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イベントレポート

国内スタートアップが考える事業開発とエンジニアリングの戦略――AWS Startup Day基調講演【後編】

AWS Startup Day Tokyo 2019 レポート

スタートアップとしてSansanが生き残れた理由、2つの軸

 続いて登壇したのは、Sansan株式会社のCTO、藤倉成太氏。「我々がゼロからスタートをして、なぜ今までの間生き残ってこられたか。その理由をモノづくりの立場から振り返ってみたい」と藤倉氏はセッションの趣旨を語った。

 Sansan株式会社 CTO 藤倉成太氏
Sansan株式会社 CTO 藤倉成太氏

 Sansanは2007年に創業し、現在「Sansan」と「Eight」の2つの名刺管理サービスを展開している。社員は400名ほど、拠点は東京に加えて京都、大阪、さらに福岡の支店を準備中とのことで、企業として成長を続けていると言えるだろう。

 藤倉氏は、「私が考えるSansanの強みは、プロダクトコンセプト、それと足元の課題を解決するソリューション、この2つだと思っています」を力強く語る。

 Sansanのミッションは「出会いからイノベーションを生み出す」。創業期からやりたかったことは、一貫してこれだ。しかし藤倉氏は、「12年前の創業期、このコンセプトを素直に表現したプロダクトを作ったとしても、それを誰にも理解をされなかったでしょうし、誰も使ってくれなかったんじゃないかな、と思います」とも話す。どういうことか。

 プロダクトを作っていく上では、大きなミッションだけではなく、すでに顕在化している課題にしっかり訴求することが重要だ。ユーザーに「使いたい」と思ってもらうためには、「常に目の前のユーザーが何に利便性を感じてくれるのか、何に価値を感じてくれるのか」に向き合わなければならない。Sansanは、創業期においては、「名刺管理の課題を徹底的に解決することにフォーカス」したという。

 藤倉氏は、Sansanの2つのターニングポイント「創業期」と「成長期」において、どんな視点を持ち、プロダクトをどう立ち上げてきたかといった切り口で、これまでの事業開発の経緯を解説した。

創業期に意識した、名刺管理の課題を解決するための3つのポイント

 創業時、上記のビジョン実現を目指す一方で、顕在化した課題にも焦点を当てた。名刺管理にわずらわしさを感じている人は少なくない。そこで、以下の3つのポイントに価値を絞りプロダクト開発を進めたという。

  • 簡単に名刺をスキャンできること
  • 正確にデータ化がなされること
  • データを検索できること

 まず1つ目のポイント、「簡単に名刺をスキャンできる」というのは、名刺をサービスに取り込む体験がシンプルでないと、そもそもサービスを使わなくなってしまうため、非常に重要。いかにして、毎日受け取った名刺をもれなくスキャンしてもらうかを徹底的に考えた結果、20枚ほどの名刺をまとめてスキャンできる、タッチパネル式のミニPCとスキャナーのセットを、契約先の企業に配布したという。

 2つ目の「正確なデータ化」に関しては、かなり慎重な作り込みが必要だった。1文字でも間違えられないうえに、文字が正確にデータ化されたあとも、それが部署なのか名前なのか、情報のカテゴリを特定する必要がある。当時これをすべてOCR(光学文字認識)の技術で実現するには限界があった。そこでSansanは、OCRの技術プラス、「人力で直す」ことを選択したという。オペレーターが情報を手入力し、結果をマッチングするのだ。

 「人力に頼ることが果たして本当に正しいのか。エンジニアとして迷ったこともたくさんある」と藤倉氏。しかし、ユーザーが本当に価値を感じ、使いたいと思ってもらえるものでなければ意味がない。「それを作るためにもしテクノロジーが追い付いていないのであれば、エンジニアも他の手段を勇気を持って選択するべきだと思っています」と、ときに技術以外の方法を採用する必要性を語った。

 最後の3つ目のポイントは、「データの検索」。ログインしたら自分や同僚の名刺が検索できるという基本的なサービスは、初期のSansanのWebアプリケーションから変わらない。

 起業や新規事業立ち上げの方法論を提唱した書籍、『リーン・スタートアップ』では、MVP(Minimum Viable Product。「最低限の実用に足る商品」の意味)の考え方がある。最小のプロダクトを試し、検証して、改善を繰り返すやり方を吉としているが、藤倉氏は、これまでの取り組みを振り返って、このMVPを押さえられていたと話す。

 というのも、創業時、プロダクトをリリースする前から営業していたというのだ。サブスクリプションモデルで、1IDあたり月額1万円という挑戦的な価格ながら、実際に買ってくれる人はいた。「しっかり課題を解決するものであれば、モノがなくても伝えることができるし、買ってくれる人はいる。逆に言うと、売れないものはViableじゃないので、MVPじゃないのかな」と藤倉氏は考察した。

「名刺」中心から「人物」中心のプロダクトへ、データベースの大改修を経て移行

 創業期のターニングポイントとなった2009年頃には、「とても大きな決断をした」という藤倉氏。初期の段階ではは、名刺を検索できる、メモがつけられる、共有できるといった機能を中心に設計されていたサービスだが、名刺というのは「名寄せ」をされなければならないということに気づいたのだ。

 「例えば自分が受け取った三三太郎さんの名刺がある。やがて同僚がこの三三太郎さんと会い、新しい名刺を受取ってくる。それがデータベースに入ってくる。システムの中には2つのデータがある状態です。どっちが最新の情報なのか、ユーザーは当然知りたくなる。この要求に応えるように、我々は名寄せの機能を提供しました」(藤倉氏)

 そして、プロダクトの概念モデルの中心は、名刺ではなく人物へシフトすることとなった。「人が中心となって、それを表現するためのインスタンスとして名刺がある」といった考えだ。これにはデータベースのスキーマを全部作り変える大規模な改修が必要で、「大改修のために全ての新規の開発を止めて、全エンジニアで1年くらいかかってやり遂げた」と藤倉氏は振り返る。

サービスを拡大し、コンセプト実現に近づいた成長期

 その後も順調に成長していたSansan。2012年ごろ、500社を超える導入企業と、50人ほどに増えた社員を抱え、中堅ベンチャーとして注目を浴び始めたという。そんな時も、サービスの裏側を支えていたのは100人を超える専任の名刺入力オペレーター。藤倉氏も「さすがにスケールの限界が近づいてきているな」と思い、社外のクラウドワーカーに入力を依頼したいと考えていたが、名刺という個人情報を扱うため、セキュリティの問題があった。

 そこで、名刺画像を20ほどに分割し、クラウドワーカーの入力後、結果をマッチングする仕組みを開発した。当時はまだオンプレミスだったため、クラウドワーカーから秒間万単位で送られてくるデータの処理には苦労したという。その技術的な課題をなんとかクリアして、新しいシステムを実現した。「入力の正確さを失わずに、コスト削減とスケーラリビティの確保に成功した事例です」と藤倉氏。

 ここでコスト削減が実現したことによって、創業当時からのコンセプトの実現にも近づいた。無料で利用できる個人向けサービス「Eight」を立ち上げることができたのだ。そして、さらにサービスの拡大を進めるために、インフラのオンプレミスからデータベースへの移行にも着手した。

 「当時のAWSの仮想サーバーは、まだ今ほど高性能なインスタンスが得られなかったので、データベースをそのまま移行すると、性能は出ないということは分かっていました」と藤倉氏は振り返る。そこで、一系統で分業していたデータベースサーバーを細かく分割し、それぞれの小さなインスタンスに載せるようにした。結果として現在は20~30台ほどのデータベースサーバーが常時稼働する形となっている。「その運用は少し大変ですが、AWSのおかげで、開発スピードと強固なインフラを手に入れることができた」という。

 こうしたいくつもの転換期を乗り越えて、Sansanは現在「Sansan, Where Business Starts - 名刺管理から、ビジネスがはじまる」というマーケティングメッセージを掲げる。名刺管理サービスから、さらにビジネスプラットフォームに進化していくのだ。

 「とても大きなビジョンか、顕在化した課題の解決か。スタートアップの企業の中には、このどちらかしか考えていないケースがたまにあるような気がします。この2つは同時に語れるということが非常に重要なんです。かつ、その間をどうつなげていくのか、ストーリーが描けていること。僕がいつもSansanのエンジニアに言うのは、そのシナリオを常に頭の中に入れておいてほしいということです」(藤倉氏)

 創業期には足元の課題を徹底的に解決する方向でプロダクトを開発し、成長期には企業のビジョンに立ち返ってプロダクトを昇華させる。Sansanが事業開発とエンジニアリングにおいて意識してきたこれらのことは、他のスタートアップの参考にもなるだろう。最後に藤倉氏は「僕らもまだまだ道の途中です。皆さんに負けずに頑張っていきたいと思います」と話してセッションを締めくくった。

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この記事の著者

岡田 果子(編集部)(オカダ カコ)

2017年7月よりCodeZine編集部所属。慶応義塾大学文学部英米文学専攻卒。前職は書籍編集で、趣味・実用書を中心にスポーツや医療関連の書籍を多く担当した。JavaScript勉強中。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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