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全エンジニアがプロダクトの状況と方針を理解した上で開発する――CTO不在の組織再建の舞台裏

アライドアーキテクツに学ぶ、プロダクト中心の組織構築への実践 第2回

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2020/10/02 11:00

 本連載では、プロダクト中心の開発組織を実現している、アライドアーキテクツの実践を紹介しています。同社は、マーケティング課題を解決するためのソリューションビジネスや、ソーシャルテクノロジーを活用したSaaS型プロダクトの開発・提供を主に行っており、日本本社とベトナムの子会社に、計50名ほどのエンジニアが所属しています。前回は、ベトナム拠点の受託マインドをどう変革したかを、同拠点のCTO岩間亮氏が解説しました。今回は、CTOが不在である日本側のエンジニア組織がどのような経緯でプロダクトセントリックな組織として立ち上がり、1つのゴールを目指しているのかを、引き続き岩間氏が紹介します。

目次

CTOの不在と、組織の運営方針の消失

 アライドアーキテクツのエンジニア組織は、2017年のCTO退職をきっかけに、CTO不在で運営しています。統率力の高さからエンジニアを惹きつける力があったCTOの退職は、エンジニア組織の運営に大きな打撃をもたらしました。

 CTOが不在になってからは、「開発部」という大きな枠組から各プロダクトの部署に所属して開発業務を行うようになりました。しばらくの間大きな問題は起きませんでしたが、部署ごとに分断されたことでエンジニア間での協力体制がとれなくなっていきました。また、これまでCTOが担っていた役割をエンジニア組織内で割り振って運営を続けていたことに起因し、エンジニアリングに関する大きな方向性がなく単純に役割を分割しただけの状態になりました。

 また、CTOの不在によって、経営陣に対してエンジニア組織から積極的にアクションを起こすこともできない状態であったことから、徐々に組織運営に陰りが見えはじめました。具体的には社内でエンジニアが評価されにくい状態になったことや、コアメンバーを含むエンジニアの大量離職や採用活動の鈍化、それに伴い開発リソースが枯渇したことでビジネス上求められる開発速度を維持することも難しくなっていきました。

 こういった状態から、プロダクトを技術面からより良い方向へ導く動きも思うように取れず、創業当時からあった社内にエンジニア組織が根付いているというアドバンテージが失われつつありました。漠然と「このままでは、エンジニア組織がただの会社内受託組織になってしまう」と思ったことを、今でも覚えています。

エンジニア組織の再立ち上げ

 日本国内のエンジニア組織にとって大きな転機になったのは、当時の執行役員であり現CPO(Chief Product Officer)がエンジニア組織の管掌役員に就任したことでした。程なくして組織運営に関わる意思のあるエンジニアと社長、CPOの間で話し合いが行われ、エンジニア組織の運営に対して部署を越え横断的にコミットしていくメンバーを「棟梁」と名づけ、棟梁が中心となってエンジニア組織を立ち上げ直していくことになりました。棟梁はマネジメント層のエンジニアの集まりではなく、あくまで組織運営に対してコミットする意思のあるメンバーで構成された組織であり、私も立ち上げ当時はマネジメント業務を全く行っていませんでしたが、棟梁のメンバーとして活動していました。

 棟梁の立ち上げ以降は、エンジニアのキャリアモデルの再定義や採用方針の見直し、棟梁とはどのような人材であるべきかという定義、各プロジェクト状況の共有と問題解決への協力などを行い、エンジニア自身によってエンジニア同士がプロダクトをまたいで協力し合い、組織として活動する地盤が整えられていきました。


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著者プロフィール

  • 岩間 亮(イワマ リョウ)

     盛岡情報ビジネス専門学校情報システム科卒業後、地元岩手でハード機器関連の営業職としてキャリアをスタート。その後、派遣会社に転職し工場への派遣を経て、地元SIerへの派遣を期にエンジニアへキャリアチェンジ。本格的にエンジニアとしてのキャリアを積むため上京し、2009年1月グローバルスペース株式会社へ...

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連載:アライドアーキテクツに学ぶ、プロダクト中心の組織構築への実践
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