DXは内製化組織で進めるべきか?
本セッションはInsight Edgeのアシスタントを務めるVRキャラクターの美冬ちゃんが、パネリストの4名にDXにまつわる質問を投げかけていく形で進められた。
最初の質問は「企業のDX化におけるアジャイル開発とは?」。これについて、猪子氏は「アジャイルは探索型、ウォーターフォールは計画型など、それぞれ次のような特徴がある」と以下の表で示した。
これに対し筒井氏は「システム開発全体を通じて、アジャイルかウォーターフォールかのいずれかを選ぶものだと思われがちだが、実は工程ごとに切り替えるほうがうまくいく」と指摘。猪子氏は「たしかにそうだ」と認めた上で「BtoBの社内業務用システムの場合、UIは担当者と擦り合わせながらアジャイルで開発していくが、その後の機能要件は固定できるためウォーターフォールで進めていくことが多い」と具体例を挙げた。
「案件の特性によってQCDS(クオリティ・コスト・デリバリー・スコープ)を調整する際に、アジャイルとウォーターフォールをどう使い分けるかを考えていくとよい」(猪子氏)
続いての質問は「内製化組織のメリット・デメリットについて」。Insight Edgeという住友商事の内製化組織に所属する中で、どのように感じているのだろうか。
「Insight Edgeに入社する前は外注される立場にいた」という森氏は、内製化組織の大きなメリットとして「当事者としてプロジェクトに関われること」を挙げ、「受託でプロジェクトを実施していたころは、お金の切れ目が縁の切れ目になりがちだったが、Insight Edgeではシステム導入後に実際どのくらい定量的な効果があったかまですべて把握できる。仮にプロジェクトがうまくいかなくても、即終了ではなくトライアル・アンド・エラーができる環境にある」と語った。
これに加えて「取引コストの削減が大きい」と猪子氏は指摘する。Insight Edgeの設立前は、各事業部がコンサルを雇ってベンダーの調整や交渉を行っていたため、開発の準備段階から多くの時間やコストがかかっていたというのだ。それに比べ、Insight Edgeの設立後は、住友商事内のDXセンターとの連携体制が構築されたことから、取引コストは大幅に削減につながっている。
一方、内製化のデメリットについては「一般的に、開発にかかるコストがキャッシュアウトとして見えにくくなる点には、注意が必要だ」と述べた筒井氏。また「柔軟に対応できる裏返しとして『無理を言ってもすぐに対応してもらえる』という認識を持たれると不幸になってしまう」と懸念した。
さらに「内製化のためにエンジニア採用を過剰に進めてしまうと、いざ冬の時代が来た際に、容易にコスト削減ができなくなってしまう」というリスクを示した猪子氏は、「替えのきかないエンジニアをまず採用して、代用できる部分は外注するほうがよい」と説いた。
DX時代の技術者が大切にしたいこと
次の質問は「DXプロジェクトでは業務知識が重要か?」。DXでは業務知識が重要だと言われるのは、なぜだろうか。
森氏は過去の経験から「ドメイン知識がまったくなく、データサイエンスの知識のみがあるメンバーだけで実施したプロジェクトは、たいてい失敗している」と語る。現場は当たり前のように知っていることを、データ分析から導いたように報告する、いわゆる「あるある分析」になってしまったり、アウトプットが現場で使えるものになっておらず、プロジェクトの意味がなくなってしまったりするからだ。
ドメイン知識が重要とは言え、住友商事グループのすべての事業ドメインについて、Insight Edgeのメンバーが深く知り尽くしているわけではない。足りない知識を補うために、事業会社に出向した経験のある住友商事のメンバーをアサインすることや、場合によってはInsight Edgeのエンジニアが事業会社で業務を体験することもあるそうだ。
加えて猪子氏は「プロジェクトの初期フェーズで、業界用語の用語集をつくっておくことが有効」と説いた。
続いての質問は「ノーコード・ローコードツールの活用について」。Insight Edgeの手がけるDXプロジェクトでも、これらのツールは活用されているのだろうか。
猪子氏は、案件特性と開発手法の関係を示した図を示し、ノーコード・ローコード・スクラッチそれぞれの特徴について、次のように解説した。
- ノーコード:仕様の複雑度や開発規模が小さい案件で、開発工数をかけずにやりたいときに向く。
- ローコード:ノーコードに比べ、若干のコーディングが含まれるため、開発工数は上がるが、その分、対応できる幅が広くなる。
- スクラッチ:開発規模が大きくなれば、指数関数的に開発工数も増える。
「実際、住友商事のコーポレート案件では『bubble』というノーコードツールを一部採用している。社内メンバーのユーザー登録や2段階認証、権限を付与したデータの公開やメール配信など、10画面ほどのシステムだ。スクラッチだと1~2カ月はかかってしまうが、『bubble』を使えば半日~1日で開発できる」(猪子氏)
とは言え「ノーコード・ローコードツールを使えば、安く早く済むだろう」と安易な考えを持つのは禁物だ。「社内用のシステムで、使う人が使いたいものをつくるケースであればよいが、社外向けのサービスとなると、機能やデザインの制約から結局使えなくなったり、計算したらスクラッチで開発する場合とそれほど変わらなくなったりすることも出てくる。今後、拡張する可能性まで見据えて、ノーコード・ローコードツールでつくったソースコードをエクスポートできるのかを確認しておく必要がある」と筒井氏は警鐘を鳴らした。
次の質問は「DXの次に来るブームは?」。「クロスリアリティ(XR)に注目している」という筒井氏に対し、「クォンタム・トランスフォーメーション(QX)やサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)で大きなパラダイムシフトの予兆がある」と語る須賀氏。いずれにせよ、バズワードに踊らされるのではなく「どのような技術が使われ、実際に何ができるのか」を正しく理解しておくことが大切であり、使い所を見極めて素早く対応できるようにする姿勢が重要だと合意した。
最後の質問は「DX時代のキャリア形成について」。登壇者の4名はInsight Edgeに中途採用で入社しているが、キャリア形成についてどのような考えを持っているのだろうか。
「大手からベンチャーまで、さまざまな選択肢がある今、それぞれがやりたいことをやるのが一番よい」と語る須賀氏。その上で「これから新しい組織や文化をつくっていける成長の余地がある点、そして既存事業に縛られず幅広いジャンルのデータを扱いながら新しいことができる点がInsight Edgeの魅力だ」と説いた。
須賀氏と同じくデータサイエンティストの肩書を持つ森氏は「今、データベーススペシャリストを名乗るよりも、インフラ寄りのデータサイエンティストを名乗るほうが、圧倒的に幅広い業界で需要がある。仕事の本質は普遍的なので、肩書は流行によって変えていくのもひとつの戦略だ」と述べた。
他方、リードエンジニアの筒井氏は「DX時代のエンジニアは、ソフトスキルがより求められるようになっている」と指摘。ビジネスの目標に応じて、どのような技術を使うかを見極められる「幅の広さ」と、それらの技術をビジネスに組み込む「ソフトスキル」との掛け合わせが、今後のエンジニアの市場価値を高める上で重要になるとした。
そして筒井氏と同じリードエンジニアの猪子氏は「あらゆる技術がコモディティ化してきている中で、いかに替えのきかない『コア人材』になるかが重要だ。月並みだが、常に学び続けていくことが、これまで以上に重要になってくる」と述べ、セッションを締めくくった。