「管理職は技術から離れていいのか?」村田製作所の技術マネージャーが1年で取り戻した開発の主導権
【17-B-5】AI時代、製造業の管理職はなぜ再び技術を学ぶのか? 事業貢献のための内製化と開発プロセス刷新
急拡大するビジネスを支える中でパートナー企業への依存度は年々高まり、管理職としてコードから遠ざかるうちに、気づけば開発の主導権はパートナー企業側に移っていた。村田製作所でSCM基幹システムを担うシニアマネージャー・濱﨑真治氏は、そんな10年を過ごした後、「Developers Summit」初参加での衝撃をきっかけに1年間がむしゃらに技術を学び直した。内製化の定義に悩み、ドキュメントのマークダウン化で社内に波紋を広げ、組織の反発とも向き合った実践知から、AI時代に管理職が技術と向き合う意味を紐解く。
「管理職は技術から離れていていいのか」を自分に問い続けた10年
村田製作所は1944年創業の電子部品メーカーだ。世界シェア40%を握る積層セラミックコンデンサをはじめ、スマートフォンや自動車、家電など、電気で動くあらゆる製品に同社の部品が使われている。濱﨑真治氏は同社の本社IT部門でSCM基幹システムを担当し、現在はアプリケーション・データアーキテクトとして内製化やドメイン駆動設計(DDD)、AIDD、データマネジメントに取り組んでいる。
濱﨑氏のキャリアは、20代前半に物流ドメインでハンディーターミナル開発を手がけ、20代後半は生産ドメインで業務SEとしてリーダーを務めるという、いわば「プログラマからSE、マネージャーへ」という王道な道のりだったという。転機は30代前半、チームマネジメントを担うようになったタイミングで訪れた。同社のビジネスはこの10年で売上3.1倍という急拡大を遂げ、それを支えるシステム部門は激しい負荷にさらされた。「トランザクションが爆増し、バッチが夜通しやっても終わらない」。そうした状況の中、パートナー企業への依存度は年々高まっていった。
「非常にやりがいはあったが、技術から遠ざかる10年となった」と濱﨑氏は振り返る。システムや仕様を自分たちで理解できなくなり、キーマンはパートナー企業側に移り、ユーザーからの問い合わせにスピーディに答えられなくなった。投資対効果を語れないことに、事業会社の人間としてどうなのかという焦りも募った。「パートナー様への依存度が高まり、開発の主導権は失われた」というのが、10年の率直な総括だった。
デブサミで受けた衝撃、そして社内で味わった「モヤモヤ」
そんな濱﨑氏に転機が訪れたのは、昨年の「Developers Summit 2025 Summer(デブサミ夏)」への参加だった。技術トレンドのキャッチアップ目的で初めて参加したところ、AIをはじめとする技術の進化と、登壇するエンジニアたちの熱意に衝撃を受けたという。「AIってもうこんなことになっているのか」。興奮そのままに社内へレポートを発信したが、反応はそう多くなかった。強く共感してくれる人も少数いたが、濱﨑氏自身はモヤモヤを抱えたままだった。
安定供給を最優先にしてきたこれまでの仕事の延長線上で、次の変化の波に本当に対応できるのか。悩んだ末に、濱﨑氏は「役割にとらわれない」「自ら技術を学び直す」「少しずつ組織と文化を変えていく」という3つを掲げ、独自にチャレンジを始めることを決めた。
外部セミナーや研修への参加、AIや新しい技術を実際に試すこと、社外の技術コミュニティとのつながりづくりなど、この1年はがむしゃらに学び直しに費やしたという。学び直しの先で待っていたのは、10年来パートナー企業と築いてきた関係を揺るがしかねない、「内製化」というひとつの言葉との格闘だった。
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近藤 佑子(編集部)(コンドウ ユウコ)
株式会社翔泳社 CodeZine編集部 編集長、Developers Summit オーガナイザー。1986年岡山県生まれ。京都大学工学部建築学科、東京大学工学系研究科建築学専攻修士課程修了。フリーランスを経て2014年株式会社翔泳社に入社。ソフトウェア開発者向けWebメディア「CodeZine」の編集・企画・運営に携わる。2018年、副編集長に就任。2017年より、ソフトウェア開発者向けカンファレンス「Developers...
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