AIによって向上するナレッジマネジメントの投資価値
最初に廣井氏は、ナレッジマネジメントを、「個人が持つ情報やノウハウを組織に蓄積し、将来にわたって活用できる状態にすること」だと位置付け、その重要性を以下の3つの失敗事例で示した。
1つ目は、1999年に起きた、火星探査機Mars Climate Orbiterの事故だ。複数の開発チーム間で、ヤード・ポンド法とメートル法の単位の違いが正しく共有されなかった結果、探査機は火星に近づきすぎて燃え尽き、多額の投資が損害となったという。2つ目はローマのパンテオンに使われた「ローマコンクリート」だ。通常のコンクリートが50~100年ほどで劣化するのに対し、自己修復機能を備えたこの素材は、建設から約2000年を経ても残っている。 その製法が現代に継承されていれば、莫大な研究費が不要になるだけでなく、コンクリート建物の修繕費を劇的に下げられたかもしれない。
そして3つ目はメルカリ自身の経験だ。数年前にアプリの大規模リファクタリングを行った際、仕様書がほとんど残っていなかった。実際の動作を確認しながら、仕様を洗い出す作業が生じ、多大なコストがかかったという。いずれも、ナレッジマネジメントが適切に行われていれば回避できた可能性のある事例だと、廣井氏は指摘する。
しかしナレッジマネジメントは面倒な作業だ。蓄積された情報から、目的のものを探し出すのは難しい。仮に見つかっても、内容が長すぎる、難解である、情報が古いといった理由で活用されない。また、情報の更新が個人の自主性に依存しているため、メンバーの交代を機に管理が滞ってしまうリスクもある。さらに、現状で困っていなければ情報を記録しようという動機が生まれにくい。ナレッジマネジメントは将来への投資という性質を持つ。そのため、緊急性が低く、今すぐ取り組むべきだと説得しづらい上に、効果を実感しにくい。廣井氏によれば、こうした要因が重なり、結果として後回しにされてしまうのだという。
ところがAI時代の到来が、この構図を一変させた。人だけでなくAIもコンテキストを必要とするようになり、ナレッジを蓄積し、適切に受け渡すこと自体の価値が上がった。加えて、AI自体が議事録の自動作成や要約、高精度な検索によって、ナレッジマネジメントの面倒さを大幅に削減してくれる。「ナレッジの価値が上がり、同時に管理コストが下がった結果、ナレッジマネジメントの投資価値(ROI)は飛躍的に向上した」と廣井氏は強調する。
こうした背景のもと、メルカリはナレッジマネジメント基盤としてNotionを採用した。

