データ活用によって十分な成果を得ている企業はたった「8%」
Gartner社の調査によれば、日本企業でデータ活用によって全社的に十分な成果を得ている組織の割合はわずか8%にとどまる。MBKデジタルの尾﨑勇太氏は、この格差が2026年になってむしろ拡大していると指摘する。同社は三井物産の100%子会社として2025年4月に設立され、データ・AI活用支援を業種横断で手がけてきた。
2025年から2026年にかけて、生成AIは「聞く」段階から「任せる」段階へと移行しつつある。2025年はまだ過渡期で、チャットで問いかける対話型AIの活用が広がり、成果を出した企業の多くは基盤整備やダッシュボード構築による全社最適化を進めていた。
だが2026年、新たな分岐点が生まれたと尾﨑氏は指摘する。先行企業はKnowledge Catalogなどを活用して意味設計を全社で統一し、エージェントに正確な前提を与えて成果を最大化している。一方、意味設計が不十分なまま生成AIを導入した停滞企業では、AIエージェントが部署ごとに異なる「売上」「顧客数」といった定義を誤読し、SQLとしては正しくても、誤った業務定義に基づいて判断・アクションしてしまうリスクが高まっている。
従来のボトルネックは基盤・人材・組織・データ品質だったが、生成AIによって自然言語で問いかけられるようになったことで、新たな壁が顕在化した。自然言語でデータにアクセスできるようになっても、企業ごとに異なるKPIの定義や業務判断の前提まで、AIが自動的に把握できるわけではない。この「意味の未整備」こそが、8%の壁の背後にある新しいボトルネックだと尾﨑氏は説明する。
その具体例として尾﨑氏が挙げたのが「最近、優良顧客が減っている理由を教えて」という一文だ。一見自然な日本語だが、「最近」がいつを指すのか、「優良顧客」をどう定義するのか、「減っている」のは件数か構成比か、そこには曖昧さが幾重にも重なっている。尾﨑氏は、用語・粒度・時間・状態・確定度・権限・意図という7つの「意味の壁」を例として示した。問いが自然であっても、意味は一意には決まらない。
BI時代の問題は、ダッシュボードAとBで数字が食い違うといった、目に見える「数字の不一致」だった。これに対しAI時代の問題は「意味の誤読」だと尾﨑氏は語る。自然言語の問いを受けたAIは、曖昧な業務用語を自分なりに意味補完し、データを選んでもっともらしい回答を返す。だが補完の時点で解釈がずれていれば、正しいSQLを実行しても間違った問いに答えることになる。
尾﨑氏が強調するのは、AIが知らないこと自体は問題ではないという点だ。問題は、AIが知らない部分を暗黙のうちに補完してしまうことにある。だからこそ対策は、AIが意味を補完してしまう前に、判断の前提を明示しておくことに尽きる。言い換えれば、AIが「この問いは定義済みのルールで答えられるか」を判断できる状態を、事前に作っておく必要がある。
まず尾﨑氏が挙げたのが、セマンティックレイヤーだ。しかし、セマンティックレイヤーは指標の定義を揃えることはできても、「どの文脈でどの指標を使うべきか」までは決めてくれない。尾﨑氏はセマンティックレイヤーの歴史から、その理由を解説した。
データと意味のずれを「誰が・どう補完するか」という、繰り返されてきた課題
意味設計というテーマ自体は新しくない。1990年代のDWH・SQLはデータを集めることが目的であり、2000年代のOLAP・Cubeは分析を高速化した。2010年代のBIセマンティックレイヤーは業務用語を揃え、2020年代前半のモダンセマンティックレイヤーは指標を複数サービスで使い回せるようにした。そして2020年代後半の生成AIは、自然言語で聞けるようにした。
技術の形は変わっても、データと意味のずれを「誰が・どう補完するか」という本質的な課題は繰り返し現れてきたこと。そして、生成AI時代では文脈補完者が人間からAIに移り始めたことで新たな課題が生まれていると、尾﨑氏は強調する。
Google Cloudのプロダクトの進化にも同じ構図が見える。2011年のBigQueryは大量データを高速・サーバーレスに分析するものであり、2020年のLooker/LookMLは指標とディメンション、計算ロジックをモデル化した。2021年のDataplexは分散データの管理・監視・ガバナンスを担い、2023年のDataformは変換と依存関係のテスト管理を担う。
そして2024年のGemini in BigQuery・Data Canvas、2025〜2026年のGemini in Looker・Conversational Analytics・Data Agentsに至り、AIがデータと対話して答える段階まで進化してきた。2020年から2023年まではセマンティックレイヤーをどう作るかという「再発明・整備フェーズ」であり、2024年から2026年現在まではAIにどう正しく参照させるかという「参照するフェーズ」だと尾﨑氏は整理する。
セマンティックレイヤーがやってくれるのは、指標の計算ロジックを1箇所に集約し、集計粒度を統一し、権限や参照範囲を管理し、BI・AI・業務アプリから同じ定義を参照できるようにするところまでだ。しかし、「○○を教えて」という問いが経営会議のためなのか、営業進捗のためなのか、施策評価のためなのかによって、使うべき指標は変わる。セマンティックレイヤーは必要条件だが、十分条件ではない。
「いますぐ連絡すべき顧客」をAIに聞くと、複数の答えに割れる
後半パートでは、同社で執行役員CTOを務める岩尾一優氏が登壇し、AIに正しく答えてもらうための整理を「言葉」「データのつながり」「判断ルール」の3つに分けて説明した。
岩尾氏はまず、障害対応を例にAIが生成する回答の現状を説明した。「P1障害INC-2048で、いますぐ連絡すべき顧客は誰か」という問いを、業務の前提を教えずにAIへ投げると、影響範囲を広く見るか、法人顧客に絞るか、優先順位まで固定するかによって、A社・C社・D社、A社・C社、あるいはC社・A社の順と、答えが割れてしまう。
これを防ぐために、岩尾氏はまず曖昧な言葉を「障害対応優先顧客」という業務用語としてKnowledge Catalogに定義する。次に、顧客・契約・サービス・コンポーネント・障害というデータのつながりをBigQuery Graphで整理する。そして判断ルールとして、B2B顧客であること、有効契約を持つこと、契約更新まで60日以内であること、対象障害がP1かつOPENであること、契約サービスが障害の影響を受けるコンポーネントに依存していることという5条件を、検証済みクエリとして固定する。
今回のデモでは、エージェントが判断ロジックを含む SQL を都度生成するのではなく、あらかじめ用意した検証済みクエリを呼び出す構成とした。エージェントに登録するのは、参照してよいテーブルを示す「ナレッジソース」、振る舞いを誘導する「手順」、判断ロジックを固定する「検証済みクエリ」、業務用語の意味を表す「用語集」の4つだ。自然文の質問を受け取ると、用語集と手順を参照して意味をそろえ、どの検証済みクエリを使うべきかを選び、質問からインシデントIDや基準日といったパラメータを抽出して渡す。業務判断そのものは人間があらかじめルールとして固定し、AIは自然文との橋渡しに徹する構成だと岩尾氏は説明する。
AIエージェントは定義済みのルールに基づいて回答する
実際のデモでは、「INC-2048で、いますぐ優先連絡すべき法人顧客は?理由と担当CSMも教えて」という問いに対し、エージェントは契約更新まで21日のC社を最優先、45日のA社を次点として提示した。回答には対象顧客だけでなく、担当CSMの氏名、影響を受けたサービス、依存関係のホップ数、確認された代表経路といった根拠までが添えられる。
判断ロジックを検証済みクエリに固定してあるため、同じ質問を何度実行しても再現性の高い答えが返ってくる。適用したルールのバージョンや判定基準日、証拠選択のポリシーも回答に残るため、担当者は「このルールに基づいて実行された」と簡単に確認できる。
岩尾氏は、AIに求めるモデルの性能についても言及した。固定するのは正式用語・判定の根拠・検証済みクエリであり、AIに任せるのは質問の言い換えの吸収、入力の取り出し、回答文の組み立てといった部分にとどまる。AIに任せる範囲を限定することで、モデルの推論性能への依存を相対的に下げられるという。
ただし岩尾氏は、検証済みクエリであらゆるパターンを網羅するのは現実的ではないと釘を刺す。
実務では8割程度をカバーすることを目指し、加えて、運用面では3つの観点を設計しておく必要がある。1つ目は「想定外の問い」への対応で、対応するクエリがない質問には勝手に補完して答えず、確認質問を返すか「未定義」であることを明示する。2つ目は「定義の変化」で、業務ルールは変わり続けるため、ルールにバージョンを持たせ、用語やクエリにオーナーを置き、変更はレビューを通す。3つ目は「カバレッジの拡大」で、最初からすべてを作り込むのではなく、質問ログから頻出のパターンを見つけては検証済みクエリに昇格させていく。1つの業務質問から始め、エージェントを運用の中で育てていくという姿勢が重要になる。
尾﨑氏と岩尾氏が示した明日からのアクションは、AIに答えさせたい業務質問を1つ決め、その質問で使う正式用語を決め、必要なデータのつながりを整理し、対象条件と優先順位をクエリに固定し、エージェントからそのクエリを呼び出せるようにし、根拠と再現方法を回答に残す、という6つの手順に集約される。AIにデータを使わせる前に、まず業務の意味を設計する。生成AI時代のデータ活用における出発点は、ここにある。
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