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新サービスや新製品は「モテそう」になったら普及し始める? GOROmanが提唱するキモズム理論

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 これまでの常識や生活習慣を塗り替えるような新しいサービスや製品は、市場やユーザーにすぐに受け入れられるわけではありません。VR普及に精力的な活動をされているGOROmanさんは、利用している姿やイメージが「キモい」ことが大きな壁になっているというキモズム理論を提唱。『ミライをつくろう!』から、この理論を解説した「第3章 すべてを支配する「キモズム」理論」を紹介します。

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本記事は『ミライをつくろう! VRで紡ぐバーチャル創世記』の「第3章 すべてを支配する「キモズム」理論」を抜粋したものです。掲載にあたり一部を編集しています。

キャズムとキモズム

 VRに限らず、僕がビジネスやITの未来を考える上で、とても重要な指針としているものに「キモズム」という考え方があります。これ、2013年頃、僕が思いついたものなのですが。

 この後、VRのある社会がどう変わっていくかを考える前に、非常に重要な考え方である「キモズム」とはなにか、を解説してみたいと思います。キモズムはすごく汎用性が高く、いろいろな問題をストレートに理解できるキーワードなんです。

 非常に有名なマーケティング理論に「キャズム」という考え方があります。キモズムは、このキャズム理論を元に発想したものです。キャズム理論は、マーケティング・コンサルタントのジェフリー・A・ムーアが書いた『キャズム(翔泳社、1991年)』に出てくる理論です。製品やサービスが世の中に浸透する過程を分析するためのものなのですが、前提として、市場を5つのグループに分けて考えます。この分類は、主に次のような形になります。

  1. イノベーター
  2. アーリーアダプター
  3. アーリーマジョリティ
  4. レイトマジョリティ
  5. ラガード
キャズム理論

キャズム理論

 まず市場に飛びつくのは「イノベーター」、改革者です。まだ完成度が低そうな製品でもとにかく使ってみる人々。要は僕のような人間ですね。

 次に「アーリーアダプター」と呼ばれる人々が飛びつきます。ここまではいわゆる「新しいモノ好き」です。ここまででは、まだ社会の中でごく一部の人が使っている段階で、本当に普及したとは言えません。

 その後、様子見していた一般的な人々である「アーリーマジョリティ」に広がります。この頃には、市場普及率が5割に近づきますから、「持っていないと遅れている」とみなされる時期といえるでしょう。その後、「レイトマジョリティ」と呼ばれる層が入ってきて、社会のかなりの領域へと広がって、当たり前の存在になります。ちょうど、今のスマホがこのあたりではないでしょうか。

 残るは、「どうしても必要でない限り手にしたくない」人々、すなわち「ラガード」です。ラガードの領域まで普及した製品は、そんなに多くありません。テレビや冷蔵庫、エアコンといった生活必需家電や、携帯電話が含まれるでしょう。

 ジェフリー・A・ムーアが著書の中で述べたのは、各段階は顧客属性が大きく異なるので、それぞれの段階に応じてマーケティングの手法やメッセージを最適化せねばうまくいかない、ということでした。

 その中でも、もっとも大きな断絶となるのが、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間にある溝、すなわち「キャズム」です。

 新しいモノ好きの間で話題になったものの、一般にはなかなか普及しない……という製品はたくさんあります。というより、世の中に出てくるデジタルガジェットやサービスの大半は、アーリーマジョリティに達することなく消えていきます。キャズムを超えるのがきわめて難しいからです。

 ですから、一般に製品が普及したかどうかを「キャズム超え」などと表現することがあります。アーリーアダプターまでの層とアーリーマジョリティ以降の層とでは属性がまったく異なっており、溝を超えるためにどのようなアプローチをすべきなのか、多くの企業が頭を悩ませています。

パソコンを使う姿が「キモい」!?

「キモズム」はすでにおわかりのように、キャズムからインスピレーションを受けたものです。なぜデジタルガジェットの多くはキャズムを超えることができないんでしょうか? 答えを言う前に、僕の体験をいろいろお話ししたいと思います。

 大学時代(1994年頃)に、同世代の女子にこんな風に言われました。

「パソコンやっていそう、なんか気持ち悪い」

 僕自身がモテたい時期に言われたことなので、かなりショックだったんです。「そうか、単に座ってパソコン使っているだけなのに、これってキモいんだ……」って。キーボードを見ないで高速にタッチタイピングしたら「気持ち悪っ」って。中学校・高校の時もそうでした。パソコンを使う、というとどこか気持ち悪がられました。というか、「あんなの使っている人は特別な人」という状況で。

 でもですね、それから5、6年経ったら、みんなパソコンを使っているわけですよ。もう「キモい」なんていう人はいない。いまだって、スタバとかでマックを開いて使ってますよね。

 まだコンビニでバイトをしていた学生時代、同じコンビニでバイトをしていた女の子に、「近藤くんって、パソコン詳しい? 私、『ポストペット(So-net、1997年)』やりたいんだけど、どのパソコンを買えばいいのかわからなくて……」と聞かれたことがあります。パソコンを使っているとキモいと言われるから気配を消していたのに、まったく逆のことが起き始めていたわけです!

 考えてみれば、そういうことはすごくたくさんあります。

 いまやLINEのようなメッセージングサービスやスタンプは、生活に必須のものです。でも、そういうのは昔からありましたよね。2000年代前半に『Skype(スカイプ・テクノロジーズ社、2004年)』が登場した時、「便利だし、電話代がもったいないからパソコンに入れて使おう」と言ったんですが、「わざわざパソコンに入れるのは面倒くさい」と言って誰も入れてくれなかった。

 僕は「これから来るもの」を感じる目はあると思っているんです。実際、世の中にある様々なガジェットを買って試して、いろんな人にも買わせたりしています。どこがいいのか、どんなに便利なのかを伝えれば、みんな欲しいと思いますよね。だから僕は、けっこう優秀なセールスマンだと思います(笑)。

 でも、そうしたものが実際に普及し始めるには5、6年はかかる。5、6年経つと、手のひらを返したように普及し始めるタイミングがあります。

 これはなぜなのか?

 キャズムのことを知ってから、確かに理解できるんだけれども、自分の原体験とはズレているな、違うなあ…と感じた部分があります。それが形にならず、ずっとモヤモヤしていたのですが、2013年頃、オキュラスなどVR機器を見ていてふと気付いたのです。

 簡単に言えば「キモい」からです。キャズムとは、「キモい」と感じる溝・谷のことであり、すなわち「キモズム」だったのです。

モテそうになった時、キモズムは超えられる

 僕は「キモズムのこちら側」にずっといて、自分が素晴らしいと思うものについて、いろいろな人と思いを共有したいと思っていました。

 ひとつの新しい技術を見て、そこから「これも使える、あれも使える!」と発想が広がり、「これはやべえ! これすげえ!」とワクワクして、「未来はこうなる!」という気持ちで盛り上がっても、それを「キモい」って思われて、思ったことが言えなくなる。わかってくれる人にしかわかってもらえなかったっていうのが淋しかった。それを打破してくれたのが、パソコン通信でありインターネットだったわけですが。

 でも社会人になり、より多くの人と接するようになると、どうすればもっと多くの人に伝えられるんだろうか、と発想するようになりました。

 VR用のHMDを見た人が「なんとなくキモい」と思ったのも、それを見慣れていないだけでなく、便利でも当たり前でもなく、安心できるものではないからです。どんなに面白いものだ、とこちらが話しても、試してもらえない時期というのがありました。

 でも、2016年以降、ずいぶん状況は変わってきました。ソニーが「プレイステーションVR」を発売し、認知が進んだこともあるでしょうし、いろいろなメディアに出ることも増えました。だからVRを体験してもらうことも、ずいぶんハードルが下がったな、と思います。

 イベントなどでVRを見かけても「なにかキモいものをやっている」というネガティブな反応ではなく、「あれ、VRっていうんだよね」という風に、ポジティブな反応を得られるようになってきました。いまや、「バーチャルリアリティ」じゃなく「VR」じゃないと通じない人もいるようです。

 これも、これまでによく見たパターンにハマっている気がします。

 キモいと感じられなくなる、というか、普及し始めるタイミングっていつなんだろう……と考えると、それは「モテそう」になった時なんですよね。要は目に触れる機会が増えた、自分たちにとって危険でも特別でもないものになってきた、ということだと思うんです。

 ちょっと極端な言い方ですが、「気持ち悪い」ってことは、本能的に受け入れられないってことだと思うんですよ。それが生命の危険につながるとか、それがあると子孫が繁栄しない、とか。ある種の先入観です。幕末や明治初期、「写真を撮ると魂を吸われる」って言われたことがありますよね。あれもある種の「キモズム」です。「よくわからないから怖い」みたいな。脳が想像できないってことは予測できないということで、予測できないということは不安になるということなので、その不安が「キモい」という感情の源泉になるんじゃないか、と。

 でも、認知が進んで当たり前のものになっていくと、当然そんな感情はなくなっていく。パソコンも同じですよね。便利で当たり前になって、むしろ生活になくてはならないものになっていくと、安心感につながり、これを知っていなきゃならない、っていうフェーズに変わっていくんですよね。その時に、「モテる」ものに変わる。

 なんか、全部このパターンにはまってるな、っていう印象があったんです。

不便を解消できた時にキモズムを超える

 新技術は滑稽かつキモく見える。便利とキモいの間にある溝。これが「キモズム」。キモいと思う人より便利という人が増えた場合にこの溝は埋まる。

 ……という風に考えると、キモズムの坂を上り、溝を超えて向こう側に行くための条件も見えてきます。

 要は「人々の不便を解消できるかどうか」。ある程度テクノロジーが生活に溶け込んで「これはキモくない、便利なものだ」と一定数に認知された瞬間、モテにシフトしていく。これは、様々なテクノロジーの歴史を振り返ってみれば、明らかな事実です。

 もうひとつ、キモズムに関連する理論(?)として「JK理論」があります。これは、キモズムを超える段階になると、女子高生が多数使い始める、というものです。これは、携帯電話でもスマホでも、LINEでもまったく同じ現象が見られました。彼女たちが「自分たちが使いたい」「かわいい」「便利」と思うような要素が揃うと、キモズムを超えられるほど生活に浸透する、ということです。

 彼女たちが「かわいい」と思えるということは、十分いいデザインで、コンパクトなものになった、ということ。彼女たちが便利だと思って実際に使える、ということは、それだけ使い方がシンプルでわかりやすくなっている、ということです。「かわいくなる」ことは、やはり技術的に進化しないと実現できないことなんです。

 それを実現するためにエンジニアは技術開発をするし、メーカーは製品を作る。でも、その過程でうまくキモズムの坂を上れなかった製品は消えていきます。これが「キャズムの溝を超えられない」製品です。

 一方で、坂を上れなかった製品は、それで終わりじゃないんです。消えていった技術や製品の発想を引きついで、新しい製品が生まれます。

 例えばスマホ。その前には、フィーチャーフォン、いわゆる「ガラケー」がありましたが、2000年前後に『Palm(Palm社、1996年)』という個人情報端末があったことはご存じでしょうか? Palmはアドレス帳やスケジュールなど、個人がメモ帳などで管理していた情報をデジタル化し、簡単に管理できるようにしたものです。以前にも「電子手帳」という形で製品がありましたが、Palmはパソコンやスマホと同じように、好きなアプリを入れて自由に使える「コンピュータ」でした。

 ですが、1997年に生まれた製品で、まだ携帯電話回線も貧弱な時代ですから、ネットは自由に使えません。携帯電話との競争やビジネス上の失策もあり、誕生から10年を待たずに消えてしまった、典型的な「キャズムを超えられなかった機械」です。しかし「手のひらに乗るコンピュータがあればどういうことが起きるのか」という可能性を、多くの人に伝えた製品だったと思います。

 そうした発想を糧にして生まれたiPhoneが進化し、いまやキモズムも超え、当たり前の製品になりました。なにが問題で、どこを変えていくとキモズムを超えていけるのか、ということを考えることも重要です。

形だけの「カッコよさ」は逆効果

 こういう話になると「いかにマーケティングでキモさをカバーするか」という話になります。

 もちろん、その視点は重要でしょう。メディアに関する理論と考察で有名なマーシャル・マクルーハンは著書『機械の花嫁(竹内書店新社、1991年)』の中で、コカ・コーラのマーケティングについて考察しています。コカ・コーラが生まれた時、真っ黒でシュワシュワする水なんて、相当にキモかったはず。それが世の中に浸透したのは、「あれは爽やかで美味しいものだ」というイメージ作りが徹底されたから。多くの人が飲むようになり、みんなが知るありふれた飲み物になったから、世界中でヒットしたのでしょう。

 では、カッコイイ、モテそうなマーケティングをすればキモズムを超えられるのか……というと、そうではありません。技術的に、製品の本質としてまだキモズムを超えていないものに無理やりモテそうなイメージだけをくっつけても、むしろ逆効果が生まれます。

 例えばウェアラブル機器。『グーグルグラス(グーグル、2013年)』のようなグラス型機器や、スマートウォッチのような身につける機器のプロモーションでは、まるでファッションショーのような演出が行われることが多かったようです。しかし、実際のモノがまだ「キモズムの向こう側」であるのに、それをつけているモデルさんがカッコイイので、むしろギャップが大きくなってしまいました。

 重要なのは、製品が備える機能が消費者から期待される内容に追いついて、さらにそれをわかりやすく伝えるためにマーケティングを活用することです。

 そんなこともあり、今のVRも、僕は「キモズムを超えられない」と思っています。キモズムを超えるためになにが必要なのかは、次章で解説したいと思いますので、もう少しお待ちください。

イノベーターの数は遺伝子で決まっている!?

 なによりも先に新しいものに飛びつく「イノベーター」は、キモズムの前にあるものを体験します。ですから、それを分析できる立場にあるんです。

 でもですね……。

 イノベーターって、なんで数が少ないんでしょうか? 『キャズム』では、イノベーターは全体の2.5パーセントだとされています。先を見た人の方が有利だと決まっているなら、もっと多くてもいいはずです。でも、だいたい3パーセント以下だと決まっている。

 これって、極論で言えば、遺伝子で決まっているレベルなんじゃないか、と思えるんです。

 例えば……僕らは今、わりと、気持ち悪かったり毒があったりするものも食べていますよね。普通にふぐ食べるじゃないですか? でも、ふぐって肝臓や卵巣などに毒があって、ちゃんと取り除いてから食べないと死にます。昔は調理法も確立されていなかったので、けっこうな数の人がふぐを食べて死んでいたでしょう。

 別の言い方をすれば、ここで「死ぬかもしれないけど、美味しそう!」と思って、ふぐを食べられるのがイノベーターなんですよ。

 でも、全員が食べたら人類絶滅しちゃいますよね(笑)。

 だからこそ、危険を感じたり、生理的に無理な部分があったりするところには一定数しか踏み込まない。すなわち「キモいと感じたら手を出さない」んです。イノベーターは、ある意味、命をかけて「先に試す」人々といえます。だから、全体の2.5パーセントしかいないのが正常な状態なのでしょう。

 僕たちのようなイノベーターはやはり「特殊」で「キモい」部分がある。それを理解した上で、いかに相手に伝えるか、という発想が必要になるんです。

ミライをつくろう!

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ミライをつくろう!
VRで紡ぐバーチャル創世記

著者:GOROman  編集:西田宗千佳
発売日:2020年6月24日(水)
価格:1,400円+税

本書について

VRを日本に普及させたエヴァンジェリストが、1980年代から現在までに起きた新しい技術の誕生や変化を自身の半生とともに伝えます。改訂にあたり、旧版で予測した未来が実現したのか、その答え合わせとVRの最新動向を加筆しました。

 

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この記事の著者

GOROman(ゴロマン)

2010年株式会社エクシヴィを立ち上げ現在も代表取締役社長を務める。 2012年コンシューマー用VRの先駆けOculus Rift DK1に出会い、パソコンやインターネットが生活 の中に溶け込んだように、VR技術も生活を豊かなものに変え、無くてはならない存在になると確信。 日本にVRを広めるた...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

渡部 拓也(ワタナベ タクヤ)

 翔泳社マーケティング課。MarkeZine、CodeZine、EnterpriseZine、Biz/Zine、ほかにて翔泳社の本の紹介記事や著者インタビュー、たまにそれ以外も執筆しています。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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