「正解」を定義できない市場で、エンジニアが意思決定をする理由
Works Human Intelligence(以下、WHI)は、統合人事システム「COMPANY」を中心に、HR関連サービスを提供するHRテック企業だ。同社は2025年11月に、はたらく個人向けの新製品として、スマートフォン向けアプリ「COMPANY Me」の提供を開始した。
「COMPANY Me」は、自律的なキャリア形成に焦点を当て、中長期のライフキャリアが設計できるプロダクトだ。AIキャリアサポーターの「ミィ」にキャリアの悩みを相談する機能や、過去の経歴、自身の価値観やスキルなどを登録して自己理解を深める機能を備えている。
答えのない「キャリア」という命題に向き合う同アプリの開発において、福島氏は「『答えがない』という課題は、開発現場そのものにも存在する」と語る。
「1つは『何を作るか』の答えがないという問題。もう1つは『どう作り続けるか』の答えがないという問題だ」(福島氏)
特に新製品は、市場の反応やユーザーニーズが不透明な中で開発を進める必要がある。この問題に対し、WHIではエンジニア主導で答えを探るサイクルを確立している。
エンジニアがサイクルを回す。形骸化を防ぐ「ドッグフーディング」の再定義
WHIでは、実装を担うエンジニアが要件定義などの上流工程から深く関与している。エンジニアが中心となって動く理由について、宮原氏は次のように説明した。
「『キャリア』というテーマには正解がない。1度サイクルを回しただけでは答えをつくりだすことができないため、高速に試行錯誤を繰り返していく必要がある。現場でコードを書くエンジニアが主導することで、初めてこのスピード感が実現する」(宮原氏)
「COMPANY Me」の開発において、エンジニア自身がターゲットユーザーに含まれる点は大きな強みだ。ユーザー視点で欲しい機能の考案や、ロードマップ作成の議論がしやすい。結果としてコミュニケーションコストが削減され、開発スピードが加速するのだ。
具体的には、エンジニアが率先してロードマップ策定とドッグフーディング(社員が自社製品を使うこと)を行き来するしくみを構築した。
ロードマップの作成は、開発チーム全員が理想を出し合い、方向性を統一するところからスタートする。ユーザーストーリーの作成から、必要機能の定義、優先順位の決定、タスクのチケット化に至るまで、すべての工程をエンジニアが一貫して担う。これにより、開発の方向性がぶれない体制を整えた。
こうして、「答え」と仮定したロードマップが完成した。次に、作成したロードマップに沿って開発した機能をドッグフーディングへと繋げていく。エンジニアだけでなく、社内の他部署メンバーにも試用してもらい、フィードバックを得るプロセスだ。
しかし、運用当初は大きな課題に直面したという。
「当初は新製品への関心から多くの社員が触れてくれ、バグ報告なども上がってきた。しかし、ロードマップの仮説検証に繋がるような本質的なフィードバックはなかなか集まらず、参加者は徐々に減少していった」(宮原氏)
ドッグフーディングを進めるために工夫が必要だと気付きを得たエンジニアチームは、2つの改善を行った。
1つ目は「動機付けの変更」だ。単なる「未発表製品のテスター」として依頼するのではなく、「自身のキャリア設計に役立つツール」としてメリットを提示した。これにより、社員がアプリを「自分事」として利用するようになり、ユーザーとしての真実味のある意見が出るようになった。宮原氏は「求めるフィードバックに応じて動機付けを最適化することの重要性を学んだ」と振り返る。
2つ目は「定期的な利用促進活動」だ。以前は依頼して終わりになっていたが、社内イベントへの登壇などを通じて継続的に周知を行った。
これらの取り組みにより、社内のアプリ利用者は1.5倍に増加した。具体的な不満や潜在ニーズ、活用方法といったユーザー目線の意見が届くようになり、宮原氏は「仮説検証が可能な、有意義なドッグフーディングを実現できた」と評価する。
「特に、開発チームになかった視点のフィードバックや、『こういう風に使いたい』といった具体的な意見を得られたのは大きな収穫でした。自分たちが知らなかったニーズに気付き、次のロードマップに生かすことができる。このサイクルをエンジニア主導で何度も回すことで、少しずつ答えに近づこうとしています」(宮原氏)
開発速度を意識した「柔軟な運用」とは?
このように、答えを探る高速サイクルを支えるには、スピード感のある実装力が不可欠だ。WHIでは、素早い開発のために主に2つの手法を活用しているという。
1つ目は、Kotlin MultiplatformとCompose Multiplatformの掛け合わせだ。これにより、ロジックもUIのKotlinのみで記述することができ、iOSとAndroidの同時開発を可能にしている。もう1つが、AIの活用だ。GitHub Copilotはもちろん、自律型AIのDevinなどを使った開発も行っているという。
こうしたツールで作業を効率化し、開発を加速することはできるものの、サイクルを回し続けるには「作り続ける」ことが必須だ。しばらくすると「『どう作り続けるのか?』の壁にぶつかった」と福島氏は言う。具体的には、以下の3つの壁が立ちはだかった。
1つ目は、マルチプラットフォーム特有の運用の壁。iOSとAndroidの両方に対応しているため、パイプラインが分かれている。管理ツールが物理的に異なっており、それぞれの挙動の違いをうまく把握しながら管理することは非常に難しい。テスト環境や本番環境の違いもあるので、複数パターンをうまく管理する方法は今も模索しているという。
2つ目は、開発サイクルの変化に伴う壁だ。新製品の場合、スピード重視で形にするフェーズもあれば、品質向上やリスク回避を優先すべきフェーズもある。製品の成長段階によって求められる対応が変化するため、エンジニアには高い柔軟性が求められる。
3つ目は、新製品としての信頼性の壁だ。同社は国内大手約1,200法人グループが利用する製品群を提供している。「COMPANY」ブランドの一部としてリリースする以上、高い信頼性の確保は絶対条件だ。開発が進むにつれてQA(品質保証)のレビューやテスト工程の負荷が増大し、ここでもエンジニアの対応力が試される。
福島氏は「スピードと質の議論は長年のテーマだが、AI開発で速度が上がった分、品質担保プロセスの停滞が顕在化しやすくなっている」と分析する。
これら3つの壁を乗り越えるための対策として、自動化を増やすことや運用ルールの明確化、ドキュメント整備などの案が考えられる。しかし、頭ではわかっていても実行にはチームの基盤とリソースが必要だ。限られた時間をできるだけ開発に使いたいという意向もある。そこで、同社では「運用改善を開発のついでにするチーム文化」を目指すことにしたという。
具体的には、PRのテンプレート作成やGitHub Actionsの整備など、メンバー自身の開発生産性も上がるような運用改善を日々の開発タスクとセットで実施した。加えて、マネージャーや運用担当者ではなく、3年目以下の若手メンバーが主導する点が特徴だ。
「開発のついでに自発的に問題提起を行い、解決策を提案する。チームミーティングでの議論を経てしくみ化することで、経験の浅い若手でも運用に参画するハードルが下がり、属人化の解消にもつながる」(福島氏)
開発と運用の役割を互いに越境できることも、チームによい影響を与えている。福島氏自身、以前は運用が中心だったが、現在は運用視点を生かして「COMPANY Me」の開発改善に携わっているという。
福島氏は現在のチームを「それぞれの視点から運用と開発を改善し続けられる『フルサイクルなチーム文化』が定着してきた。より複雑な運用課題にも挑戦できる準備が整っている」と評する。
結果として、継続的な開発を阻む3つの壁を乗り越えつつある。「信頼性に関してはまだ途上」としながらも、変化に対応できる強固なチームが形成された。
「何を作るか」「どう作り続けるか」という2つの問いに対し、エンジニア主導で道を切り開いてきた同チーム。今後は社内のドッグフーディングで得た知見を、実際のユーザーの声へと置き換えていく予定だ。
Works Human Intelligenceからのお知らせ
弊社では、共に次世代のHRテック製品をつくり上げるエンジニアメンバーを募集しております。今すぐに転職を考えていなくても、カジュアルに面談が可能です!
- お申込みはキャリア登録フォームから

