議事録から消えたのは「まとめる時間」ではなく「聞き返す相手」だった
問いの入り口として木下氏が置いたのは、議事録だった。
かつて議事録には手順があった。会議中にメモを取る。終わった後に要点をまとめる。分からないところを先輩に確認する。そのうえで共有する。それが今は、録音ボタンを押して「要約して」と伝えれば終わる。
「めちゃくちゃ効率がいいし、なんなら人間がやるよりも網羅的だし、構造化されていてクオリティも高い」
得たものははっきりしている。速さと、人間が作るより高い品質。では失ったものは何か。木下氏が挙げたのは2つで、「まとめる」という過程で生まれていた思考と、「確認」や「共有」のときに生まれていたコミュニケーションだった。新人にとっては、確認することも考えること自体も、そのままトレーニングになっていた側面がある。
同じ構造は議事録に限らない、と木下氏は対象を広げた。コードを書く。チケットを書く。テストケースを書く。デザインのワイヤーを引く。どれも、AIに任せたほうが速い。
「AIに本当にすべて任せてしまったら、育成の機会とか学びの機会というのはどうなっていくのだろう」
この問いを持ち込んだのは、本セッションを提供したWellnizeの木下寛大氏(代表取締役 兼 執行役CEO)である。楽天でデータ分析基盤の開発・運用や電子書籍事業のプロダクト開発マネージャーを経験し、2017年にCo-Liftを設立。2024年に、同社と株式会社明治、株式会社ゲキジョウの3社の共同出資によりWellnizeを立ち上げた。
自分がジュニアだったころ、やれば誰にでもできるような仕事を任され、そのプロセスの中で学んできた。この問いは、その実感から出ている。裏を返せば、手元にあるのは自分の経験だけで、誰にでも当てはまる答えを持っているわけではない。だから木下氏は冒頭で、この20分では答えを出さないと宣言した。ノウハウもベストプラクティスも話さない、とも。
「今日このセッションが終わって『これってどうなんだろう』という問いが一つでも増えていたら、この企画的には成功かなと思っています」
「お客様がいる仕事の議事録に、育成を混ぜるな」
この問いを受けたのが、ログラスでプロダクト全体のChief of Staffを務める広瀬丈氏である。組織・人・採用を担当する立場だが、この日は意図的に極端な側に立った。
「もう、めっちゃスタンスを取って話すんですけど、AIがやったほうが早いことをわざわざ人間がするって、結構センスがないというか、もう別にやらなくていいのではないか、ぐらいに思っているんですよね」
学びと経験が失われることは、そのとおりだと広瀬氏も認める。構造化能力も会社のコンテキストの理解も議事録が担ってきた。そのうえで会場に3つの質問を投げている。
新入社員のころ議事録を書いていた人は、と聞くと、多くの手が挙がった。続けて「それは振り返ってよかったと思うか」。ここでもほぼ同じだけ挙がる。ところが3問目、「これがなくなるのは新人がかわいそうだから、その機会は残してあげたいと思うか」で、挙手の数は目に見えて減った。
自分が書いてよかったと思う人は多い。それでも、後輩に同じことをさせたいとは思わない。この落差の上に、この日の議論は乗っていた。
「確かに構造化とかコンテキストってめちゃくちゃ大事だと僕も思うんです。でも別に、それって他でも学ぼうと思ったら学べるじゃないですか」
そして広瀬氏は、この日いちばん踏み込んだ言い方をした。
「お客様がいる仕事の議事録に、育成を混ぜるな、みたいな話もあるわけじゃないですか」
顧客からすれば、2時間かかる作業に時間を使うより、バリューやアウトカムを出してほしい。昔は許されたが、AIがある以上そうはいかない。だったら向き合うべきはそこではない、という理屈だった。
木下氏はここで逆張りを宣言し、切り返す。構造化は他でも学べる、というのなら、どこでどう学ぶのか。
「構造化能力でAIに自分が勝てるポイントってもう一つもないから、全部AIにやらせるしかなくなる。自分で構造化するという仕事、なくなりませんか」
広瀬氏の返しは、その前提ごと引き取るものだった。構造化がAIのほうが得意なら、それはもう「いらない仕事」に変わっている。人間がしなければならない仕事は、議事録には残っていない。ストーリーテリングやナラティブ、人を惹きつけること。そちらに集中したほうがいい。
「せっかくAIがあるのに、要は自動車があるのに足が速くなったほうがいい、みたいな話になっていませんか」
木下氏はもう一段返した。ストーリーやナラティブも、何かの構造に肉付けするものではないか。その構造が正しいのか、今のコンテキストに合っているのか。それを自分で判断できなければ、肉付けの良しあしも分からない。
反論、実感の告白、代替案──20分で集まった123件の中身
このセッションには、もう一人の話者がいた。会場の聴衆だ。
冒頭で木下氏がQ&Aプラットフォームの「Slido」のQRコードを示すと、広瀬氏がこう付け加えていた。
「Slidoに入っていただかないと、もうこのセッションの8割9割ぐらいは意味がなくなってしまうぐらい、Slidoを使いたいなと思っているので」
呼びかけは効いた。議論が5分も進まないうちに投稿が流れ始め、2人は途中で何度も「コメントに追いつけていない」と漏らしている。20分が終わったとき、投稿は123件に達していた。1分あたり6件を超える計算になる。
しかも中身が違った。Xに流れたのが感想中心だったのに対し、Slidoに集まったのは議論そのものだった。反論があり、実感の告白があり、代替案があり、別の問いがあった。
このうち、あいさつや感想だけの短い投稿を除くと、およそ90件が議論にあたる。編集部でそれを読み分けたところ、論点は大きく4つに分かれた。

