AIがエンジニアを「実装の先」へ押し出した
岡田氏は、庁内で起きている変化を3つに整理した。Howが圧縮されること、エンジニアがハンドルを握ること、そしてDiscoveryへ越境することである。
1つ目の、AIで作る力が増えたという実感は、説明がいらないほど浸透している。問題はその先だ。AIで空いた時間と関心が、何に向かうのか。
岡田氏は、庁内のモバイルエンジニア2人の言葉をスライドに載せていた。iOSを担当する松館大輝氏は「AIでHowがコモディティ化した今、エンジニアはWhy/Whatへ染み出せるようになった」。Androidを担当する有山圭二氏は「エンジニアは言われた仕様だけをやるのではなく、ユーザー価値に踏み込み、積極的に提案すべきだ」。2人に共通していたのは、AIに代替されて仕事がなくなるのではなく、むしろ今が好機だという認識だった。
これが2つ目の「ハンドルを握る」にあたる。従来は、プロダクトマネージャーがWhy/Whatを考えてPRDを書き、エンジニアが受け取って実装する引き継ぎ型だった。庁内の一部では、プロダクトエンジニアが単独で、あるいはプロダクトマネージャーと共同でPRDを書き、Why/WhatとPRDの橋渡しをしてHowを高速化する形が始まっている。
規模の大きくないプロジェクトは、さらに先へ進んでいる。「ほぼ1人でPRDを書いて、各省庁に自ら赴いてリクエストや課題を聞き、Whatも定義して、Howも設計して届けきる。そこまで一部ではできるようになってきています」
ここで岡田氏は、越境という言葉の意味を一度ひっくり返した。「エンジニアの越境というとフルスタックになることだという見方もありますが、垂直ではないと思っています。横の領域にどれだけ価値に踏み込み始められるか。それが越境かなと」。職種がなくなるのではない。価値に責任を持つ範囲が重なっていく。
3つ目のDiscoveryへの越境で、岡田氏は自分の職種の領分に踏み込む言い方をした。「プロダクトマネージャーの、ある意味専有特許に近しく語られていたディスカバリーに、どれだけ越境できるか」。さらに、こうも述べている。
「AIから候補は出てきますし、調査結果も出てきます。それをちゃんと判断できない限り、プロダクトマネージャーの価値は薄れていくとも言えます。エンジニアがそこに染み出せるからです」
ただし岡田氏は、すぐにこう付け加えた。「それがみんなできるかというと、正直なかなか難しいというのが現実かなと思います」。
「越境しろ」では、人は越境しない
越境を阻む壁として、岡田氏は3つを挙げた。専門領域の外へ出られるかというドメインの壁。使われ方に興味・関心を持てるかというユーザー理解の壁。そして、境界を越えて実際に動けるかという実践の壁だ。岡田氏の場合、3つ目は関係する行政機関や現場の担当者と対話し、制度や業務への理解を深めることを、実践の一例として挙げた。壁を越えた先に必要なものは「プロダクトセンス」と呼ばれた。誰に、どんな価値を、どこまで、どの順番で届けるかを判断できる力である。
ここまでは、越境できる人の要件の話だ。ところが岡田氏は、その前提そのものを否定してみせる。
「『越境しろ、越境しろ』とメンバーや部下に言ったって、あまり意味がないんじゃないかと思っています。人は『越境しろ』と言われたって越境しません」
しかも、自分もその号令を出す側だと認めた。「もうちょっと染み出して仕事をしたらいいんじゃないですか、と言ってしまうんです」。言われた本人はどう受け取るか。岡田氏は3つ挙げた。「それ、もうやっているかな」「そんなことを言われたって、やり方が分かりません」「言うんだったら、あなたがやってくださいよ」。
だから、個人に求めるのをやめる。越境は意欲ではなく、仕事の設計で起こすものだという。挙がった仕掛けは意外なほど小さく、Discoveryの場にこれまでいなかったエンジニアを呼び、その中の小さな課題を1人に任せ、Whyの判断を持たせたうえで最後まで届けきってもらう。
「個人のスキルに頼るのではなく、仕事の機会をどう提供できるかです」
越境する側にも、最初の一歩は用意されている。「プロダクトマネージャーが何かミーティングをしているぞ、と思ったら『ちょっと入れてくださいよ』という。それぐらいの勇気を持つところから始めるのが、一番手っ取り早いと思います」
デジタル庁には、すでにその形をした文化がある。UAT(受け入れテスト)の段階になると、職員が担当外のテストにも積極的に参加し、指摘を投げ合う。岡田氏は「入ってから素晴らしい文化だなと思った」と言いつつ、こう付け加えた。「多くの指摘に心が痛くなる時もある」。自分の領域ではないところに関心を持つのも越境の一つであり、受け止める心の強さがプロダクトマネージャーにもプロダクトエンジニアにも要る。
組織のつくり方も、同じ思想で組み替えられつつある。マイナポータルでは、チームをシステム単位ではなくライフイベント単位で組成する方向に動いている。「引っ越し」「就職・転職」「健康医療」といった体験を単位にし、入口から手続き完了までE2Eで同じチームが責任を持ち、成果も開発量ではなく利用率・完了率・所要時間で測る。「システム単位で人を配置してチームを作ると、デマケ(デマケーション/業務分担)が起こるんですよね。ここからここは私の領域じゃない、という話になってしまう」
講演後、実行委員でニーリー執行役員CTOの三宅克英氏が、まさにこの点に踏み込んだ。デジタル庁の規模で組織の越境は相当に難しいのではないか、と。岡田氏は自組織の現状を開示するところから答えた。「アプリとポータルは、組織としてはまず分かれているのが現状です。国民からしたら関係ない話で、別だということすら認識していないと思います」。参照したのはチームトポロジーのストリームアラインドチームで、体験で切った組織がE2Eでユーザーを測れる構造かどうかがポイントだという。そのうえで、こう締めている。
「正直なかなか難しいので、我々も完璧には全然できていません。これからのチャレンジだと捉えています」
