AI-ManagedとAI-Assisted──2つのアプローチが直面する「生産性の壁」
AWSでクラウドネイティブなモダンアプリケーション開発の推進とAI-DLC導入支援を担う福井氏は、2005年から長年にわたりDevelopers Summitのコンテンツ委員を務めるなど、開発者コミュニティを牽引してきたベテランでもある。
AIが業界をかつてない速度で変えようとしているという感覚は、多くの開発者が共有している。しかし「どう備えればいいのかわからない」という声は根強く、市場に溢れるAIコーディングツールを試したものの思った通りに動かない、という経験も珍しくない。現状を裏付けるため福井氏が示したのは、AIコーディングエージェントを活用しても、速度向上はせいぜい10〜15%程度にとどまるという統計だ(ThoughtWorks調べ)。
原因として福井氏が挙げるのが、多くの組織が陥りがちな2つのアプローチの問題だ。1つ目は「AI-Managed」、いわゆるバイブコーディングで、要件を渡すだけで全工程をAIに全自動でこなさせようとする。「現時点の技術では、複雑な機能を組み込んだビジネスアプリケーションをAIが完全に構築するのは難しいです」と福井氏は語る。2つ目の「AI-Assisted」はベテランエンジニアに多く、開発フローのごく一部だけにAIを活用するパターンだ。うまく動くものはできるが、AIの能力をフルに引き出せず、生産性向上は同様に10〜15%にとどまる。
さらに、エージェントの使い方にもアンチパターンがある。多段階の問題をシングルショットで解こうとすること、コンテキストを戦略的に管理しないこと、AIが勝手に先走る"行き過ぎ"への無対処、最新ライブラリに対応できないモデルの知識の鮮度問題——いずれも現場で頻発する。「週末の個人開発と、チームでのビジネスアプリケーション開発の間には大きなギャップがあります」と福井氏は語る。目指すべきは10〜15%のステップアップではなく、2倍・5倍・10倍のパラダイムリープだ。AI-DLCはその実現を目的として体系化された。
AI-DLCとは何か——「計画→質問→レビュー」でAIと人間の速度を合わせる
AI駆動開発ライフサイクル(AI-DLC)とは、大規模で複雑なシステム構築のためのツール・役割・方式を統合した、AIネイティブな開発プロセスだ。AI-ManagedとAI-Assistedの中間に位置し、AIが生成・提案した内容を人間がレビューして意思決定する。最終的な責任は人間が担う。
設計の背景にあるのは、開発に潜む大量の「待ち時間」への問題意識だ。複数チームをまたぐ調整で要件定義だけで2〜3カ月かかるケースも珍しくない。こうした非効率を根本から解消するために、AI-DLCは誕生した。
鍵となる考え方が「生成の前に計画を立てさせる」ことだ。AIへの依頼時にいきなり出力させるのではなく、まず計画を先行させ、理解できない点を質問させ、その回答で補正した上で成果物につなげる。「AIの生成速度と人間の意思決定の速度を合わせて高速化しています」と福井氏は説明する。
AI-DLCは3つのフェーズで構成される。最初のInceptionフェーズは要件定義に相当する段階だ。特徴的なのが全員参加の「モブ形式」で、PdMがAIとやり取りする場面に、デベロッパー・テスター・UIデザイナーが同じ部屋に集まってリアルタイムでディスカッションに加わる。引き継ぎコストをなくし、全員が同時に理解を深めることが狙いだ。「通常5人・10人で2〜3カ月かかる工数が、このフェーズでは4〜8時間で完了します」と福井氏は語る。
Inceptionが終わると、ユーザーストーリーをユニット単位に分割し、2〜3名のチームで並列開発するConstructionフェーズへ移行する。設計・実装・テスト・IaCによるデプロイまでをこのフェーズで担い、最後のOperationフェーズで運用とインシデント管理を行う。3フェーズは一巡で終わらない。AIの出力はその場で修正も廃棄もできるため、何度でも繰り返せる。
成果は数字に表れている。AWSがグローバルで150〜200社、日本国内でも20数社と取り組んできた結果、平均66%の生産性向上を記録した。リリースにかかる工数は従来比で約3分の1に短縮された計算になる。「3カ月かかっていたボリュームのものが、3日でリリースできた事例も実際に起きています」と福井氏は明かす。
プロダクション品質のサービスも1人で開発──AI-DLCの威力
AI-DLCを導入するためのリソースは、AWSが複数の経路で用意している。ホワイトペーパーやセルフペースワークショップをはじめ、AWS Builder Centerにはさまざまな情報が集約されている。実践の入口として活用しやすいのが、GitHubで公開中のAI-DLCワークフローだ。ステアリングファイルとルールファイルのかたちで提供されており、Amazon Q DeveloperやKiro、Cursor、Cline、Claude Codeといったコーディングエージェントに組み込むことで、プロセスに沿ったワークフローが自動的に動き出す。「次に何をすればいいかを、AIが全部教えてくれます」と福井氏は強調する。
セッションではKiroを使ったライブデモが披露された。「フードデリバリーシステムを作りたい」と入力すると、AIはまずInceptionフェーズの概要を説明し、すぐに情報収集を始める。主なユーザータイプ、対象プラットフォーム、決済機能のスコープ、マイクロサービス構成の採否、技術スタック——これらを選択肢形式で次々と質問してくる。「MVPとして決済はモックで構わない」「マイクロサービスで最初から構築する」と、人がスコープを意思決定しながら答えていく様子が示された。
回答が揃うとRequirementsファイルが自動生成され、設計・実装フェーズへとシームレスに移行する。実装後はユニットテスト・インテグレーションテスト・E2Eテストが順次追加され、全テストが通過するまで繰り返す。
完成したシステムは、AWS上で実際に稼働する本格的なものだ。顧客が注文を入れるとレストラン管理システムが受け取り、調理が始まる。調理完了から配送完了まで全てのビジネスイベントはEventBridgeを経由して伝播し、各ドメインはECS上のコンテナで稼働する。IaCによるデプロイまで含め、プロダクション品質に仕上がっていた。「このシステムをチームで作るとしたら、何カ月かかりますか」——会場に問いかけた福井氏は、仕事の合間に1〜2時間ずつ積み重ね、64時間(8人日)ほどかけて個人でここまで作り上げたと明かした。AI-DLCが実現するポテンシャル感じさせれるでデモだった。
「生成はAIに、判断は人間に」——AI-DLC時代に磨くべき設計力
AI-DLCを通じて福井氏が最も伝えたかったのは、「人間が意思決定する」という点だ。要求の正しさ、設計の正しさ、実装の正しさ、アーキテクチャの選択、運用の方針——これら全てを人間が判断する。生成はAIが担うため時間は大幅に短縮できるが、正しさの確認は人間の役割だ。それがこの方法論の根幹にある考え方である。
求められる能力として福井氏が最初に挙げるのが、ビジネスサイドとの豊かなコミュニケーション力だ。InceptionフェーズはPdMや事業部門とともに進めるため、ビジネスへの深い理解なしに要件を正確に固めることはできない。「ビジネスを理解して価値を理解した上でないと、正しく設計できません。AIの時代でも、それは変わりません」と福井氏は指摘する。
次に重要なのが、正しいモデリングの知識と設計力だ。AIが提示する選択肢から要件を選ぶにも、生成されたドメインモデルをレビューするにも、設計への深い理解が前提となる。「AIが生成したものがブラックボックスになってしまうと、自信を持って本番環境にリリースできません」と福井氏は述べる。AIを使いこなすほど、人間の設計力の価値は増す、これは逆説のように見えて、現場が示している現実だ。
アーキテクチャへの深い知識も欠かせない。デモのシステムでは、API GatewayとALBをプライベートで連携させる最新機能を活用した。そのアーキテクチャが実現したのは、福井氏自身が最新情報を把握し、AIに指示したからだ。「新しい機能を知っていたから、AIに指示できました。知らなければ、従来型のアーキテクチャのまま作られてしまいます」。この言葉は、AIが知識を持っていても人間が知識を持っていなければ引き出せないという現実を、端的に示している。
コーディング・セキュリティ・インフラ構築・デプロイ・オブザーバビリティといった横断的なスキルも、AI-DLC時代のエンジニアには求められる。全てを一人でカバーするのは難しいが、チームで補い合いながら、個々のエンジニアはビジネス側にシフトしつつ技術を深めていく——それがこれからの姿だと福井氏は語った。
AI-DLCとは、生産性のパラダイムリープを目指しながら、判断の主体を常に人間に置くという信念を方法論として体系化したものだ。ツールが何であれ、エンジニアに求められる本質は変わらない。福井氏はその確信を、会場に向けてこう語った。「正しいソフトウェアを正しく作るには、これからも人が中心であることは間違いありません。AIの時代だから人はいらない、ということは絶対に起こりません」

