「全員が使う」と「広く使う」は違う
1つ目の質問では13名中12名が高い生産性向上を実感しており、中でも「3~5倍」という回答が最も多く、10倍以上という回答もあった。AI活用が効果的な作業では、個人の生産性は確かに大きく向上する。ところが2つ目の質問では「変わらない」か、「1倍以下」でむしろ悪化したという回答が目立った。そして、最も課題が凝縮されていたのは3つ目の質問だ。AIを利用できている作業の割合を聞いた結果、4~5割ほど使えていると回答したメンバーが4名いた一方、1割以下のメンバーも2名おり、回答にはばらつきが出た。1割以下と答えたメンバーの場合、1日8時間のうちAIの利用が1時間にも満たない計算になり、それでも「利用率100%」の一員として数えられてしまうという、見落とされがちな課題があった。
つまり「『全員が使っている』は、必ずしも『広く使っている』を意味しない」ということだ。この構造が、「チーム全体の生産性はわずか1.1倍」という結果を生み出していた。
奥村氏は個人の改善がチームの生産性につながらない理由として3つの仮説を立て、何が最大のボトルネックなのかを検証した。仮説1は「個人の速さが遅い(使い方が悪い)」、仮説2は「速さが効く範囲が狭い(AIに任せきれていない)」、仮説3は「フロー効率が悪い(浮いた時間がどこかに消えている)」という3つだ。
仮説1は「すでに解決されつつある」というのが奥村氏の見解だ。AIの導入から時間が経過し、試行錯誤を繰り返しながら使っていった結果、現在はAIへ的確な指示ができるようになってきた。
とは言え、構造的に直すべき問題も存在する。それは「チャットモードとエージェントモードの使い分け」だという。チャットモードでは指示→応答→確認→修正のループに人間が張り付かなければならず、並列作業ができない。一方エージェントモードでは、AIが自律的に動いている間、人間は別のタスクに集中できる。「2つ以上のタスクが同時に進む」という構造的な変化が、個人の速さを底上げする鍵だと奥村氏は述べる。ただし「最初の指示」をいかに緻密にするかが重要となるので、その点には注意が必要だ。
仮説3のフロー効率については、「仕事量は完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」というパーキンソンの法則が関係する。仕事が早く終わってもディテールへのこだわりに時間を費やしてしまう現象だ。この仮説3について、奥村氏は「この問題は、仮説2が解消された後に現れる次の制約なので、今は仮説2を先に対処すべきです」と述べる。
AIに任せきれない4つの壁
チームメンバー13名へのアンケートと、プロダクトオーナー・開発リーダー・開発者へのヒアリングでは、互いの回答を知らない状態で全員が同じ答えを出した。それは、最大のボトルネックは仮説2、つまり「AIに任せきれていない」だということだった。なぜ任せきれないのか。奥村氏はその障壁を「4つの壁」として整理した。
1つ目は「暗黙知の壁」だ。人の頭の中や会話にしか存在しない知識は、AIに届かない。ドキュメントにもメモにも書かれていない情報は、AIにとって存在しないも同然だ。2つ目は「情報アクセスの壁」で、言語化されていてもExcelのローカルファイルなどに散在していてAIが参照できない状態を指す。3つ目は「信頼性の壁」で、プロジェクト固有の知識が乏しいまま生成されたAIの出力は毎回人間が検証しなければならず、コードレビューと同様に「人が作ったものを見直すコスト」が跳ね上がる。4つ目は「対人・創造の壁」だ。他チームへの依頼・顧客との合意形成・新規企画などは、感情や利害関係が絡むため、AIの介入が難しい領域として残る。

