バイナリ、リポジトリ、その次は? AI時代に開発者が共有する「成果物」をティム・オライリー氏らが問う
「IBM TechXchange 2026」レポート
AIのコーディング支援で、ソフトウェアを作る速さは大きく変わった。その一方で、自分の環境ではうまく動いたスキルやプロンプトを同僚に渡しても、同じようには動かない。そんな経験をした開発者もいるだろう。ディスクで配るバイナリ、Webのサービス、GitHubのリポジトリと、ソフトウェアには時代ごとに、成果物を共有する単位があった。AIで作る時代に、それは何になるのか。米アトランタで開かれたIBM TechXchange 2026では、O'Reilly Media創業者のティム・オライリー氏らが、開発者の役割の変化、ジュニアの育ち方とあわせて、この問いを議論した。
バイブコーディングは「古い種類のプログラミング」
「正直に言うと、AI業界は少し歴史を顧みず、近視眼的だと思います」。AIは開発者の効率を上げているだけなのか、それとも職業そのものを定義し直しているのか。司会のそんな問いに、オライリー氏はこう切り出した。
IBM TechXchangeは、IBMが毎年開く技術者向けのカンファレンスで、今年は10月26日から29日まで、米ジョージア州アトランタのジョージア・ワールド・コングレス・センターで開かれた。27日午後に組まれたのが、パネル「The Future of Software Development in the Age of AI」だ。
登壇したのはTim O'Reilly(ティム・オライリー)氏のほか、AIエージェント基盤を手がけるNeuralSeekの創業者兼CEO Garrett Rowe(ギャレット・ロウ)氏と、IBMでコーポレート・レスポンシビリティを担当するバイスプレジデント兼チーフ・インパクト・オフィサーのJustina Nixon-Saintil(ジャスティナ・ニクソン=セインティル)氏。司会はIBMのAI開発者リレーションズ担当バイスプレジデント、Bill Higgins(ビル・ヒギンズ)氏が務めた。
オライリー氏は、自身が3〜5回の「革命」をくぐってきたと振り返る。初期のマイクロコンピューターでは、誰もがインタプリタ言語に熱狂した。「いわば当時のバイブコーディング」だという。Webが来ると、HTMLを書くだけでアプリケーションに相当するものが作れ、ほかの人が作ったものを見てそのままコピーできた。回路の配線から低レベルの言語、コンパイラとインタプリタを経て、今はコンピューターに話しかけられるようになった。
それでも根本の課題は変わらない、とオライリー氏はいう。問われるのは、コンピューターに指示する人間の側が「何を言いたいのか、そもそも言うべきことを持っているのか」だ。何かを発明すること、目的をはっきりさせること、顧客が本当に必要としているものを理解することは、今も変わらず中心にある。
そのうえで、オライリー氏は流行に冷や水を浴びせる。「バイブコーディングは大きな目くらましになっています。あれが生み出しているのは古い種類のプログラミングにすぎず、私たちが学ばなければならない新しい種類のプログラミングは、ほかにたくさんあるからです」。
新しい種類のプログラミングとは何か。オライリー氏の整理では、今のAIアプリケーションは2つの部分でできている。同じ入力に対して常に同じ出力を返す決定論的なソフトウェアの部分と、LLMのように同じ入力でも出力が変わりうる非決定論的な部分だ。後者に頼めば、前者のコードをその場で書かせられる。必要になるたびに作り直せるなら、コードを大事に保守し続ける理由は薄れ、使い終われば捨てるものに近づいていく。
オライリー氏は、AIを話し言葉と同じ「表現のメディア」だと捉えている。人間の表現には、「椅子はどこ?」のように用が済めば消える一言から、本や映画のように長く残る作品まで幅がある。コードも同じで、使い捨てのものから、友人に動画を送るように渡すアプリ、世界を変える長く残るアプリまで幅がある。ネットに使い捨ての動画があふれても、クリストファー・ノーラン監督は『オデュッセイア』を撮った。AIを表現のメディアとして捉えれば、可能性の幅が見えてくる。使い捨てから長く残るものまで、その全体を視野に入れるべきだという。
2025年2月の文章「The End of Programming as We Know It」で、オライリー氏は「プログラミングの終わりではない。今知られている形のプログラミングの終わりだ」と書いていた。この日の発言は、その見立てを、AIが量産するコードの側から言い直したものといえる。
開発者の役割は「監督役、アーキテクト、統合役」へ
では、開発者はどこで価値を生むのか。毎日AIでものを作っているロウ氏は、「抑制と均衡(check and balance)、つまりガードレールを提供すること」を挙げた。
5年前は、リード開発者がアプリケーションの骨組みを作り、ジュニア開発者がその上で部品を埋めていた。今は、ジュニアが誰の監督も受けずに機能まるごとを作れる。問題は、それを大きなアプリケーションに取り込み直すときだ。適切なユーティリティ関数を作ったか、再利用できるものを再利用したか、メモリ使用量と実行時間を最適化したか。コストを左右するこうした点が、AIはまだ得意ではなく、この先も得意にならないかもしれない。だから開発者の役割は「監督役(overseer)、アーキテクト、そしてそれらをまとめ上げる統合役」に寄っていく、というのがロウ氏の見立てだ。
IBMのニクソン=セインティル氏も、開発者を2年前と同じやり方で教育すべきかと問われ、「まったくそうではありません」と即答した。5年前の開発者の多くは構文を書いていた。今必要なのは、AIを監督し、判断を下し、AIの判断をいつ覆すかを見極められる人だ。仕事を取り巻く文脈を理解し、部門やチームをまたいで協働し、AIエージェントと人間の両方を監督する。「よりマネジメント的な役割です」。
「1〜2年後の優れた開発者は、アーキテクトに近いのか、プロダクトマネージャーに近いのか」。後半で司会がこう尋ねると、ロウ氏は「そのすべて」と答え、ある失敗談を明かした。
比較的シニアな開発者が、プロダクトに設けていたガードレールをどうにかすり抜け、約2TBのPDFをメモリに読み込んで、クラスタ全体を落としてしまったという。「システム思考の観点から目標を解こうとしている間に、プロダクトの観点からは完全に的外れになっていることに気づいていなかった。顧客が求めていたものを見落としたわけです」。アーキテクチャ、プロダクト、システムを結びつけられる人こそが伸びていく、とロウ氏はいう。
ただ、骨組みを作るリード開発者も、かつては部品を埋めるジュニアだった。その下積みをAIが引き受けるようになったとき、次のシニアはどこで育つのか。登壇者が最も多くの時間を割いたのは、この問いだった。
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斉木 崇(編集部)(サイキ タカシ)
株式会社翔泳社 ProductZine編集長。1978年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学専門分野)を卒業後、IT入門書系の出版社を経て、2005年に翔泳社へ入社。ソフトウェア開発専門のオンラインメディア「CodeZine(コードジン)」の企画・運営を2005年6月の正式オープン以来担当し、2011年4月から2020年5月までCodeZine編集長を務めた。教育関係メディアの「EdTechZine(エドテックジン)」...
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