はじめに
これまで、Mac OS XとWindowsのみに対応していた「FileMaker」ですが、あらたにiPhone、iPad、iPod touch上で稼働するiOS 4向けのバージョン「FileMaker Go」がリリースされました。データベースの構築を気軽にできると同時に高度なシステム構築にも対応するFileMakerの実行環境が、ついにiOSまで広がったのです。PC向けのアプリケーションがiOSに対応したということだけでは語り尽くせない意味があります。
今回は、このFileMaker Goがもたらすインパクトをみていくことにしましょう。なお、本稿ではiPhone、iPad、iPod touchを「iOS搭載デバイス」と総称します。
FileMaker Go以前のiOS搭載デバイス上でのFileMaker
MacやPC上で広く使われてきたFileMakerではありますが、iPhone発売以降、FileMaker社からの「決定版」となるアプリケーションは発売されてきませんでした。同社は簡易データベースの「Bento」を開発し、iOS対応版を利用してデータの同期はできました。しかし、FileMakerとBentoの間ではシームレスな連携は難しく、FileMakerのソリューション(システムとして構築されたもの)との連携はできないに等しかったのです。
一方、FMWebSchoolによる「FMTouch」(1,200円)は、FileMaker社以外から発売されたソフトウエアで、FileMakerのソリューションをiOS搭載デバイスで利用可能にします。FileMaker Pro Advanced版によって設計情報を書き出すなどの準備は必要ですが、考慮して作ればiOS上での再現性も十分実用的になっており、FileMakerソリューションのiOS搭載デバイスでの展開では、FMTouchが最も進んだものとして使われてきました。同社のサイトでは、FMTouchでの利用を考慮して作られたFileMakerのソリューションも販売されており、ユーザー層が広がってきていることが伺えます。
FileMaker自身は、iOS搭載デバイスで稼働するFileMakerをこれまで出してきませんでした。iPhone 2.0によってネイティブアプリケーションが開発できるようになって約2年、ついに本命の「FileMaker Go」が登場したのです。
FileMakerの実行環境としての「FileMaker Go」
2010年7月に登場したFileMaker Goは、iPhone版(2,300円)とiPad版(4,600円)の2種類があります。いずれも、App Storeで購入できます。PC/Macで稼働するFileMaker Proは、データベースを開発し、それを業務へと利用できます。一方、FileMaker Goはデータベースの設計はできませんが、FileMaker Pro/Advancedで開発したデータベースファイルの利用ができます。利用方法としては、開発したファイルをiTunes経由でiOS搭載デバイスに転送し、iOS搭載デバイス単体で利用するのが1つの方法です。もちろん、あらかじめマスターファイルや基本的なデータが入ったデータベースファイルを転送して利用することもできます。そして、データはiOS搭載デバイス上にあるデータベースファイルに追加されます。後から、そのファイルをPC/Macにコピーできるため、デバイスでの入力結果をPC/Macで引き継ぐこともできます。
一方、FileMakerのデータベースをネットワーク共有しているのであれば、FileMaker Goはネットワーク経由でそのデータベースに接続して、データの追加や処理などができます。もちろん、ネットワーク接続が前提ではありますが、この方法であれば、画面はiOS搭載デバイスに表示されますが、iOS搭載デバイス側にデータを蓄積するのではなく、ネットワーク共有しているデータベース側にデータが蓄積されます。きちんと設定すれば、ユーザーごとのアカウントを利用でき、セキュリティ面でも問題なく利用が可能です。
iOS開発環境としてのFileMaker Go
FileMakerは「誰でも簡単にデータベース構築を」というコンセプトにより、簡単であることばかりが注目されていますが、製品として注目すべきなのは、単体で販売されているアプリケーションだけで業務システムが構築できる点です。FileMaker Proはもちろん、FileMaker Serverの存在により、ネットワークでのデータベース共有やWebブラウザ経由でのデータベース利用が可能なことが、システム構築への道筋を付けています。つまり、FileMakerは製品群によって「開発環境」を形成しているのです。
FileMaker Goにより、FileMaker向けのデータベースが利用できることだけでなく、iOS搭載デバイス向けの開発ができるという点が実は大きなポイントです。iOSで稼働するネイティブアプリケーションは、Mac上でiOS SDK(Xcode/Interface Builder/iPhoneシミュレータなど)を使って開発する以外に手だてはありません(Jailbreakは除外するとして)。Webアプリケーションとなると、iOS SDKのDashcodeはあるのですが、「Titanium」やVisual Studioで稼働する「ComponentOne Studio for iPhone」などもあり、さすがにオープンスタンダードをベースにしているだけにいろいろな開発手法が登場し始めています。
一方で、Adobe Systemsは、FlashをベースにしたアプリケーションをiOS搭載デバイス向けに稼働できるようなツールを開発し、iOS搭載デバイス向けの有力な開発ツールとしてFlashをプッシュしようとしました。しかし、Appleはそれを規約で縛るという手法で封じ込め、さらにはスティーブジョブズ氏の書簡によって、ほとんどの人に「FlashはiOS搭載デバイス向きではない」と思わせたのです。結果的にAdobe Systemsは、FlashのターゲットをAndroidへシフトすると同時に、iOS搭載デバイスへの展開は中止せざるを得なくなってしまいました。
FileMakerソリューションにiOS搭載デバイスを取り込む
いずれにしても、ネイティブ、Webアプリに続く第3の開発環境としては「Flash」と言えそうなところまできたものの、脱落させられました。そして、その後に登場したFileMaker Goはまさに「第3」の地位を今得ようとしています。FileMakerの1つの側面は「アプリケーション開発環境」なのです。PC/Macで開発して、FileMaker Goで動かすことができるという点から、新しいiOS搭載デバイス開発環境であるというポジションが見えてくるわけです。ただ、iOS搭載デバイスでの開発となると、現在は電子ブックやゲームと行った市場がにぎわっていますが、FileMaker Goのポジションはそうしたアプリケーションやコンテンツの代わりになるものではありません。むしろ、システム開発の世界に大きなインパクトを与えるものとなります。ゲームや書籍が脚光を浴びる一方で、従来から行われている企業内の特定業務をシステム化するといった場合においても、iOS搭載デバイスは大きなトレンドとなりつつあります。携帯性、コスト、そしてシステム開発可能な柔軟性から、システム開発への適用を多くの人が考えるのは説明の必要もないでしょう。
これまで、FileMakerのソリューションにiOS搭載デバイスを組み込むとなると、FMTouchを使うか、あるいはWebベースでの対応ということになっていました。しかし、FileMaker Goは、PC/Macでやってきたのと同じように、FileMakerのデータベースファイルをiOS搭載デバイスに転送するだけで、システム利用ができるのです。結果的に多くの部分を、FileMakerの流儀で構築をしてしまうことができるわけです。また、PC/Macで使っていたソリューションをそのまま、あるいは少しの手直しでiOS搭載デバイスへの展開が可能な点も注目できるところでしょう。
ランタイム版としてのFileMaker Go
もちろん、FileMaker開発者はFileMaker Goに大きな期待を寄せると同時に、既に細かな違いや開発のポイントのチェックを始めているところです。CodeZineでもFileMakerの情報が定期的に掲載されており、その中で、ディテールについては紹介されると思われます。
FileMaker Proは開発もシステム利用もできるものの、一部のユーザーや開発者は、多くの利用者が開発の機能を使っていないだけに、「ランタイム版」の発売を望んではいました。FileMaker Pro Advanceにより「ランタイムソリューション」の生成はできますが、これはネットワーク上のFileMaker Serverに接続の機能がないため、利用できる場面が限定されていました。しかし、FileMaker Goは、その意味ではFileMakerシリーズで初めての「利用だけのユーザー向きのランタイム版」と言えます。さっそく、FileMaker GoのWindows/Mac版が欲しいという声も出てはいますが、業務端末でも参照系が中心なら、iPad+FileMaker Goで十分にシステム適用ができるのではないかとも言えます。
FileMaker Goは、FileMaker関係者だけでなく、iOS搭載デバイスに注目している人たちにとっても、新たな開発手段が提供されたという点では大きな意味のある製品です。これから作られるさまざまなソリューションで、FileMaker GoやiOS搭載デバイスがどんな使われ方をするのか、楽しみなところでもあります。