に貼り付けていた。「私たちが書きましょうか」──最初の答えは拒絶だった。それでも氏は、もう一つ質問を重ねる。
「そのデマンドパッケージ、書けないまま何日たっていますか」
答えは「3週間」。2週間後にメールで「結局書けましたか」と聞くと「いいえ」。「私たちが書きましょうか」。今度は「はい」だった。これが主力プロダクトの起点になる。デマンドパッケージは見本を見せるだけで売れ、5万ドル、10万ドルの契約が2週間以内で決まった。創業からこの販売開始までは約1年半、その間に3回の方針転換(ピボット)を経ている。
以降も型は同じだ。すぐには作らず、手描きのスケッチだけを持って売りに行く。売れたら、まずは人手でサービスとして提供して約束を果たす。そこで初めて、自動化を見据えたプロダクトを作る。作る前に「本当にお金を払うか」を確かめるので、誰も欲しがらないものを何周も改良し続ける事態を避けられるという。
ChatGPT以降に加わった問いは、品質の測り方だった。「何を達成するか」「なぜ重要か」「どう作るか」の3つに「品質をどう評価するか」が並び、評価の仕組みを企画の最初から設計する必要が出た。
そのうえでMashhad氏は、会場がプロダクトマネージャーで埋まっていることを断りながら踏み込んだ。
「平均的なプロダクトマネージャーへの必要性は、かつてほど大きくない。もはや必要ないとすら主張する」
顧客の要望を集約し、優先順位をつけ、作り方についてそこそこの案を出す──それが仕事の中身なら、ほぼ自動化できてしまうからだ。氏はプロダクトマネージャーの価値を、こう定義した。顧客データと世の中の動きを踏まえてLLM(大規模言語モデル)に「何をどう作るべきか」と聞けば、それなりの答えは返ってくる。その水準を基準点に置いたとき、実際の成果物がそこからどれだけ上振れしたか。それがその人の価値だという。
役割そのものは変わっていない。変わったのは、誰でも思いつく優先順位では足りなくなり、要件の精度も一段上げる必要が出たことだ。今プロダクトの差を生んでいるのはテイスト(何が良いものかを見分ける感覚)と能力の深さだという。
