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「IBM TechXchange 2026」レポート

バイナリ、リポジトリ、その次は? AI時代に開発者が共有する「成果物」をティム・オライリー氏らが問う

「IBM TechXchange 2026」レポート

斉木 崇(編集部)[著]

何を「成果物」として共有するかは、まだ決まっていない

 「将来、本当に決定的に重要になると思うことがもう一つあります。AI開発の成果物をどう共有するかです」(オライリー氏)。

 オライリー氏によれば、ソフトウェアには時代ごとに、作り手が生み出し、受け渡してきた成果物があった。

時代ごとに共有されてきたソフトウェアの成果物(オライリー氏の発言をもとに編集部作成)
時代 共有されたもの
パッケージソフトの時代 ディスクで配るゴールドマスター(出荷用の原盤となるバイナリ)
Webの時代 継続的に更新されるサービス、GitHubで公開されるソースコードのリポジトリ
AIの時代 未定(決定論的なコードと、エージェントのような非決定論的なインターフェースの複合体)

 では今、開発者どうしやチームの中で、何を受け渡せばよいのか。オライリー氏は、社内でスキルを使ってきた経験を挙げる。「私がスキルを作って誰かに渡しても、私のところと同じようにはうまく動かない。そして、実は私の環境にあるコンテキストが欠けているからだ、と気づく」。

 スキルとコンテキストをどう束ねればよいのか。良いMCPサーバーはどう書けばいいのか。コンテキストの価値とは何か。とりわけ企業では、大勢が個別に実験して新しい解き方を見つけているのに、それをどこに置けばいいのかが解明できていない。共有し、積み上げていくためのインフラは作り直されている最中だ、という。

 O'Reilly Mediaの「Expert MCP」は、その一つの答えだ。同社が蓄えてきた専門家の知識を、MCP経由でエージェントに渡す仕組みで、オライリー氏は「以前はパッケージ化する必要がなかったコンテキストを、パッケージ化する方法」と説明した。

 ここでNeuralSeekのロウ氏が、思わぬ角度から話に入った。「私もまさにその点で苦労してきました。会社として、私たちはオープンソースソフトウェアをほとんど組み込んでいません」。5年前なら、ちょっとしたタスクのために適当なリポジトリを取ってきたかもしれない。今は、そのライブラリがどんな依存関係を持ち込むのか分からないので組み込まない。AIを使えば、必要な小さな部分だけを作り直せるからだ。「これは、オープンソースソフトウェアと、ものの共有の仕方を根本的に変えることになるでしょう」。

 GitHubのリポジトリという、Web時代の共有の単位そのものが、AIで作る現場では使われ方を変えつつある。オープンソースという言葉を広めた一人であるオライリー氏は、これを「まさにそのとおり」と受けた。

 では、次の単位は何になるのか。オライリー氏は締めくくりの発言で、ヒントを示している。2025年10月に公開した文章「Magic Words」で、ある言葉はほかの言葉より多くのコンテキストを持つ、と書いた。チャットボットに「PRDを書いて」と言えば、たった3文字の略語が、プロダクト要求仕様書という一つの知識体系まるごとに展開される。オライリー氏はこれを、映画『ドクター・ストレンジ』の魔術師が「〇〇の力によって、汝にこれこれを命ずる」と唱える呪文になぞらえた。「私たちがAIでやっているのは、こうした呪文を書くことなのです」。

 この呪文にあたるのが、オライリー氏のいう「コンテキストバンドル」だ。特定の知識体系や手順を、短い言葉で呼び出せるようにひとまとめにしたものを指す。Expert MCPを使えば、エージェントに「ケント・ベックの力によって、整ったコードを書け」と伝えられるという。ベック氏は、コードを小さく整える「整頓(tidying)」を著書『Tidy First?』で説いた人物だ。名前一つで、その流儀を呼び出せるわけだ。

 オライリー氏は、初期のWebやオープンソースの人々は、ソフトウェアパッケージこそが決定的な成果物だと考えて間違えた、とも指摘した。今は、モデルとハーネスを合わせたチャットボットが成果物だと考えられているが、「私にはそうは思えない」。次の共有の単位は、ソーシャルメディアの時代に投稿がそうなったように、「コード+コンテキスト」なのかもしれない。ただし、こう念を押した。「今あるものがその答えだと言っているわけではありません。答えの方向を手探りしているだけです」。

ルールではなく、インセンティブで考える

 パネルの最後のテーマは、イノベーションと責任だった。

 IBMのニクソン=セインティル氏は「信頼を築かずにイノベーションを起こすことはできない」と言い切る。自身はIBM Responsible Technology Boardのメンバーとして、販売するものでも社内で使うものでも、ソリューションが人や地域社会に悪い影響を与えないかを確かめている。ガードレール、データの使われ方、人を置き換えるのではなく拡張するという観点、そして透明性と説明可能性を挙げた。

 オライリー氏は、ルールの集合として考えるより、インセンティブ(コンピューターサイエンスで言う「報酬」)で考えるべきだとした。今のAIを取り巻く状況では、速く動くこと、人員を減らして効率化すること、他人の知的財産を取り込むことに報酬が与えられている。そこで、望む結果から逆算してルールを設計する経済学のメカニズムデザインにならい、ガバナンスを考え直すべきだという。

 社員が自社のAIへの懸念を公にする出来事を受けて、司会が「現場で働く人には、問題に気づいたとき声を上げる責任があるか」と尋ねると、2人の答えには温度差が出た。ニクソン=セインティル氏は、現場の社員には声を上げる責任があり、同時に企業は声を上げられる安全な場を用意すべきだとして、事業部門がユースケースをボードに持ち込める仕組みを紹介した。オライリー氏は「企業を免責して、内部告発者になるのは社員の責任だと言うべきではない」と応じ、企業により高い基準を課すべきだとした。インセンティブが狂った市場の仕組みには何らかの政府の介入が要り、それはAI市場より資本市場へのブレーキになるだろう、という。

今は、Webで言えば1996年

 「3〜5年後に振り返ったとき、このソフトウェア開発の変化について、私たちは何を見誤っていたと言われるでしょうか」。司会の最後の問いに、3人はそれぞれの見誤りを挙げた。

 ニクソン=セインティル氏は「テクノロジーに投資したほどには、人に投資しなかった」ことだという。今の議論の多くはツールとその展開に向いているが、ツールと同じだけ、人が転換期を乗り越えるための支えに投資すべきだ、という指摘である。

 ロウ氏は「これが前例のない、二度と繰り返されない変化だと考えていた」ことを挙げた。パラダイムを破り、何分の一かの時間で物事をこなせるようになるサイクルは、ソフトウェアの歴史で何度も繰り返されてきた。10年後にまた起きると考えないほうがおかしい、という。

 オライリー氏の答えは、今がまだ「超初期」だと気づいていなかった、というものだ。画期的な技術が生まれてから、それを本当に活かすキラーアプリが現れるまで、だいたい5年かかる。Webで言えば、今は1996年か1997年の初めごろ。Amazonは事業を始めていたが株式公開はまだで、Googleの登場は2〜3年先だった。私たちが当たり前と思うことになるものの多くは、まだ何年も先にある。

 ディスクのゴールドマスターの時代に、GitHubを思い描けた人はほとんどいなかったはずだ。AIで作るソフトウェアの成果物を、何として共有するのか。その単位も、まだ誰も決めていない。オライリー氏は、ロウ氏の発言を受けてこう続けていた。「共有の仕組みは、まだ発明されていません。会場の皆さんの誰かが、それを実現する決定的な仕組みを発明するかもしれません」。

IBM AI開発者リレーションズ担当バイスプレジデント ビル・ヒギンズ氏
IBM AI開発者リレーションズ担当バイスプレジデント ビル・ヒギンズ氏

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この記事の著者

斉木 崇(編集部)(サイキ タカシ)

株式会社翔泳社 ProductZine編集長。1978年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学専門分野)を卒業後、IT入門書系の出版社を経て、2005年に翔泳社へ入社。ソフトウェア開発専門のオンラインメディア「CodeZine(コードジン)」の企画・運営を2005年6月の正式オープン以来担当し、2011年4月から2020年5月までCodeZine編集長を務めた。教育関係メディアの「EdTechZine(エドテックジン)」...

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