AIが「作る」を高速化させた時代の落とし穴
現代のソフトウェア開発において、大規模言語モデル(LLM)やコーディング支援エージェントといった生成AIの進化と普及は、開発スピードを劇的に向上させた。技術革新による変化は、プロの現場だけでなく教育現場にもダイレクトに波及している。sumire氏が教鞭をとる専門学校の教室でも、学生が「アプリを作ったのでレビューしてほしい」と、短期間で完成品を持ち込んでくるケースが急増している。
一見すると、若手が強いモチベーションで素早く成果物を出せるようになった状況は、極めてポジティブな変化に思える。しかし、提出されたプロダクトを通して学生たちと対話する中で、sumire氏は「成果物の完成スピードは上がり、誰もが作れるようになった。ただ、その手前にある問題設定が抜け落ち、クオリティが落ちているのではないか」と懸念を持ち始めた。
ここで言う「クオリティの低下」は、AIが生成するコードの品質そのものを指しているわけではない。真の問題は、開発の前工程に存在すべき「誰のためのアプリか」「なぜその機能が必要か」「どのような課題を解決するのか」といった本質的な思考プロセスが深掘りされないまま形になってしまう点にある。
実際に、sumire氏が学生の作成したアプリについて質疑を重ねると、問題は顕著になる。「誰のために作ったのか」という問いには「多くの人に使ってほしくて」と曖昧に答え、「この機能は本当に必要だったのか」と尋ねると「実装できてしまったから」という回答が返ってくるのが現実だ。
つまり、ユーザーのペルソナも、解決すべき具体的な課題も、機能の優先順位付けも存在しないまま、AIとの対話の延長線上で偶然「できてしまった」プロダクトが量産されている。
この現象は、教育現場特有の未熟さだけが原因ではない。現代の開発現場において、ツールを駆使して「成果物を出すこと」と、エンジニアリングとして本来求められる「開発ができること」が乖離している状況を表している。
「AIを使えばとりあえず形になる」からこそ、前工程の思考力を欠いたまま開発が進み、本質的な価値を生み出せるエンジニアとそうでないエンジニアの間で、成長の差が決定的に広がっているとsumire氏は指摘する。
エンジニア教育で教えるのは「知識」ではなく「行動とマインド」
このような「AIで簡単に作れてしまう時代」において、現場のリーダーや教育者は、若手エンジニアに何をどう教えるべきなのだろうか。
ソフトウェア開発の世界において、教えるべき知識やスキルの領域は多岐にわたる。しかし、学校の授業であれ企業の新人研修であれ、指導者に与えられた時間は限られており、すべてを網羅的に教え込むことは不可能だ。
「開発ができる」という状態を分解すると、コードを書く実装やシステム構成を決める設計といった工程は全体の一部に過ぎない。そこで、限られた時間の中で教育成果を最大化するには、知識のインプットそのものよりも、思考や行動のプロセスに焦点を当てたアプローチが不可欠となる。
「知識を全部教えるのは無理だからこそ、考え方や行動へのアプローチを強くし、自分から必要な知識を取りに行けるマインドを育てることが重要である」とsumire氏は強調する。
特定の技術スタックや最新AIツールの使い方はいずれ陳腐化するが、「課題を発見し、解決策を導き出し、必要な情報を自ら取得して学び続ける力」は、どのような時代環境でもエンジニアを支える基盤となる。教育の真のゴールは、指示通りに動く作業者を育てることではない。自力で学習サイクルを回し、自走できるエンジニアを輩出することに他ならない。
