第1回の連載はコチラ
「もうできたんですね。では、こちらもお願いします」
早く仕事を終えた人に次の仕事が回ってくるのは、AIが普及する以前からよく見られた光景です。仕事に慣れたり、手順を工夫したりして時間を縮めても、空いた時間に次の依頼が入れば、忙しさは減りません。では、AIで作業がさらに速くなったとき、この仕事の回り方は変わるのでしょうか。
たとえば、AIで資料を早く作れるようになった職場を考えます。作成担当の作業時間は短くなりましたが、帰る時間は変わりません。それは依頼者が早く提出された実績を見て、次の仕事を渡すからです。
作った資料は、いずれも同じ確認担当の確認を待っています。早く仕上げた人は依頼に応えていますし、仕事を渡す側も、対応できそうな人へ頼んでいます。それでも、提出される件数が確認できる件数を上回れば、確認待ちは増えていきます。
仮に、資料を作る時間だけがゼロになったとします。確認する人数と手順、仕事を割り当てる基準はそのままです。依頼を受けた瞬間に資料が完成しても、それを受け取る確認担当者は増えていません。作成の手間が消えても、新たな依頼が続くかぎり提出は増えます。提出される件数が確認できる件数を上回るあいだ、確認を待つ資料は増え続けます。
作成の手間が消えると仮定しても、次の仕事を増やす基準や確認の進め方は残ります。実際の職場では、早く提出した後に次の依頼が増えたかを追います。あわせて、確認を終えて利用者へ届くまでの時間も短くなったかを見ます。忙しさが減ったかを知るには、空いた時間が何に使われたかも確かめます。「もうできたんですね」の後に続く判断まで見てみます。
「もうできた」が、次の割り当ての根拠になる
ある行動が結果を生み、その結果が次の行動の条件を変える循環を、フィードバックループと呼びます。これは、誰かから感想をもらうことだけを指す言葉ではありません。冒頭の職場では、依頼者が提出できた件数を見て、次に割り当てる件数を増やしています。結果が仕事の配分へ戻るところで、一周が閉じます。
連載第1回の「線形思考」の話からは、問いを分けて引き継ぎます。結果が次の条件へ戻るかどうかは、一つの問いです。入力と出力の変化が比例するか、影響が届くまでに時間差があるかは、それとは別の問いです。比例する関係が循環を作る場合も、戻り道のない関係が比例しない場合もあります。この回ではまず、結果が次の配分へ戻る経路を追います。
ここでは作成担当、仕事を割り当てる人、確認担当、資料を使う人までを範囲に入れます。確かめたいのは、必要な品質の資料が利用者へ届くまでの時間です。作成担当の手を離れた時点だけを測ると、その後に発生する待ち時間が見えません。
提出件数が評価される職場で追加の依頼があり、それを引き受ける余力もあるなら、次の循環を疑えます。これは先ほどの場面を説明するための仮説です。どの職場でもこうなっているという図ではありません。

矢印の(+)は、他の条件を同じにして前の量を増やしたとき、後ろの量を増やす向きの影響です。前の量を変えなかった場合との比較であり、「よい影響」という意味ではありません。この図では提出の増加が次の割り当てを増やし、それがまた提出を増やします。最初の変化を一周後にさらに進める、この働きが強化ループです。
この図で提出を増やすきっかけは、熟練でも手順の改善でも、AIによる作成時間の短縮でも構いません。ただ、AIを導入して提出が一度増えただけでは、まだこの循環を確かめたことにはなりません。提出実績を見た人が次の依頼を増やしたか、その依頼を処理してまた提出が増えたかまで追います。同じ高速化でも、依頼件数が決まっていれば、この経路で仕事が増えることはありません。作る力が増えたことと、その力を次も使うように配分が変わったことを分けます。
早く提出した人は評価され、依頼者は頼みたかった仕事を渡せます。確認待ちの増加が、その二人の評価や次の配分に反映されなければ、作成を増やす判断は選ばれ続けます。悪意がなくても続くのは、それぞれが見ている範囲ではうまくいっているからです。
強化という言葉に善悪は含まれません。確認も利用も追いついているなら、同じ循環で価値のある仕事を増やせます。また、強化は増加だけを指す言葉でもありません。提出が減ったのを見て、依頼者が次に任せられる件数を低く見積もり、割り当てを減らすとします。その結果さらに提出が減るなら、同じ図が減少を進めます。
ただし、一度提出が減っても、休暇や仕事の難しさを考慮して割り当てを変えない職場もあります。そこでは、この減少の経路は働きません。仕事が増減したという記録だけで、強化ループを見つけたことにはできません。誰がその結果を受け取り、何を根拠に次の割り当てを変えたかまで確かめる必要があります。実績を見ていたつもりで、次の実績が増減する条件も作っていることがあります。
作る時間と、確認を待つ時間を分ける
依頼を受けてから利用者へ届くまでには作業している時間と、誰かを待つ時間があります。資料を作る時間が短くなっても、それ以上に確認待ちが延びれば、全体では遅くなります。待ちが少し増えても作成時間の短縮がそれを上回れば、利用者へ早く届く場合はあります。ここで「AIで何時間短縮したか」だけを集計すると、作成担当の改善と利用者の実感を比べられません。
一部の作業を改善しても、全体の目的に沿った改善にならないことがあります。これが部分最適の問題です。今回の「全体」は、必要な品質の資料が利用者へ届くまでの流れです。確認担当だけを遅い人と見なすと、その人へ仕事を集める配分の仕組みが見えなくなります。
待っている仕事の量も、分けて見る必要があります。ある時点でたまっている量をストックと呼びます。ここでは未確認の資料の件数です。これに対して、単位時間あたりにストックを増減させる量をフローと呼びます。この職場なら一日に提出される件数と、一日に確認を終える件数です。
新たな提出は流入、確認を終えることは流出に当たります。差し戻し後の再提出も流入へ含めます。仕事が取り消された場合も待ちからは減るので、利用者へ届いた件数とは分けて記録します。

「提出を減らしたのに、まだ確認待ちが増えている」という状態も起こります。同じ種類の資料について、仮に一日の提出を10件から8件へ減らし、確認を終える量は一日6件のままだとします。取り消しなどがなければ、確認待ちの増え方は毎日4件から毎日2件へ変わります。増える速さは落ちましたが、残っている件数はまだ増えています。流入が減ったことをストックも減ったことと取り違えるのが、蓄積の誤認の一例です。
逆に、提出を止めても、たまった資料がすぐに消えるわけではありません。流入を抑えた日と、確認待ちが解消した日はずれます。「改善したのに、まだ忙しい」という感覚だけでは、打った手が効いていないのか、残った仕事を処理している途中なのかを見分けられません。新たな提出、確認を終えた仕事、残っている仕事を同じ期間で並べます。
自分の「完了」が、次の人の「未着手」に移っただけかもしれません。
