いつしかAIエージェントのために技術選定をしている
「エージェントにやらせればいい」。人間が技術選定をしない世界だ。エージェントに打算はなく、丸投げできる範囲もどんどん広がっている。
では、AIエージェント自身はどのように技術を選択しているのだろうか。渡邉氏はClaude Codeの開発者インタビューを引く。標準から外れた技術スタックでもモデルは学習できるが、手順を教え込むには多大な労力がかかる。求めていたのは教える必要のないスタック、つまりClaude Code自身が使えるスタックだった。
だからLLMの「教育コスト」を考慮することになる。設計書にMarkdownを、利用者も公開事例も多いNext.jsやReactを、新進気鋭のビルドツールではなくMakefileを採用する。こうしたエージェントフレンドリーな技術選定は積極的なのか、消極的なのか。スループットを最大化するためと考えれば積極的に見える。だが追加知識を与えずに扱える標準的な技術を選び、学習コストを最小化するためだと考えれば、消極的な技術選定の定義そのものだ。渡邉氏は会場に問いを投げた。
そして小話の構図が戻ってくる。顧客・エンジニア・プロマネの3人を描いたスライドで、エンジニアはプロマネの位置に移り、空いた席にはエージェントが座る。いつしかエージェントのために技術選定をしている。
しかもエージェントは、すぐ入れ替わる。渡邉氏が約1年かけて著書を執筆する間、書くたびにエージェントもモデルも変わっていった。新しいハーネスやプロバイダが登場し、古いモデルは退役する。研いだ斧であるSkillsも、木こりであるLLMが入れ替われば役に立たず、形骸化すれば過剰なコンテキストとして負債になり得る。AIエージェントは、究極の「定着しない木こり」なのだ。
ここに嫌なテーマが生まれた。後進の育成とAIエージェントの採用は、どちらも積極的な技術選定でありながら、利益が相反している。しかもエージェント採用が全てを良くするとも限らず、トークンコストというエージェント自身の「人件費」も増えていく。短期的には現状維持がマシな場合がある。小話のTake1からTake4と、同じ構図だ。
公開事例のバイアスも同じだ。「人間が価値を加えた物語」が選ばれやすく、エージェントが人間より優秀だという話は公開されない。語りたくなるのは、エージェントにブレーキをかけて品質を高めたという新しいスキルセットのほうだ。
「積極的な技術」を選定できなかった理由を共有しよう
エージェント以前は、積極的な選定に注力したくても様々な理由でのすり合わせが必要で、一方で消極的な選定は多くの場合に公開したくなかった。公開された積極的な事例だけを参考にしても、実際の世界には適用できない。エージェント以後は、手数が足りないという言い訳がなくなった一方、意思決定と責任は人間に残るため、「分からないが技術的に最強だから」で選ぶことはやりづらい。説明を求められるからだ。
「様々な理由」という大人の事情は、技術を追求するエンジニアの立場から見れば「少し穢れている」ようにも感じている。ただ、実はこれまで公開されなかった消極的な選定の中に、エージェント利用の重要なノウハウが埋まっているのではないかとも考えている。
「積極的な技術選定はAIに聞けば5分で出てきます。では自分たちが外に公開すべきものは何だろうと考えたときに、この大人の事情をなるべく染み出させてあげないといけないのではないかと最近思っています」。
エージェントによって、積極的な技術選定を妨げる学習コストや工数は削減され、時間的なハードルは下がった。だがその反面、新たな学習コストとの闘い、人材育成とのトレードオフ、情報公開へのバイアスが発生し、いまだ解決していない。最後のスライドは、横軸に「消極的選定」と「積極的選定」、縦軸に「公に共有しやすい」と「身内にも説明しにくい」を置いた、白紙の座標軸だった。
「なるべく公開できて積極的な技術選定が良いに決まっているのですが、まずは自分がやっていることを言語化して、問題がどこにあるのかをプロットしてみるところから、第一歩が始まると思います」と渡邉氏は締めくくった。
