AI活用の本当の課題は、AIではなくデータだった。生成AIの全社展開を加速するガバナンスと責任分解
【B-5】AI推進室がAI審査室になりかけた話 ~生成AI活用を加速するためのデータガバナンスと組織設計~
全社的な生成AI導入を推進しようとしたところ、個別ツールの審査業務がボトルネックとなり、AI推進室が「止める部署」として見られてしまった──。セゾンテクノロジーが直面したその課題の核心は、AIツールの問題ではなく「データの取り扱い」にあった。「モデル」「サービス」「データ」の3層で整理した審査基準、データ分類と責任分解による体制再設計、スコアリングロジックを使った審査高速化、そしてコミュニティ活動による活用促進まで、守りと攻めを両立させた組織設計の実践をAI推進室の松山祐己氏が語った。
AI利用を許可する組織が、いつの間にかブレーキに
セゾンテクノロジーは、企業のデータ連携・システム統合を専門とするデータインテグレーターだ。安心・確実にデータをつなぐことを重視するこの会社は、社内でのAI活用においても、便利さと安全性を同時に追い求めてきた。AI推進室の松山祐己氏は、「アクセルを踏む側と、ガードレールを作る側、両方を担当しています」と自己紹介する。社内のクラウド・データ基盤を担いながらガバナンスや全社標準の策定にも携わるという、攻守一体のポジションだ。
2026年4月に発足したAI推進室のミッションは2つある。一つは全社が生成AIを安全に使える環境とルールを整えること。もう一つは、現場の業務に合わせた活用を設計して成果につなげることだ。「AIツールを配って終わりというよりは、実際に使われて成果が出るところまでが私たちの仕事だと考えています」と松山氏は語る。
まず手をつけたのは環境整備だった。全社で使う生成AIの標準ツールを選定し、入力してよい情報・してはいけない情報を明文化したルールを整え、研修と周知を実施した。「まずこれを使ってみて」という共通の入り口を作り、標準ツール以外が必要な場合は個別申請で対応する動線も用意した。AIを活用するための「ポータルサイト」も構築し、標準ツールの案内から利用ルール、研修動画、申請窓口まで一か所にまとめた。
しかし、順調に見えた体制は、すぐに壁にぶつかった。現場から「標準ツールだけではやりたいことができない」という相談が増え始めたのだ。Google系のツールで提案資料を自動生成したい、Microsoft系で議事録を作りたい、コーディング支援ツールはエンジニアによって好みがある。部署ごとにツールも用途も扱うデータも異なる中、AI推進室は1件1件の審査を抱えることになった。
「どういう観点で確認していくかを手探りで進めていました。どこまでならOKを出していいのか基準が十分に揃っていないため、1件来るたびに関係者を集めて前提を確認しながら審査を進める形になってしまいました」と松山氏は振り返る。審査にかかる時間が長引いて現場の待ち時間が増え、気がつけば「一番調べているのは契約や法律」という状態に陥っていた。AI推進室が、本来やるべき活用推進ではなく審査業務で埋まっていったのだ。
現場部門からは「AI推進室に頼んでも止められちゃうよ」という声まで聞こえてきた。推進すべき組織が「使わせない部署」として見られてしまうというギャップに直面した松山氏は、改めて問い直した。本当の課題はどこにあるのか、と。
モデル・サービス・データ、3層の審査基準で課題の本質に向き合う
過去の審査を振り返ると、ある共通点が浮かんだ。「用途は問い合わせ対応・開発・会議など多岐にわたっていましたが、承認済み審査の約8割は個人情報・機密情報の扱いが論点になっていました。つまり本当の課題は、このAIはOKかどうかではなく、このデータをこの目的でここに流していいのか、ということだったんです」。
この気づきを起点に、AI推進室は審査基準を「モデル」「サービス」「データ」の3層で整理した。モデル層では稼働リージョンや提供元、学習利用の可否を確認する。サービス層では契約内容や安全管理措置、ログの扱いを見る。総務省・IPA・OWASP・日本ディープラーニング協会など複数の指針を突き合わせて整理した体系だ。
「モデルとサービスは仕様書や契約書を見れば比較的明確です。でもデータについては、自分たちの業務データをどこまで使えるかというのは、外から決められる話ではない。自分たちで線を引くしかなかった」と松山氏は言う。データの層だけが、自社独自の判断を要する難所だった。
データの線引きには「分類」と「責任分解」という2つのアプローチで臨んだ。分類では、すでに社内で使っていた3つの観点、「帰属・出所」(誰のデータか)、「機密度」(公開・社内・関係者限定)、「法規制・契約」(個人情報保護法やNDAの対象か)に対して、AI入力可否の閾値という観点を新たに加えた。分類を作り直すのではなく、既存のメタデータにAIの観点を一つ足すというアプローチだ。3条件をすべて満たせばリスク低と判断し、一つでも外れればデータオーナーのレビューへ進む仕組みにした。
AI推進室は「判断する人」から「判断できる状態を作る人」へ
責任分解では、データオーナー、情報セキュリティ部門、現場部門といった既存の管理体制にAI推進室を加え、判断の役割を明確に分けた。AI推進室はモデルとサービスの共通評価とAI固有の審査基準を担う。データオーナーは目的の範囲内でそのデータを使っていいかを判断する。情報セキュリティ部門はセキュリティ・統制・監査の観点から見る。現場部門が最終的な妥当性と実運用の責任を持つという分担だ。
「AI推進室がすべてを判断する仕組みだと、利用が増えるほどボトルネックが深刻になります。データの意味や業務上の必要性、契約の背景は、現場やデータオーナーが一番よく知っている。AI推進室は、すべてを判断する人ではなく、それぞれが同じ基準で判断できる状態を作る人に変わる必要があったんです」
さらに審査を高速化するために導入したのが、スコアリングロジックだ。評価の軸は以下の3つ。
- A:セキュリティ・AI固有の審査項目
- B:利用規模(人数・部署・用途)
- C:情報の重要性(データ分類)
リスクスコアはA×B×Cで算出され、「禁止」「高(個別審査+是正確認)」「中(条件付きで許可)」「低(簡易チェックのみ)」の4段階で判定が出る。申請者が事前に自分でチェックできるため審査期間の短縮にもつながり、最近では生成AIを使ってヒアリングシートとロジックを組み合わせた自動判定にも取り組んでいる。
ルールだけでは人は動かない──コミュニティが「使ってみたい」を生む
審査の仕組みが整うと、次の課題が見えてきた。申請を出してくる意欲的な社員はごく一部だ。「使っていいよ」とは知っているけれど、自分の仕事にどう活かせばいいかわからない、忙しくて一歩が踏み出せないといった社員がマジョリティだった。「『使ってよい』という状態から『使ってみたい』に変えるために、コミュニティ活動を始めました」と松山氏は言う。
取り組みは4つだ。現場の社員が自分の言葉で語るLT(ライトニングトーク)会、他部署の成功を横に展開する活用事例共有イベント、実際に手を動かして試すハンズオン、そして常時、非同期に情報共有できる社内Slackチャンネルの開設。どの取り組みでも、AI推進室は「教師」として引っ張るのではなく、実際に使っている社員と一緒に企画し、テーマも進行も共同で決める。「実際に使っている人が話す方が説得力があります。いずれは我々が入らなくても、ユーザー主導でイベントが始まっていく世界を目指しています」。
AIを活用できる組織をつくることが、AI推進室の本当の仕事
こうした取り組みを経て、AI推進室に届く相談の性質が変わってきた。かつては「使えますか?」「禁止ですか?」「どうすればOKになりますか?」と可否を確認する問い合わせが中心だった。今では「こういうことをやりたいんだけど、どう組めばいい?」「業務ごと見直したい」という、実現の仕方を一緒に考える相談へと変わっている。
今後の展望として松山氏が掲げるのは、個別最適から組織最適への移行だ。現状は個人の効率化やチームの業務プロセス改善が中心だが、部分的な効率化では組織全体の成果には限界がある。業務の入口から出口まで俯瞰した上でテーマを選び、組織横断で取り組む体制を今まさに組み始めているところだという。
セッションを締めくくる言葉として、松山氏はこう語った。
「私たちが取り組んでいるのは、AIを安全に活用し、業務成果につなげられるような組織作りです。利用ルール、データの分類、ロジック、コミュニティ、これらはすべてそのための手段です。組織全体で判断して学び、改善できる状態を作ること。それが審査室になりかけた経験から得た一番の学びです」
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