経験したロールは20近く、それでも「与えられた役割は何でもいい」
もっち氏はその後も、特許の執筆やコードを書かないプロジェクトマネージャー、障害報告書の作成などを経験。さらにはデータサイエンティストを名乗りつつも、工場に数日間籠もって録音データをひたすら聞き続けるというハードな業務も兼任した。
このように、目の前の課題を解決するため何でも泥臭くやってきた結果、気づけば体制図上で経験したロールや職種は20近くに膨れ上がっていた。一方で、もっち氏は「与えられたロールは何でもいい。ロールの範囲の少し先に大切なものがありました」と振り返る。重要なのは「行動すること」で、「何者なのか」よりも「何ができて、できないのか」に気づくことだったのだ。
このように「何でもやってきたことで得られた力」を、もっち氏は3つに分類。1つ目は「曖昧な状況でもとりあえずやってみる力」だ。正解がない中で前進し、意思決定ができるようになり、新しい技術領域についても、まずは触ってみることへの抵抗がなくなった。「やったことがない」がやらない理由にならなくなり、答えが目の前になくても不安を感じなくなった。
2つ目に挙げられたのは、インフラや機械学習、データエンジニアリングからIoTまで、さまざまな技術に触れたことによる「エンジニアリングの幅」の広がりだ。また、技術以外の選択肢を取れるようになったことで、他者や他チームを頼ることや、開発以外の解決手段を選ぶことができるようになった。
そして3つ目には「ロール間をつなげる力」が挙げられた。さまざまなロールを経験した結果、多様な視点で物事を見ることができるようになった。「この視点は時代の流れによってロール自体が変化しても変わらない強みです」ともっち氏は述べる。
こうした力を身につけたもっち氏が、現在カケハシのテックリードとして周囲から期待されている役割が主に3つあるという。
1つ目は、まだやることが明確になっていない「ふわっとした初期検討」のサポートだ。ビジネス側が新機能や新規プロジェクトを立ち上げようとする超初期の段階は、正解がなくエンジニアとしても手が出しにくい。しかしもっち氏は、その曖昧な状況を嫌がらずに飛び込み、ビジネス側の意図を汲み取りながら「まずはこの粒度で進めましょう」と、開発の道筋をつける能力を発揮している。
2つ目は、ゴール設定そのものを担うことだ。「コストを削減せよ」「信頼性を向上せよ」といった抽象的な目標だけが掲げられる状況から、どこまでやるか、どうやって進めるかを自ら決めていく。答えが不透明な中でも決断を下し、状況の変化に応じて柔軟にゴールを調整していく柔軟性が信頼されているのだ。
そして3つ目が、「EM(エンジニアリングマネージャー)やPdM(プロダクトマネージャー)との連携」だ。組織が大きくなるにつれて生じる課題に対して、他のロールとお互いにグラデーションを持って重なり合いながら、お互いを補い合って必要な取り組みを進めている。
生成AIにやりたいことは奪われていない! 器用貧乏を誇って、悩みながら進め
一方で、周りからは「マネージャーにならないの?」と聞かれることも多いというが、もっち氏は「今はなりません」と伝えている。やはり、今でも大好きなコードを書くことや、ソフトウェアの構造を作ることに真っ直ぐ向き合いたい気持ちが強いからだ。
だが、もはやコーディングは生成AIに任せたほうが素早く高品質なものが出力されるようになり、エンジニアを取り巻く環境は激変した。もっち氏も「一番楽しいところを奪っていくんだな」と感じたという。ただ、そこで改めて自分が好きなことを振り返ると、「コードを書くこと」だけではなく、「価値を届けること」も好きだと、もっち氏は気付く。例えば、変化に強いソフトウェアの構造を考えることも人間の重要な役割のひとつだと言える。
さらに、AIにコードを出力させることで生まれた時間を使えば、これまで妥協しがちだった品質向上や自動化の仕組みづくりに時間を投資できる。加えて、やったことのない技術に対する最初の一歩のハードルが下がったことで、実験の数を爆発的に増やし、ユーザーへ届ける価値の質を高められるようになった。「自分がやりたいことは生成AIに奪われていません。とにかく今の変化がすごく楽しいんです」ともっち氏は語る。
セッションのまとめとしてもっち氏は、自分と同じように「器用貧乏」であることに悩み、専門性のなさにモヤモヤしているエンジニアに向けて、温かいエールを送った。
「悩みながら進めばいい。これしかないかなと思っています。悩んでいいし、器用貧乏だからってあんまり自分を卑下しないで、誇ればいいんじゃないでしょうか」
いろいろな役割にチャレンジして器用貧乏になったということは、裏を返せば、それだけ多くのチャンスを行動に移してきた証であり、何度も自分から新しいことに飛び込んできたということだ。
もっち氏自身は今も「やったことがないからやってみたい!」と言葉に出して挑戦を続け、2025年には年間12回、ほぼ毎月のように登壇するという挑戦を成し遂げた。
突き抜けた技術力がなくても、与えられた役割を超えて、目の前のユーザーのために泥臭く価値を届ける。その大切さを改めて伝えて、もっち氏はセッションを締めくくった。
