バイナリ、リポジトリ、その次は? AI時代に開発者が共有する「成果物」をティム・オライリー氏らが問う
「IBM TechXchange 2026」レポート
シニアとジュニアを分けるのは、見てきたコーナーケースの数
ロウ氏が採用で見るのは、学位でも資格でもない。「業務の外で何をコーディングしているのか、とても複雑な問題をどう解いたのか」だ。
例に挙げたのは、ChatGPT以前の創業期に5人目の社員として採ったRJ氏である。シニア開発者が欲しいのに、予算はジュニア1人分しかなかった。そこへ届いたRJ氏の履歴書は、「良かったからではなく、ひどかったから」目を引いた。職歴はコンビニエンスストアの店員で、コンピューターサイエンスの学位もない。ただ、業務外のプロジェクトがずらりと並んでいた。面談で話してみると、ロウ氏らが作っているプロダクトに興味を持ち、その場でロードマップに載りそうなアイデアを次々に出してきた。今では社内で最もシニアな開発者の一人だという。
IBMのニクソン=セインティル氏は、好奇心と学び続ける柔軟さに加えて、ジュニアをメンターと組ませる必要を説いた。判断力は、シニアの経験があってこそ身につく部分があるからだ。IBMは新卒・未経験層の採用を増やし、経験豊富なリーダーと並んで働かせているという。
オライリー氏は、ジュニアがシニアになるのに要るものを2つに絞った。メンターシップと、さまざまなコーナーケース(複数の条件が重なったときにだけ表に出る、まれで扱いにくい事例)を経験する機会だ。「シニアは、ジュニアがまだ見たことのない出来事を見てきている」。
引き合いに出したのは、米空軍の熟練整備士の育成プログラム。一人前になるのに2年かかっていたのは、問題が一通り起きるまでに2年かかるからだった。ならば難しいコーナーケースを先に集めて教えれば、ずっと速く育てられる。O'Reilly Mediaがしてきたのも同じことだと、オライリー氏はいう。最先端で難しい問題を解いてきた人の知識を、本や研修の形にまとめて共有する。「今はそれをMCPにも組み込んでいて、皆さんのエージェントも人の専門知識を取り込み、ある種のメンターになれるようにしています」。専門家の知識を、人ではなくエージェントに渡す。この発想は、後半の議論の伏線になった。
楽観ばかりではない。NeuralSeekでは、4〜5人のつもりで募集したインターンに数百人が応募したのを機にプログラムを組み替え、今は2か月ごとに約400人を受け入れている。そのNeuralSeekを率いるロウ氏が、議論の終わりにこう付け加えた。「ただ残念ながら、ジュニア開発者には厳しい状況になるでしょう。大企業でさえ、取締役会から『競合はこんなに少ない開発者でやっているのに、うちはなぜこんなに多いのか』と迫られるからです」。
AIのキラーアプリは「極めて個人的」なものになる
話はアプリケーションの側に移る。オライリー氏は、ChatGPTをAIのキラーアプリと見るのは、Webの初期に、広く普及したブラウザのMosaicをキラーアプリと見たのと同じ誤りだという。実際にWebを決定づけたのは、Google、Amazon、Netflixのような、ソフトウェアで実現されたクラウドサービスだった。モバイルでも同じことが起きた。
AIのキラーアプリはまだ生まれていない、とオライリー氏は見る。そのうえで、「まず何よりも、利用者一人ひとりにとって極めて個人的なものになる」と予想した。例に挙げたのが、トッド・パーク氏らが創業した、高齢者向けの医療保険を手がけるDevoted Healthだ。高齢者や慢性疾患を抱える人が再入院せずに済むよう、顧客一人ひとりにパーソナルなエージェントを用意している。服薬を思い出させるだけでなく、利用者は「気遣われている」と感じているという。
これは決定論的なソフトウェアではなく、利用者についてのコンテキストを蓄積していくLLMのようなものだ。そうなると、そのコンテキストを安全に保つための発明が要る。とりわけ、ほかの企業が運用するエージェントが自分のことを何もかも学ぶ場合だ。
NeuralSeekのロウ氏は、作り手の側から補った。bashやnginxのように、小さなチームは昔から世界を変えるものを作ってきた。AIで縮んだのは、コスト以上に、開発にかかる「時間」だ。極めてパーソナライズされたソフトウェアを、何分の一かの時間で作れるようになった。勝負を分けるのは、顧客自身も気づいていない問題まで理解しているかどうかだという。
使う側がコンテキストを蓄えていくなら、作る側でも、受け渡す対象はコードだけでは済まなくなる。パネルの後半、オライリー氏はこのコンテキストを、作り手どうしの問題として持ち出した。
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斉木 崇(編集部)(サイキ タカシ)
株式会社翔泳社 ProductZine編集長。1978年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学専門分野)を卒業後、IT入門書系の出版社を経て、2005年に翔泳社へ入社。ソフトウェア開発専門のオンラインメディア「CodeZine(コードジン)」の企画・運営を2005年6月の正式オープン以来担当し、2011年4月から2020年5月までCodeZine編集長を務めた。教育関係メディアの「EdTechZine(エドテックジン)」...
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