誰が遅いかをやめて、どのレイヤーの約束がずれたかを見る
明日から変えるのは、評価シートの項目数ではありません。問いの主語です。
遅れが出たとき、最初の一文を変えます。誰の作業が遅かったかを聞く前に、どのレイヤーの約束がずれたかを前提に置きます。事業側が欲しい時期に、欲しい範囲が届かなかったのか。見積もりの前提が、途中で仕様と優先順位ごと動いたのか。合意のあとで実装の速度が落ちたのか。この三つは別の約束です。全部を実装者の速度に足すと、直す場所が一つに見え、直しても遅れが残ります。
説明の言葉も、上のレイヤーが受け取れる単位にオーバーラップして寄せます。技術的負債はそのままでは評価の語彙になりません。届ける速度が落ちるリスクと言い換えます。内部品質に使った時間も、作業が遅い理由にはしません。見積もりのばらつきを減らす投資として前提に置きます。返済の週にリリース件数が落ちるのは、次の四半期の工期の振れを先に払っている状態です。この言い換えがないと、良い判断をした週ほど評価が下がります。負債の返済に2日使ったなら、その2日で次の見積もりの振れがどれだけ狭まるかを一行で残します。狭まらない返済は、投資の説明になっていません。理由のメモがない返済は、評価の場ではただの遅れに戻ります。
さらに、三つの軸は個人の評点にはしません。三つの軸はあくまでチームの振り返りと事業側との短い対話のときに使います。ビジネスインパクトは、届いたものが顧客と売上のどの問いに答えたか。持続可能性は、負債とレビューと人の理解が、次の変更を遅くしていないか。効率性は、速度と失敗率が対で動いているか。15分で足りるのは、点数を付けることではありません。この三つの軸のうち、どれが今ずれているかを同じテーブルで見ることです。
対話でそろえておきたいのは、なぜこの週は件数より返済を先にしたのか、前提が崩れたら約束のどのレイヤーを動かすのかという点です。評価のときにそのやり取りを思い出せれば、個人の速度だけが責任のすべてにはなりにくくなります。
おわりに
開発生産性がエンジニアだけの責任だ! というのは誤解です。レイヤーごとに価値が異なるのに、その主語を実装者の件数に固定すると、上のレイヤーの問いが現場の速度として降りてきます。誰が遅いかを聞く前に、どの約束がずれたかをそろえます。それが評価の置き場所を直す一歩です。
本連載は、今回が最終回です。
振り返れば、第1回では速く出せば生産性が上がる前提を、目的と指標と約束をそろえる話に戻しました。
第2回では、一つの数字に閉じ込めると立場ごとの分子と分母が消えることを見て、第3回では、技術的負債は測れないのではなく時間と予兆の言葉に訳せば説明できることを見てきました。そして第4回では、人を足してもAIを足しても、納期の天井は判断と合意の側にあることを確認しました。連載の最初に置いた違和感、開発生産性という言葉が居心地の悪いものになっている状態は、誰かが良いとか悪いという話ではありません。その違和感の解消には、「開発生産性とは何か」という会話することが最初の一歩になると信じています。どの約束がずれたかをそろえるところから話し合っていきましょう。
参考文献
- DORA. DORA metrics guide.
- 石垣雅人. 「『開発生産性』はエンジニア"だけ"のモノではなくなった?──開発組織から経営層までが開発生産性を考える時代へ」. CodeZine, 2024.
- 石垣雅人. 「『開発生産性を上げる改善』って儲かるの? に答えられるようにする」. Speaker Deck, 開発生産性カンファレンス2024, 2024/06/28.
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- この記事の著者
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石垣 雅人(合同会社DMM.com)(イシガキ マサト)
DMM .comにエンジニア職で新卒入社し、翌年からプロジェクトマネージャーを務める。 いくつかのプロダクトマネージャーを経て2020年、DMM.comの入り口である総合トップなどを管轄する総合トップ開発部の立ち上げを行い、部長を従事。 現在はプラットフォーム事業本部 第1開発部 部長 / VPo...
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