AIは仕事を奪ったのではない、格差を生んだ
セッション冒頭、株式会社ハイヤールーで代表取締役を務める葛岡宏祐氏はOpenAIが2026年4月に公開したレポート「Industrial Policy for the Intelligence Age: Ideas to Keep People First」の一文を引用した。「技術の進化を単なる生産性の向上で終わらせないためには、労働者の意見は極めて重要な役割を果たします」。AnthropicやOpenAIといったベンダー自身が、AIを労働の代替ではなく協働の対象として語り始めているという指摘だ。
これに応じたのが、技術経営アドバイザリーとして活動し、AIエージェントとの協働をテーマにした著書『AIエージェント 人類と協働する機械』を上梓した広木大地氏だ。広木氏によれば、AI黎明期には「AIが雇用を奪う」という言説が広く伝えられてきたが、実際に起きているのはもっと複雑な現象だという。
「自分の力を拡張して自由自在にいろいろなものを作れるようになった人がいる一方で、なかなか使いこなせない人もいる」(広木氏)AIが労働者の力を10倍、20倍、時には100倍に拡張する存在になった一方で、使いこなせるかどうかによる格差がどんどん広がっている、というのが広木氏の見立てだ。
そこで広木氏が強調するのが「AI」と並走する「IA」、すなわちIntelligence Amplifier(知能増幅器)という概念である。IAの発想自体はAIより歴史が古く、パーソナルコンピューターやWikiの開発思想にも通じる。神託を授ける巨大なマザーコンピューターというSF的でディストピア的なAI観に対し、IAは個人がエンパワーメントされ能力が拡張されていく世界観だ。Copilotをはじめ大手ベンダーの製品展開も、AIというよりIAとしての側面に重心を移しつつあると広木氏は見ている。
この増幅器としての力をうまく引き出せるかどうかは、当然ながらエンジニアの雇用にも影響する。葛岡氏が示したデータによれば、2025年半ば以降、ソフトウェアエンジニアの雇用は復調傾向にある。一時期囁かれた「エンジニア不要論」とは裏腹に、AIが人間を置き換えるものから、IAとして生産性を押し上げるツールへと役割を変えている表れだと葛岡氏は解説する。
もっとも、話はそう単純ではない。葛岡氏が続けて紹介したのが、海外のビッグテック企業に広がる「ブーメラン採用」だ。MetaやGoogleなどでレイオフされたエンジニアを、企業が再び雇用し直す動きである。CNBCのデータでは、企業の54%がシニア層の採用を増やす計画を示しているという。裏を返せば、戻ってきているのはシニア層が中心で、ジュニア層はレイオフされたまま戻ってきていない可能性がある。
「AI時代において、どのようなスキルを満たしていればジュニアで、何がシニアなのか」。葛岡氏が広木氏に投げかけたこの問いこそ、この日のセッションの核心だった。
「AIと協働する力」で伸び悩んだのは、「共同推論」と「出力の品質保証」
広木氏はまず、シニアの価値は「問題解決の細部をすべて知っていること」ではないと釘を刺す。重要なのは、今動いているものがどんな環境・背景で動いているかを理解し、AIに「ここは止まりそうだから、このようにしておいて」と的確な方向づけができるメンタルモデルだ。
そのうえで広木氏が提示するのが、著書でも触れている「3つのC」である。まずは「Craft(クラフト)」、実際に手を動かして技術の限界と可能性を身をもって把握する手触り感。次に「Concept(コンセプト)」、本質的な問いを立て新たな価値の枠組みをゼロから設計する力。そして「Communication(コミュニケーション)」、対話によって人とAI、人と人の視点をつなぎ合意を形成する力だ。
興味深いことに、海外でも似た指標が独自に生まれている。葛岡氏が紹介したのは、Anthropicが提唱する「AI Fluency Index」の「4つのD」だ。AIと人間の役割分担を決める「Delegation(委任)」、目的を言語化しAIの有用な振る舞いを引き出す「Description(説明)」、AIの出力の妥当性を見抜く「Discernment(識別)」、そして利用と結果に責任を持つ「Diligence(勤勉・配慮)」。CoderPad社が掲げる「Strategic Use of AI」「Problem Framing」「Explanation and Architecture」など5つの指標も含め、AI時代に求められるスキルの輪郭は、複数のベンダー・専門家の間で驚くほど収束しつつある。
こうした指標を踏まえ、ハイヤールーが独自に定義したのが「AI協働力」だ。300社・100万件の評価データを分析した結果、とりわけスコアが伸び悩んでいたのが「共同推論」と「出力の品質保証」だったという。AIだけに推論させ、出てきた結果を鵜呑みにする状態こそ、AIに使われる側に回ってしまう典型だと葛岡氏は指摘する。
「共同推論」の欠如がもたらす現実を、広木氏は生々しいエピソードで語った。「若手が『資料をAIで作ってきました』と話しているものの、資料は綺麗だが、話を聞くと中身がないことがある」。具体的にある箇所を指して「これは一体何を実現しているのか」と尋ねると、「そこまでは考えていなくて」といった答えが返ってくるという。
広木氏はこれを「認知的盲従」と呼ぶ。AIが出してくる提案に対して「分かった、それでいいよ」と何も検証せずに通し続けると、後になって何が行われていたのか誰も説明できなくなる。コーディングの現場でも同じ構造の「認知負債」「意図負債」が生まれ、ソフトウェアの中身がブラックボックス化していく。
「膨大な思考をAIと伴走して行い、その結果として小さなアウトプットを作る分には、すごく有用な知識になる」と広木氏は補足する。一方で、何も考えずにAIへ丸投げすれば、それらしいだけで意味のないアウトプットに回帰してしまう。共同推論が抜け落ちたとき、そこにいる人間は「人間でなくてもよいのではないか」という状態に近づいてしまうというのが、広木氏の警鐘だ。
個人の「できる」から組織の「自創化」へ、生産性は2倍にも
広木氏の著書では、個人の成熟度ではなく組織の業務における成熟度を5段階で定義している。レベル1は個人レベルの「できる化」、レベル2は部署レベルの「できる化」。レベル3は社内ナレッジ連携による「自働化」、レベル4は業務の発生から完了までを任せる「自働化」。そしてレベル5は、業務改善のサイクル自体をAIに任せる「自創化」だ。レベル1で見込める生産性向上が10%程度なのに対し、レベル5では90~100%、つまり生産性が2倍に達するという。
広木氏はこの背景に、時代ごとの「正しさ」の変遷があると説明する。製造業由来の「標準化してマニュアル化する」発想、2000年代Webビジネス以降の「可視化して最適化する」発想。いずれもAI時代においては、最初に据えるべき優先事項ではなくなりつつあるという。まず自分ができる業務を他者やAIに広げる「できる化」、それを自動的に回す「自働化」、改善まで含めて任せる「自創化」――この順番で組織のAI活用を組み立て直す必要がある。
この考え方を具体的な物差しに落とし込んだのが、ハイヤールーの評価ダッシュボードだ。「共同推論」をさらに分解すると、「提案の評価と採択」と「代替案の引き出し」という指標になる。平均スコアは前者が67.3%、後者が56.2%。「AIの方針提案を根拠付きで採択・評価しているか」「鵜呑みにせずAIと一緒に推論しているか」といった観点でギャップを可視化し、そのギャップを埋めるアクションを組織にインストールしていくことで、レベル1からレベル5へと引き上げていけると葛岡氏は語る。
葛岡氏は最後に、この日語られた内容をこう総括した。AIは労働を奪う存在ではなく、人間の力を増幅するIAである。しかし増幅するためには、それにふさわしいスキルが求められる。それこそが「AIと協働する力」であり、育成の第一歩は現在地を可視化することにほかならない。求められるスキルとのギャップが見えて初めて、それを埋めるアクションが取れる。
ハイヤールーは、この可視化と育成のサイクルを3つのサービスとして提供している。採用時にAI協働力を可視化する「Skill Interview」、実務のログからAI活用の量と質を可視化する「Skill Assessment」、そしてそこから個別最適な学習プランを自動提案する「Skill Development」だ。NTTドコモや出前館、タイミー、DMM.com、GMOインターネットグループ、freeeなど300社超が導入しているという。
AIというIAをどこまで使いこなせるかは、結局のところ個々のエンジニアの「共同推論」と「出力の品質保証」にかかっている。自分がどちらの側に立っているのか、まずは可視化してみることが、格差の反対側に立つための最初の一歩になる。
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