ファンダメンタルズは生き残り、プラクティスは死んだ
4つ目、最後のセッションは、Amplitudeでプロダクトマネジメントを統括するChris Yu氏の単独講演だった。スライドの題は「Building through the chaos.(混沌のなかで作る)」。冒頭の問題提起が、そのまま講演全体の骨格になっていた。
「AIの最も危険な点は、チームを速くすることではない。アウトプットが本当に成功だったのかどうかを自分では分からないまま、あなた自身を速くしてしまうことだ」
プロダクトリーダーの仕事は、もともとアウトプットの量ではない。何が重要かを決め、何を作るかを決めて、それが本当に効いたのかを見極めることだ。速く出せるようになった分、見極めの回数だけが増える。だからこの仕事は楽になったのではなく「ずっと難しくなった」というのがYu氏の立場だ。
氏はソフトウェア開発の変化を、4つの「前と後」で示した。プロダクトマネージャーからデザイン、エンジニアリングへと順番に渡していく直列の流れから、同時に動く流れへ。人がコードを書くことから、AIエージェントに作業を割り振ることへ。仕様書を起点にすることから、実験を起点にすることへ。同じ入力なら同じ結果が出る前提から、そうとは限らない前提へ。
一方で、ファンダメンタルズ(基礎)は変わっていないとした。顧客の課題から始めること、そして獲得・活性化・継続・収益化というグロースの柱だ。死んだのは日々の進め方、つまりプラクティスのほうである。スライドでは、四半期ごとのロードマップ、「出して祈る(ship and hope)」、年2回の大型リリース、プロダクトマネージャーからデザイン・エンジニアへの引き渡しの4つに、取り消し線が引かれていた。
そのうえで氏が繰り返したのは、自分の現在地を直視せよという注意だ。Amplitudeが示す成熟度カーブは、AI活用の進み方を5段階に分けたもので、構成比まで示された。旧来型のLegacyが約25%、標準的なModernが約45%、AIを部分的に取り入れたAI-Poweredが約18%、働き方まで作り替えたAI-Transformedが約9%、そしてプロダクト自身が改善を回すSelf-Improvingが約3%。大半の企業はまだ前半にいる。「皆さんは自分がいまどこにいるのかを現実的に見据えて、それに応じて進化する必要がある」
新しいボトルネックは、どれだけ出したかではなく、どれだけ速く学べるかにある。氏が挙げた「居心地の悪い事実」は、実験(A/Bテスト)の成功率が世界のトップ企業でも33%、Microsoftで15%、Bingで10%、Airbnbの検索で8%にとどまるという数字だった(出典はKohaviらによる2022年の論文「A/B Testing Intuition Busters」)。「出す機能のほとんどは失敗する。失敗に気づけないなら、インパクトを生むかどうかも分からない」。ただ速く出すのではなく速く学べ、というのが講演の合言葉だ。
人材像についての言い方は、この日の他のセッションにも通ずる部分があった。
「10年前は深い専門領域の知見が問われたが、いまは部門を横断してレバレッジを効かせられるジェネラリストであることが強みになる」
1つの領域を深く掘るより、複数の領域をつないで、てこにできる人が強いという見立てだ。Amplitude自身も、分析から実験までをつなぐプロダクトエージェントの構築を進めていると明かした。ただし、釘も刺した。そうしたエージェントを開けば、改善できそうな箇所が何十件も並ぶ。だが、全部に手を付けることはできない。「何が最も重要かは自分で決めるしかなく、それは顧客を理解することから始まる」「AIは思考をスケールさせるが、プロダクトのクラフトを置き換えはしない」
業界の変化として挙げた4点のうち、日本のプロダクト組織にとって新しいのは後半2つだろう。1つは、顧客体験が「毎回同じとは限らない」ものになること。AIの挙動を追跡・可視化する道具(オブザーバビリティ、トレース、evals)は「18か月前には視界に入っていなかった言葉」だが、いまやプロダクト人材の必須語彙になったという。もう一つは、コストの計算と値付けがプロダクトマネージャーの担当分野になること。どのプロダクトを作るかが利益率を、どのモデルを選ぶかが収益性を左右するからだ。使うほど費用がかかるAIでは、利用者の席数(シート)に値段を付ける従来の課金より、顧客が得た成果(アウトカム)に値段を付ける発想が要るという指摘もあった。
締めのスライドで指標について書かれていたのは、アウトプットの速さではなく学習の速さを測る、PRの数でも機能の数でもなくビジネスインパクトと成果を測る、という一文だった。
螺旋階段の先で、勝負どころは外に出る
クロージングは、宮田善孝氏と中出昌哉氏(テックタッチ CPO/CFO/日本CPO協会 理事)の2人が10分で務めた。前半は一日の振り返り、後半は同協会が12月に開くトレーニングの告知という構成だった。
中出氏が振り返りで持ち出した枠組みは「歴史は螺旋階段」である。ソフトウェアを一社ごとに作り込むスクラッチ開発の時代があり、「みんな同じようなものを作っているのだから」とSaaSの時代が来て、AIでまた個別に作れるようになり、そしてもう一度、共通の基盤としてのAI SaaSの時代が来る。ただし同じ場所をぐるっと回ってくるのではなく、「ちょっと進化して、同じようなベクトルの位置にいるものの、何か違うことが求められる」のが螺旋階段の含意だという。
この日何度も出たユーザー憑依(顧客に成り代わって考えること)は「古典的にずっと言われている真理」で「永久に揺るがない」。その一方で、新しく学ぶべきことは増えている。Yu氏の言う「基礎は残り、日々の進め方だけが死んだ」と、同じ形の話だ。
宮田氏の関心は、プロダクトの外側に向いていた。「AIプロダクトってなってきた時に、ディストリビューションで、FDEで、DSだとか中計から入って、全社のAI導入戦略をどう立てるか。こういうアプローチが今、各社でまさに取られようとし始めてる」。
売り方や流通(ディストリビューション)、顧客先に入り込んで実装まで担うFDE(フォワードデプロイドエンジニア)、データサイエンス、そして中期経営計画──プロダクトの外側から入って全社のAI導入を設計する動きが、各社で始まっているという見立てだ。3つ目のセッションのタイトルが言う「差はAIの外で生まれる」と、同じ方向を指している。
クロージングの最後に、中出氏はこう結んだ。
「やっぱりAI時代にできないことって、こういう人と交流したり、楽しいことをやったりだと思っているんで、この後のアフターパーティーでみんなと交流できればと思っていて。それが本当にAI時代でしかできない人間の価値にもなってくる」
人間が「すべきこと」の輪郭
一日を通して、差の在処は動いていた。Mashhad氏はそれを、LLMが出せる水準からどれだけ上振れできるかに置いた。Mamut氏は、完了の印がない監督を続けられるかに置いた。黒澤氏は逆算と学習の回し方に、佐藤氏は顧客の「願い」に、山本氏は地頭と視座に置いた。Yu氏はそれを学習の速さと呼び、中出氏は変わらないものと変わるものの切り分けとして整理した。
言い方はそれぞれ違うが、いずれも「AIが速くしてくれない部分」を指している。公式サイトが掲げた「AIが『できること』が増えるほど、人間が『すべきこと』の輪郭が鮮明になってきます」という一文は、6時間の議論のあとに読み返すと、かなり具体的な意味を持って見えてくる。
なお日本CPO協会は、この視座を鍛えるトレーニング「Product Leaders Training 2027」を12月に開講する(関連ニュース)。4日間の実践的なワークショップと2日間のケーストレーニングで構成され、講義(オンライン)が12月4日から1月8日、中間発表(オフライン)が1月22日、最終発表(オフライン)が2月12日。
対象は現役のCPO、VP、PMマネージャー、シニアプロダクトマネージャーで、価格は29万8000円。ケース教材の題材はSansanで、同社のVP of Productが2日間出席してプレゼンにフィードバックを返す。参加者は、その企業のCPOになったつもりで戦略を描き、講評を受ける形だ。中出氏はこの疑似的な意思決定体験の利点を、こう表現していた。「いくら意思決定を間違っても株価は下がりません。こんな安全な意思決定体験はないと思います」
