第1回目の抜粋(2-1 余白の価値)はコチラ!
第2回目の抜粋(3-1 ゴキゲンでいること)はコチラ!
エンジニアにせよマネージャーにせよ、はじめてその役割に飛び込んだ時には勝手がわからず、様々な失敗を経験します。そして失敗を乗り越え、人は成長していきます。エンジニアとしてキャリアをスタートし、数年経ったタイミングで、1年目に自分自身が書いたコードを読み返してみたことはあるでしょうか。おそらく「未熟なコードで、恥ずかしい」と感じたことでしょう。それはみなさんがキャリアを築く中で、しっかりとスキルを磨き込んでいったというたしかな証拠です。
キャリアを長く続けていると、時に立ち止まったような感覚をもつ瞬間があります。それは「このままでいいのだろうか」という不安として訪れ、心をざわつかせます。成果は出ているのに満たされない。努力していても心が追いつかない。
成長とは、右肩上がりの直線ではなく、時に停滞や揺り戻しを繰り返しながら、少しずつ高みに登っていく過程です。成果は出しているのに手応えを感じられない、努力を重ねても以前ほど伸びている実感がない。このような、学習や作業の進歩が一時的に停滞する状態を「プラトー状態(高原状態)」といいます。
このプラトーは誰にでも訪れるものです。プラトーにはまり込んでしまい、そこで停滞するか、プラトーを乗り越え成長するか。それは自分次第です。山あり谷ありの学びの中で、長期的に成長し続けていくために必要な、「成長に向き合う姿勢」について見ていきましょう。
変化を能動的に捉える
成長し続ける人は、環境に任せたり上司の指示を待つのではなく、「今自分にできることは何か」「この状況をどう活かせるか」と能動的に変化を起こす意識をもっています。たとえば、プロジェクトの中で新しい技術に触れる機会があれば、それを「自分の仕事範囲ではない」と線を引かず、興味を持って調べてみる。小さな試みが経験の幅を広げ、やがて大きな成長へとつながります。
学習の5段階を知る
能動的に変化に飛び込んでいくとき、多くの人は「うまくいかない」という感覚を得るでしょう。心理学の一分野である「神経言語プログラミング(NLP:Neuro-Linguistic Programming)」[1]によると、学習には5段階あり、最初は「知らないしできない」からはじまり、そこからステップアップしていくとされています。
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https://www.nlp.co.jp/000015.php の図をもとに作成
この「新しいことに取り組んだら、最初はうまくいかない」ということは、誰しも大なり小なり経験しており、腑に落ちるものです。しかし、最初の難しさを越えて順調に進み始めても、ある時期から伸びが頭打ちになり、思うように進まなくなることがあります。「最初はそれなりにうまくいっていたのに、だんだんうまくいかなくなる」現象。まさに、さきほど触れたプラトー現象が発生している状況です。これは、学習により知っている領域が拡大したからこそ起こる現象です。なぜそのような現象が起こるのでしょうか。ここからは、その理由を「学習が進むほど『知らないこと』が見えてくる」という変化から整理していきます。
学習することで「知らないこと」が増える
私たちは、何かを学び始めるとき、「◯◯を学びたい」と漠然とした期待を抱きます。そして実際に学びを始めると、思いのほか多くのことが理解できるようになり、「自分でもできそうだ」と感じる瞬間があります。学習の初期段階には、たしかに手応えがあります。
しかし、その先に進もうとしたとき、多くの人が同じ壁にぶつかります。それは「知識としてはわかったのに、実際の場面では再現できない」という壁です。言い換えると、理解を行動に変えるところでつまずくのです。
この壁がどのようなものか理解するのに役立つのが、さきほど紹介した「学習の5段階」です。たとえば「知っていてもできない」から「考えるとできる」に進むには、知識を増やすだけではなく、その知識への理解を深め、自分の中で整理しなおす必要があります。「考えるとできる」から「考えなくてもできる」へと変化するためには、試行を重ねて身体知化し、考えなくても手が動く状態になることが求められます。
このように、次のステップへ行くためには1つ上のレベルに求められる能力を獲得しなければいけない、というスキルギャップが立ちはだかります。そして、そのギャップをなかなか埋められないとき、私たちの自信は揺れ動きます。そんな、スキル習熟の旅路で訪れる自信の浮き沈みを示しているのが、「ダニング=クルーガー効果」[2]です。
Kruger, J., & Dunning, D. (1999). Unskilled and unaware of it: How difficulties in recognizing one’s ownincompetence lead to inflated self-assessments. Journal of Personality and Social Psychology, 77(6), 1121–1134.
ダニング=クルーガー効果は、「ある領域で経験や技能が十分でないときほど、自分の理解度や出来栄えを正確に見積もりにくく、結果として過大評価しやすい」という認知バイアスです。不足に気づくためにも、その領域で「良し悪し」を判断する知識・スキルが必要になるためです。
プログラミングを例にしてみましょう。学び始めは、「プログラミングをするとソフトウェアをつくれる」という、ごく表面的な理解からスタートします。初心者向けのWeb記事や入門書に沿ってコードを書いてみると、短いスクリプトや簡単なアプリが動くようになります。思った通りの画面が表示され、エラーも出ず、目的の動作をする。そのとき、私たちは「なるほど、プログラミングって意外と簡単だ」と感じるものです。この段階は、まだ全体の難しさや落とし穴が見えていないために、手応えが自信につながりやすい局面だといえます。
ところが、「データを保存したい」「別の画面に遷移したい」「人に使ってもらえるようにしたい」といった、一歩踏み込んだ要件を実装しようとすると、突然エラーが出たり、思い通りに動かなくなったりします。
原因を調べるうちに、変数のスコープ、非同期処理、例外処理、セキュリティなど、今まで意識していなかった概念が次々と登場します。そして、「自分はまだ何も知らなかった、知っているのはごく一部の領域だった」ということに気がつくのです[3]。
ここ最近ではClaude Codeなどで高品質なAIコーディングが行えるため、ある程度踏み込んでもなかなか壁にぶつからず、「知らない領域がある」と気づく機会が減少している傾向があります
この局面では、学べば学ぶほど「知らないこと」が見えてくるため、自己評価が揺れやすくなります。知識が増えた分だけ、理解できていない領域の広さがわかるようになり、かつては見えていなかった未知の輪郭が、知ることによって浮かび上がってくるのです。ここで多くの人は戸惑います。学んでいるのに自信を失い、「自分には向いていない」と感じることさえあります。
しかし、これこそが学びが次の段階に入ったサインでもあります。スポーツ選手がフォームを修正すると一時的にスコアが落ちるように、古いパターンを壊す過程ではパフォーマンスが揺らぎます。この不安定さを避けずに受け入れ、試行錯誤とフィードバックを重ねることで、少しずつ「何がわかっていて、何がわかっていないか」を切り分けられるようになります。
さらに経験を重ね、学びを実務の中で活かすようになると、また新しい「知らないこと」に出会います。仕事としてコードを書くようになると、動くプログラムを書くことよりも、「ほかの人が読めるコードを書くこと」「チームで保守できる仕組みをつくること」「障害を起こさない運用を設計すること」など、全く別の観点が必要になることに気づきます。設計思想、レビュー文化、テスト自動化、ドキュメンテーション、さらにはコミュニケーション能力……。そういったものが大切であるということに気づいていきます。
こうした経験を通して、自己評価は少しずつ現実に近づきます。「自分の理解はまだ限られている」という前提に立ち、慎重に考え、他者の意見に耳を傾ける。その姿勢が、結果として学びを前に進めていくのです。
知らないことが増えることを恐れない
変化し続けること、新しいことを学び続けること。これは、常に「知らないこと」が増え続けていくということでもあります。ダニング=クルーガー効果が示すように、「この分野についてはある程度理解したな」と思ったところから先に進むと、「まだまだ知らないこと、できないことがたくさんある」ということに気がついていきます。知らないと知らない、無知の無知の状態から、知らないと知っている、無知の知の状態へと移っていくのです。
そして、この現象は新しい分野へ飛び込むたびに発生します。たとえば、エンジニアがはじめてマネージャーという役割を担うことになったとき、そこにはこれまでとは全く異なった景色が広がっています。チームビルディングやタスク管理、チーム外との交通整理。ある程度慣れてきたと思ったら、中長期的な戦略の立案やステークホルダー・マネジメントなどより難易度の高いミッションが待ち受けている。当然、最初からうまくこなせるはずもなく、ある一定の挫折感を味わいながら、それでも前に進んでいくことになります。
人は、幼少期を経て大人になるまでの間に、数え切れないほど新しいことに飛び込み、そして失敗を経験しています。そのときの失敗した苦い思い出が、知らず知らずのうちに新しいことへチャレンジする足を鈍らせてしまいます。
しかし、成長し続ける、変化し続ける人は、思わず足がすくんでしまうような場面でも勇気をもって飛び込んでいきます。自分が一番下手な存在でいる場所[4]に常に身を置く人は、意図的に伸びしろしかない状況をつくります。
この「知的な謙虚さ」があれば、他者の意見や新しい情報に対してオープンでいられます。「自分はまだ知らないことがある」という前提に立つことで、年齢や役職にかかわらず、あらゆる人やものごとから学ぶ姿勢が生まれるのです。逆に、成長が止まる人は「自分はもう十分に知っている」という慢心や、新しいことを学ぶ過程で生まれる失敗への忌避感から、新しい情報に耳を閉ざしがちです。知的謙虚さを持つ人は、他者の知恵を自分の学びとして取り込む柔軟さを持っています。
チームで働くうえでも、「知らない」といえる勇気が信頼を生みます。わからないことを率直に共有し合えるチームほど、学び合う文化が育ち、全員が成長の速度を上げていきます。これは心理的安全性の土壌そのものでもあります。あなたが学ぼうとする姿勢、そしてそのための謙虚な心持ちは、あなたが所属する場にとっても、よい効果をもたらすものなのです。
| 場面 | 行動 |
| コードレビュー | 自分と違う意見が出たときに、すぐに反論するのではなくいったん受け止め、「そのアプローチをとることによってどのようなメリットがあるのか知りたいです!」と尋ねる |
| ペアプログラミング | 相手が知らないショートカットキーやコマンドを使用していたら、素直に「それどうやるんですか?」と聞いてみる |
| ミーティング | わからなかった専門用語について、「すみません、その言葉の意味を教えてください」と勇気をもって発言する |


