クラウドが従来のシステムインテグレーションを破壊する?
従来の技術やビジネスモデルに破壊的なイノベーションをもたらしつつある「クラウド」。技術的観点から見ても、リソースがソフトウエアで調達可能になったこと、システムのスケールアウト&インが柔軟にできるようになったことなど、さまざまな面で大きな変化が生じている。新野氏は「特にスケールインが容易になったことで事業撤退が容易になり、ビジネスの展開スピードが速くなった」と分析。加えて、サーバ環境などのリソースが無限に得られること、運用の大部分をクラウド側に委ねられるようになったことから、「デベロッパーが開発にリソースを集中できる環境が整いつつある」と指摘する。もちろん、できた製品を容易にグローバル展開できることも大きい。
こうしたクラウドによる開発環境の変化で破壊されるものとして、新野氏があげたのが「従来のシステムインテグレーション」だ。すでにあるSIからは「受注単価が最大2桁下がった」という声があがっているという。新野氏は、その原因としてハード費や運用費の大幅削減やPaaSによるソフトの短納期&低コスト化などをあげ、「調達」部分の売上の激減が大きいと分析する。そして、その影響で市場にも大きな変化が生じているという。つまり、ハード・ソフトとも調達の負担が減ったことで、「大手ならでは」という案件が激減し、クラウドの活用によって中小SIerの市場参入が容易になった。参入企業が増加する一方で、案件は小さくなるため、売上維持のためには数を稼ぐ必要があり、競争の激化が進みつつあるというわけだ。
さらに新野氏はシステム運用における負荷軽減についても触れ、「運用は徹底的にクラウドの中に取り込まれ、自動化する方向へ向かうだろう」と分析する。つまり、SIerのシステム構築における売上の源泉となる「調達・開発・運用」のうち「調達」と「運用」の大部分がクラウドに移行すると考えられる。
さらにクラウドによって大きな影響を受けるのは、システムインテグレーションだけではない。オンプレミスおよびパッケージソフトについても影響は大きく、事実多くの企業でクラウド対応が始まっている。例えば、Microsoftは「Office Live」を発表。Oracleは2012年7月に「Oracle Cloud」を正式にローンチして、データベースのクラウドでの提供を開始し、SAPやサイボウズなども本格的に参入開始した。新野氏は「これまでどんなサービスを担ぐかが付加価値だったデベロッパーやSIerも、これからはサービスの上の付加価値を求められる新しいビジネスへとシフトする必要がある」という。
こうした「破壊」とも表現される変化に、デベロッパーやSIerは、どう対応すればいいのか。そのキーワードが「クラウドがもたらす創造」である。
クラウドが「創造するもの」は、コミュニケーションがカギに
新野氏は「成功するためには成功するセグメントにいることが大切。クラウドがもたらす『破壊』から逃れ、新しく『創造』される分野に着目し、そこに向かってほしい」と力説する。それでは、どんな「創造」が期待されているのだろう。新野氏は3つの仮説を紹介した。
まず考えられるのが新たな「サービスモデル」である。クラウドで提供することで、オンサイトのサポートが不要となり、発表の場としてもさまざまなマーケットプレイスが登場している。パッケージ展開は規模的に難しかった小規模なソフトウエアベンダでも、サービスの中身で勝負できる時代になったというわけだ。
さらに主要機能はクラウド側で実装するため、クライアント側の負荷が小さくなるという利点がある。すると「モバイルを含むマルチデバイス展開」にも大きな期待がかかるだろう。モバイルの可能性を鑑みると、現在のPCを対象にしたサービス以上の社会的インパクトも考えられる。
そしてもう一つ、「情報分析や活用」も大きな可能性を秘めている。ネットを通じて集められた、「誰が何を買ったか」「いつどのくらい人が見たか」といった膨大なデータも、クラウドであれば分散処理が可能となる。そうした「ビッグデータ分析によるサービス改善能力」が問われる時代になれば、何をどう分析するかが重要な鍵だ。「データサイエンティスト」など、分析を担う職種やサービスが重視されるようになるかもしれない。
このように、クラウドによって「サービス」の価値がダイレクトに問われる時代では、すべてコミュニケーションがカギとなる。サービスの価値を高めるためには、サービスと運用は一体化する必要があるからだ。例えばTwitterがダウンすれば、すぐになぜダウンしたのか、いつ復旧するのかなどをユーザーに向けて発信しなければならない。その対応に問題があった場合、ユーザーはすぐさまそっぽをむくだろう。迅速に適切に対応するには、開発者と顧客窓口が綿密に連携していることが必要なのだ。
ビジネス向けの「ソーシャルコラボレーションツール」が続々登場
新野氏は「サービスの価値向上を目的に、社内の業務アプリケーションのソーシャル化のニーズが高まりつつある」と語り、「2009年11月に発表されたセールスフォースの『Chatter』が業務アプリケーションのソーシャル化が進むきっかけになった」と分析する。
他にも、シスコでは「WebEX Social」を立ち上げ、IBMではかなり以前から「Project Vulcan」という業務アプリケーションのソーシャル化のプロジェクトを立ち上げている。現在個人ユーザーがほとんどのGoogle+も、まもなく企業向けに提供されるだろうというのが大方の予想だ。オラクルも2012年「Oracle Social Services」を打ち出してきたが、その中には社内のコラボレーションを促進するツールとともに、顧客とのコミュニケーションを分析する機能も盛り込んでいる。これまで開発者向けにノンオフィシャルで「Office Talk」を提供していたMicrosoftもYammerを買収し、そろそろ本気を見せつつある。
海外に目を向ければ、山ほどのツールやサービスが登場しているが、その傾向は日本でも変わらない。例えば、SonicGardenの「YouRoom」、サイボウズもグループウェアサービスの中で提供を開始した。このようにエンタープライズのソーシャル化は、明確なトレンドということができるだろう。
エンタープライズのソーシャル化の可能性と課題
新野氏は「クラウド環境が整い、社内外や家庭でも使いやすいモバイルデバイスが登場し、さらにFacebookやTwitterといったコンシューマサービスが先導した。こうした複数の要因が重なって、新しいコラボレーションの形としてエンタープライズのソーシャル化が進んだと考えられる」と分析する。
そしてその影響は、社内から顧客、そして情報共有から分析・改善へと広がる可能性が高い。さらにあらゆる業務アプリケーションにソーシャルやコラボレーションの機能が組み込まれていくことが考えられる。すでに開発ツールの中にも組み込まれ、稼働しているものも多く、ゆくゆくは経理や決済、営業などの他業務システムへの導入は必然だろう。
そうしたソーシャル基盤を活用することで実現しうる可能性は無限大だ。例えば、社内のコミュニケーションを分析すれば、人事や評価につなげることができるだろう。アプリケーションによる連携で在庫が減ったり、マニュアルが更新されたりすると情報がソーシャルに流れるようにしたりすれば、効率的な業務管理が可能になるかもしれない。
しかし、「決していいことばかりではない」ともいう。アプリケーションごとにエンタープライズソーシャルが入っていれば、それぞれを確認する必要が生じる。現在も業務アプリケーションにありがちな「サイロ化」で、疲弊してしまうというわけだ。
その解決法として、新野氏がイメージするのは、IBMが業務システムのサイロ化を解決するために打ち出したSOA的考え方だ。また、標準技術としてOpenSocial2.0やIDを管理するOpenID Connectなども策定されつつある。そうしたソーシャルの共通基盤によって、社内はもとより顧客までもつながる、コラボレーション環境を実現させることが理想的だという。
ただし、今はまだ黎明期であり、標準技術もどうなるか分からない中では、実際のさまざまなベンダの動向を押さえることが重要だ。そこで、主要ベンダの現状と展望についてリレートークの内容を要約してお伝えする。
グーグル株式会社 エンタープライズ部門 シニア プロダクト マーケティング マネージャー 藤井 彰人 氏
「グーグルの考え方はシンプル。コンシューマ分野で培った技術やサービスをベースに、企業向けに最適化し展開していく。単なるWeb化ではなく、人と人、人と情報のコラボレーションの重要性を認識し、業務の効率化だけでなく、イノベーティブなサービスを提供している。例えば、エンタープライズといっても対象は社内だけではない。多様なコラボレーションがあってこそ、コンシューマの変化を捉え、イノベーションが生まれると考えられる。『どこでも』『どのチームとでも』『いつでも』『どんなデバイスでも』をキーワードに、その可能性を追求していく。その一つの答えが『Google Apps』『Google Maps API, Maps Engine』や『Google+』などのサービス、APIだ。ミッションとして掲げた『世界のすべてを整理して提供する』に基づき、グーグルから提供されるさまざまなサービスやAPIを自由に融合させてコンシューマのパワーを取り込み、新しい価値を創造してほしい」
日本マイクロソフト株式会社 西脇 資哲 氏
「エンタープライズソーシャルについて、マイクロソフトが掲げる目下の目標は、社外と社内を統合し連携する環境を実現することだ。マイクロソフトは、リアルタイムコミュニケーションの『Skype』『Lync』、社内の情報共有として『SharePoint』や近年買収した『Yammer』などを持つ。加えて業務アプリケーションと連携するSFA、ERPなど、大容量データを分析可能なSQLサーバなど、さまざまな製品をトータルに保有し、シームレスに連携できることがマイクロソフトの強みだ。マイクロソフト社内で利用されていたエンタープライズソーシャルの機能などがOffice365に統合され、人、コミュニティ、ドキュメント、案件、商品などをフォローできるようになった。また『Yammer』がいよいよマイクロソフトのプラットフォームに投入される。インターフェースは変わらぬまま、ファイルなどの情報連携が容易に可能になる。そうした連携を進め、使いやすいソーシャル環境の構築に貢献していきたい」
日本アイ・ビー・エム株式会社 東京基礎研究所 村上 明子 氏
「IBMの役割は大きく2つ。1つはエンタープライズソーシャルの基盤を作ること、そしてもう一つはその基盤から得られた情報を分析しフィードバックすることである。ソーシャル成功のための4つの要素として「リーチ:どこからでもつながる」「エンゲージ:貢献する」「ディスカバリー:発見する」「アクション:行動する」を掲げている。ここで最も重要なのは『人』だ。人が集まり、活動することでコンテンツが生まれ、連携が生まれる。その人が活性化するために、ソーシャルの分析とそのフィードバックが有効となる。リコメンデーションというコンテンツもその一例だろう。もちろん人事管理などにも活用の可能性があり、リスクマネジメントとしてのソーシャル分析も必要。しかしながら、場の活性化やマーケティング、顧客満足度調査などポジティブな方面への活用を行うことで、ソーシャルな場が活性化し、有用な情報も得られるようになる。そうした分析に関する提案を研究所として行っていきたい」
株式会社セールスフォース・ドットコム 関 孝則 氏
「ソーシャルメディアで双方向の対話が可能になり、しかもモバイルによっていつでもどこでもアクセスできるようになった。そうした時代には、常にユーザーやパートナーなどの声に耳を傾け、企業としても変化していくことが重要だ。世の中のたくさんの声を分析し、企業活動にフィードバックするために、セールスフォースでは、Facebookをはじめとするソーシャルメディアを含め、全方位で顧客とコミュニケーションを取ることができる仕組みを開発した。社内ソーシャルの中核となるのは、2009年11月に発表した「Chatter」だ。人はもちろん、情報、アプリケーション、システムなどさまざまなものをフォローでき、知らない人とも情報やファイルを介してコラボレーションが可能になり、非定型な情報もファイルや会話などをフォローすることで引き継がれる。この「Chatter」を土台に、APIによって外部との連携も可能になり、権限を変えることでアクセス範囲を変えられるため管理も簡単だ。ぜひ、開放的な環境で自由につながることの可能性を実感してほしい」